第5話 小指だけのつながり

 夜道を歩いていると、


「ねえ、手つなごうよ?」

「バカかっ! そんなことできるかっ!」

「ううぅぅ」


 横を向くと女が下を向いている。少し罪悪感はあるが、仕方がない。


 下校時にも寄ったスーパーに到着する。本日二度目だ。ふたりで店に入る。女の指示でカゴをカートに乗せ、俺が押しているのだが、


 ――おいおいっ! やっぱ、めちゃくちゃ見られてるじゃねえかっ! さっき怯えてたレジの店員も見てやがるっ! くそっ! 恥ずい……。


 人目を気にして悩んでいるとは露知らず、


「総ちゃん、なに食べたい?」

「な、なんでも良い!」

「そう言われてもなぁ……。あっ、カレーは?」


 カレーなら湯煎すればすぐに出来ると考えた俺は、


「カレーが良い!」

「ホント! 総ちゃんがそこまで言うなら」


 俺はカレーのレトルトコーナーに向かおうとしたのだが、


「えっ、どこ行くの?」

「カレーを買うんだろうが!」

「ダメだよ、総ちゃん。レトルトじゃなくて一から作るんだよ?」

「う、嘘だろ……」


 ――なんで、本格的なヤツにするんだよ! 俺は早く晩飯を食って寝たいってのに!


「なあ、学校初日で疲れたろ? 簡単にできるもので良いから」

「私を気遣ってくれるの? 嬉しいなぁ。だけど、大丈夫だよ。総ちゃんのためなら疲れなんて感じないから!」

「くっ!」


 全く意図を理解してくれない女は、どんどん本格的な食材をカゴに入れていく。スパイスなども混じっている。この時点でかなり本気なんだとわかったが。全てを入れ終え、レジに向かうと、


「い、いらっしゃいませぇ……」


 先程と同じく店員が怯えている。だが、女が話し始めると、


「コレとコレは分けて入れて下さい。あと、保冷剤も頂けますか?」

「はい! どうぞ」


 急に店員がにこやかな表情に変わる。俺との違いに愕然とする。人に好かれるこの女の特性を少し羨んでいた。


「重たいですよ? 持てますか?」

「はい。大丈夫――」


 女が言い掛けてすぐに、


「貸せっ! 俺が持つ!」

「えっ、ほんとぉ?」


 ――チッ! 嬉しそうな顔しやがって!


「い、行くぞ!」

「うん!」


 店員の挨拶を背に店を後にした。右手でレジ袋をさげながらマンションを目指す。その途中で、


「荷物、重くない?」

「ああ、鍛えてるからな」

「あれからずーーっと鍛えてるの?」

「ああ。オヤジに習い続けてる」

「へえ、カッコいいなぁ」

「……お前は鍛えなかったのか?」

「鍛えてたよ。頑張って腕立てとかやってたんだぁ。でも、全然ダメダメで……」

「ケッ! ダメなヤツだなぁ。あん時から全然成長してねえな」

「ゴメンね。でも、違うところは成長してるよ?」

「――ッ!」


 そう言って両手で下から胸を持ち上げている。


「や、止めろっ! そんなもん成長しても意味ねえ!」

「ゴメン……」

「……けど、良いんじゃねえか?」

「えっ?」

「女は弱くても」

「はあぁぁ! 総ちゃん!」


 荷物を持っていない左腕に抱きついてきた。


「ば、止めろって! 放れろ!」

「ゴメン……」


 ――すぐ元気なくしやがる。……チッ! しょうがねえなぁ。


「んっ」

「えっ!?」

「小指だけだぞ」

「えっ、良いの?」

「マンションに着くまでだからな」

「はあああああ! ありがとぉ、総ちゃあーーん」


 俺が差し出した小指に自分の小指を絡ませてきた。小指だけの手つなぎだ。


 ――チクショウ! なんで俺がこんなことを。


 この女にだけ甘くなる自分に歯痒さを感じていた。

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