第11話 俺を選んだ理由

 荷解き作業の次の日。

 同居初日の登校日だ。


 先に寝た俺の横でまたしても姫川が添い寝している。毎日これが続くのだろうか。いっそ、マットレスでも買ってこようかと考えていた。


「起きろっ。学校遅れるぞ」

「ふぁあい」


 眠気眼を擦りながら、姫川が起き上がる。


「良い夢だったぁ」

「……何の夢だ?」


 何となく嫌な予感はするが、一応聞いてみた。


「総ちゃんが求めてくる夢っ」

「さっ、行こう」

「ああん。総ちゃんっ」


 着替えていざ学校に行こうとすると、


「はいコレ」


 姫川が袋に入った物を手渡してきた。


「コレって?」

「お弁当だよ。昨日、総ちゃんが寝た後、作っといたんだぁ」


 俺の為にわざわざ。その気持ちは素直に嬉しい。


「ありがとな。持って行くぞ」

「どうぞ」


 俺が出掛けようとすると、


「じゃ、また私が先に行くね」

「またか?」

「良いの? 付き合ってる事みんなにバレても」

「付き合ってねえだろっ。ただ、同居してるだけだっ」

「じゃあ、同居の事は隠さないと。学校ではお口チャックね」


 そう言って先に登校して行った。俺はこの瞬間があまり好きではなかった。別に一緒に登校したいわけでもないのだが。




 登校すると、凛とした姿で椅子に座る姫川。黙っていると美少女の部類だろう。


 それから授業が進み、昼休みがやってきた。

 隣の姫川は微動だにしない。

 俺は早速、手渡された弁当を食べる事にした。

 食堂で食べるか、購買部で買って食べるか、その二択の生活を送ってきた俺にとって初めての弁当。感慨深いものがある。


 袋から弁当箱を取り出す。黒の弁当箱だ。お袋から持たされた物だ。

 蓋を開けてみると、


「――ッ!」


 勢いよく蓋を閉め直す。

 それもそのはず、飯の上に赤いハートが描かれていたから。


 すぐさま隣を見ると、また机に突っ伏して笑っている。してやられた。

 俺は別の場所で食事を摂る事にした。


 教室を出て行き場を考え、最初に思い付いたのが屋上だった。

 今、その屋上の隅で弁当を食べている。


 あまり人が来ないこの場所ならバレずに食べる事が出来るだろう。そう思っていると、


「おろっ、誰かがお昼してますねえ」

「――ッ!」


 マズいと思い、顔を上げると、


「何だ、姫川か。驚かすなよ」

「ふふふ、ごめんごめん」


 そのまま俺の隣に腰を下ろす。


「良いのか? 学校では会話禁止だろ?」

「ここなら大丈夫でしょ」


 そう言って俺の右肩に頭を乗せてくる。


「やめろっ」

「ちょっとだけだから」

「……」


 暫くそのまま時間が過ぎる。少し疑問に思う事があり、尋ねてみる。


「けど、結婚の約束したからって、他にも男は沢山居るだろ。何で俺なんだ?」

「総ちゃんは、私の王子様なの」

「はあ!?」


 意味の分からない言動に困惑していると、


「小さい頃、覚えてる? 私、男の子から良く虐められてたんだぁ」

「お前と最初に出会った時もそうだったな」

「いつも蹴られたり、物を取られたり。他の子は狙われないのに私ばっかり。そんな事が続いて、男性恐怖症になっちゃったんだぁ」

「お前がかっ? 慣れてそうなのに」

「総ちゃんにだけだよ。他の男子と話してる所見た事ある?」


 言われてみれば、俺以外の男子と話す姫川を見た事が無い。それじゃあ、女性恐怖症に近い俺とは、ある意味似た者同士という事になる。


「だーれも助けてくれる人は居なかったの。でも、そんな時、初めて私を助けてくれる男の子が現れたの」

「それが俺、って事か」

「そう。あの時、王子様って本当に実在するんだぁって思った。総ちゃんが輝いて見えた」

「そんな立派な人間じゃねえよ。ただ、困ってたから助けただけだ」

「けど、今までそれすらしてくれる人は無かった。実際に行動に移すって難しい事だよ。自分だって殴られるかもしれないのに」

「俺は強いからな」

「ふふ、そうだね」


 話を終え、すっと立ち上がる姫川。


「じゃあ、私戻るね。また家に帰ったらおしゃべりしようねっ」

「……おう」


 そう言い残し、その場を離れていった。

 不意に、姫川の過去を知り、不思議な気持ちになった。

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