第17話 俺の本音
今日は土曜日。学校は無い。
俺たちは私服に着替え、マンションを後にする。
「親父に何を買えって言うんだよ」
「花なんてどう?」
「母の日じゃねえんだから。それに、親父の柄に合わねえ」
「じゃあ、ハンカチは?」
「ハンカチか……悪くねえな」
葵のアイデアを採用し、紳士の小物店を探す。
ちょうど良い店が見つかり、中に入る。
女性店員が声を掛けてきた。
「彼氏さんへのプレゼントですか?」
「えっ、やだぁ、彼氏さんだって」
「いやっ、俺たちカップルじゃないんですっ」
「いいえ、カップルですっ」
どちらも譲らない俺たちを見て店員が呆れている。
「あのぉ、何をお探しで?」
「ハンカチです。父の誕生日プレゼントを探してて」
「それならこちらへどうぞ」
促されて行ってみると、かなりの種類のハンカチが売られている。
「形は一緒だから色だな。俺の好きな色で良いだろ」
置かれているハンカチの中から黒を選んだ。
「えっ、黒!?」
「何だよ、葵。ダメか?」
慌てた顔をしている。親父に黒は普通だと思うが。
「今日、黒じゃないの付けてきちゃった」
「知らねえよっ、んな事」
横を見ると、女性店員が苦笑いしている。
「す、すみません。これでお願いします」
「はい。じゃあ、計算して参ります」
店員が向こうへ行った事を確認してから叱る。
「お前っ、女性店員の前で何て事言うんだっ」
「だってぇ、黒が好きなんでしょ? 折角、黒の紐パンもあったのにぃ」
「だから、そんな所には行かねえってっ」
「またまたぁ」
何を言ってもこちらが負ける。女とは本当に強い生き物だ。
遠くから袋を提げて店員が戻ってくる。
お釣りと品物を受け取って店を後にした。
「結構はやく買い物終わったな。どこ行く?」
「じゃあ、そろそろ」
「ホテル以外で」
「いけずぅぅ~~」
「はははは」
今まで女の前で笑う事なんて無かった。本当に葵は不思議な女だ。
二人で歩いていると、黒ずくめの男五人に周りを囲まれる。
リーダーの男が言ってくる。
「よお、お前が新田か?」
「てめえら、何者だ?」
「お前を潰しに来た者だが」
「くっ」
俺と葵を五人が取り囲む。
「ねえ、総ちゃん、怖いよぉ」
「俺から離れんじゃねえぞ」
「うん」
皆が嘲笑う。
「見ろよっ、最強って噂の新田が女庇ってるぜ。お前、女嫌いなんじゃねえのかよっ」
「うるせえっ、放っとけっ」
この辺りでは見ない顔だ。遠くから噂を聞きつけてくるとは。
リーダーが指示を出す。
「じゃあ、俺は見とくから四人でやっとけやっ」
「ウッスっ!」
一人で高みの見物か。他の四人が俺たちを囲む。
四人全員が鉄パイプを持っている。危険極まりない。
葵だけには指一本触れさせない、そう思った。
「おらああああ!」
四人が一斉に俺たちを目掛けて走ってきた。
「ぐはぁっ」
「総ちゃんっ」
葵を庇う事で精いっぱいの為、攻撃を受ける他無かった。
俺は四人の総攻撃に遭い、地に沈んだ。
その様子を見てからリーダーが葵の所に向かう。
「きゃっ、放してっ」
「や……めろ……」
「そんじゃ、お前の女貰ってくぜ。取り返したけりゃ、この先の倉庫に来い。来るのが遅かったら、レ○プされた後だろうけどよ、あははははは」
「クソ……がっ」
五人が葵を連れて歩いて行く。
自分を買いかぶり過ぎた。何が最強だ。大切な女一人守れない癖に。
俺は自らを奮い立たせ、傷んだ体を起こした。
そして、言われた通り、一人で倉庫に向かう。
倉庫の扉は閉じられている。それを勢いよく開ける。
「来たぞっ、クソ共っ」
見ると、先程の五人が集会をしている。奥で、手を縛られた葵が囚われている。
「一人で来たんだな。一応、褒めてやるよ」
「てめえら、葵には手を出すなっ」
「それはお前次第だろ」
「どういう意味だっ」
すると、リーダーが前に出てきた。
「さっきは卑怯な真似して悪かったな。俺はただ、最強って言われてる奴と俺、どっちが強いのかって事に興味が沸いただけだ」
「へえ、意外と律儀じゃねえか。なら証明してやるよ」
「俺は強いぞ?」
「そっくりそのままお返しするぜ」
「その前に一つ提案がある」
「何だ?」
その男が葵を指差す。
「お前が負けたら女を譲れ」
「はあ!? 葵は関係ねえだろっ」
「因みに、お前とアイツはどんな関係だ? バカップルか?」
「……」
俺は葵を見た。黙っているが、目はまっすぐ俺を見つめている。
「違うぜ」
「なら俺の女にしても問題――」
「葵は……俺の嫁だぁぁぁぁあああああ!」
「――ッ!」
俺の言葉にその場が凍り付く。だが、一人無言で泣いていた。そう、葵が。
「あははははは、嫁だってよ。てめえら学生だろーがっ」
「そんな事関係ねえっ。俺たちはとっくの昔に結婚するって決めたんだよっ」
「そろそろ黙れっ、新田ぁぁぁぁあああああ!」
リーダーの男が襲い掛かってきた。一対一の決闘。負ければ葵を奪われる。
この時、親父が言った言葉が脳裏を過る。
『誰かを守らねばならない時、そう、絶体絶命の時にのみ使う物だ!』
『お前には強くなって欲しい。だが、それ以上に優しい心を強く持って欲しい』
――親父、今なら分かるぜ。俺の全て、見ててくれっ。
確かに男は強かった。何度となく殴られた。
だが、守る者を持つ俺は何度となく起き上がり、殴り返す。
そのやり取りを永遠繰り返すうちに、とうとう男が地に沈んだ。
「ぐふぅっ……。新田……お前、どんだけ……タフなんだ」
「いや……お前の方が強えよ……こっちはとっくに……限界超えてたぜ」「なら……何故?」
フラフラの体で葵を指差す俺。
「守るべき人が居るからだっ!」
俺たちの戦いの最中も、そして今も、葵はずっと泣いていた。
だが、その一言に対してだけは最大の笑顔を向けてくれた。
「そっか……俺も嫁が……欲しい……ぜ」
そう言い残し、リーダーは意識を失った。後の連中が介抱している。
俺はそれを確認して、葵に近付いた。
「総ちゃん……」
「わりいな、怖い思いさせちまって」
「ううん、助けてくれてありがとう……うわあああん」
手の拘束を外し、泣く葵を静かに抱きしめた。
そして、俺たちは倉庫を後にし、帰宅の途に就いた。
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