第8話 手紙のキャッチボール

 ――あーーー、やわらけぇー。


 俺は夢の中に居た。巨大な水風船に顔を挟まれている、そんな夢。

 ここは天国か、と思えるほど幸せな空間だった。


 ――ッ!


 そんな夢から俺は目覚めた。だが、目覚めたにも拘らず、顔に当たる柔らかさは続いている。


「って、お前! 何しやがるっ」


 俺は姫川の胸に顔をうずめていたようだ。


「私じゃないよ? 総ちゃんがしたんだよ?」

「そんなはずないっ。絶対ないっ」


 見ると、ジャージのチャックが開けられ、下に着ているシャツが露出している。


「しかも、なんでチャックを開けてるんだっ!」

「だからぁ、総ちゃんが開けたの」

「う、嘘だろ……」


 無意識にチャックを開け、顔を胸に。ただの変態ではないか。だが、胸の感触を初めて知ったが、あれほど柔らかいものだとは。


「柔らかかった?」

「――ッ! うるせえっ!」

「いつでも触らせてあげるよぉ」

「いらんっ! 学校行かねえと」


 学校に行く準備をする。姫川を見ると、ジャージを脱ぎ始めている。


「ちょ、ちょっと待てっ。風呂場で着替えろっ」

「えっ、私は全然へいきだよ?」

「ダメだ! 風呂場に行けっ」

「ちぇーーー」


 渋々、風呂場へ向かう姫川。それを確認して俺も制服に着替える。起床時間が遅かったため、朝食を摂っている時間はない。


「おいっ、遅刻するぞ。着替えたか?」

「うん」


 風呂場から、着替え終えた姫川が出てきた。俺たちは玄関に向かう。そこで、


「じゃあ、私さきに行くね?」

「えっ」


 突然そう告げられる。


「一緒に登校してるの、誰かに見られたら嫌でしょ?」

「あ、ああ」

「あと、学校でもあまり話さないようにするから」

「おう……」

「それじゃあね」


 手を振って先に姫川が登校した。一人取り残された俺は、なぜかモヤモヤしていた。


「なんでイライラすんだよ! はあああああ! さっ、行こう」


 姫川が家を出てから五分くらい遅らせて家を後にする。


 教室に入ると、何食わぬ顔で姫川が座っていた。俺は挨拶をせずに隣席に座る。


 それから昼休みまで、姫川とは一言も口を利くことはなかった。更には、昼も別だった。


 ――なんだ、この疎外感は。でも、まあ、せいせいする。


 自らに言い聞かせ、午後授業を受けていると、隣の席から折りたたまれた紙が飛んできた。すぐに横を見たが、姫川は黒板の方を向いている。


 ――何なんだよ。


 その紙を開けると、


『大家さんにカギのことを言うの緊張するから、一緒に行ってくれないかな?』


 と書かれていた。俺は大家と馴染みがあるので、仕方なく手伝ってやることにする。


『わかった。放課後、先に帰れ。五分遅らせて下校するから、マンションの前で待ってろ』


 と書いて、姫川の机に放り投げた。それを開けて見ている。すぐさま紙に何かを書き、こちらへ投げ返してきた。


『愛してる。ちゅ』


「――ッ!」


 驚いた拍子に、机に足をぶつけ、大きな音を立ててしまう。担任が、


「えっ、新田くん、どうしましたか?」

「い、いえ、なんでもありません……」


 急な出来事に声が上ずってしまった。俺としたことが。

 隣を見ると、机に突っ伏してクスクスと笑っていやがる。なんて女なんだ、まったく。

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