第4話 ある提案

「ま、待てっ! そうだ! 大家に電話して鍵を開けて貰え。ここで寝るのはマズい!」

「何で? 結婚を約束した仲なのに?」

「俺は結婚する気は無い! 生涯独身を貫く!」

「何でそんなこと言うの? 理由でもあるの?」

「単に女が嫌いなだけだ! 今までずっと避けてきたんだ! 今更、結婚とか言われても鬱陶しいだけだっ!」


 その言葉を聞いて、静かになる女。だが、次の瞬間、上着のボタンを外し始める。


「お、お前、何やってるっ!?」

「総ちゃん、まだ経験したこと無いんでしょ? 経験したら考えが変わるかも」

「止めろっ! お前、それがどういう事か分かってんのかっ!」

「分かってるよ! 総ちゃんに捧げる為に守ってきたの! 私、小学生の時からずっと総ちゃんだけを想ってきた。両想いだと思ってたのに……グスン」


 女が泣き出した。二度も同じ女を泣かせるとは。気が引けた俺は、


「スマンっ! 俺が悪かったっ!」


 そう言って土下座をした。人生初めての土下座を。


「じゃあ、責任……取ってくれるの?」

「それは無理だ!」

「……」


 暫くの沈黙の後、女が提案してきた。


「じゃあ、試してみようよ」

「試す?」

「一週間! 一週間だけのカップルごっこ!」

「――ッ! む、無理だ! 女嫌いの俺がそんな事……」

「やってみようよ! 世界中の女の人が苦手でも、私だけは受け入れられるかもしれないよ?」

「……」


 その時、アオと遊んでいた時の安心感を思い出した。他の奴には無い温かみを。


 ――コイツとだったら……いやいや、やっぱ無理だろ! どうする?


 俺が無言で悩んでいると、無造作に置かれた買い物袋を女が見つける。


「なに買ってきたの?」

「晩飯だ」

「インスタントと冷凍食品ばっかりだね」

「自炊できないから仕方ないだろ」

「じゃあ、作ってあげる!」

「はあ!?」


 自信満々の笑顔で俺を見てくる女。


「私、花嫁修業たくさんしたんだよ? 全部、総ちゃんの為に」

「くっ!」

「じゃあ、一緒に食材買いに行こ?」

「えっ! 今からか? スーパーは人も多いし、止めとこうぜ。クラスの連中にでも会ったら……」

「良いから! じゃあ、今からカップルごっこスタートね?」


 そう言って女が俺の腕に自らの腕を絡ませる。


「や、止めろっ! 歩きにくいっ!」

「えーーーー、カップルだったら定番だよ?」

「は、放れろ! 普通に歩いて行くぞ」

「ううぅぅ」


 一度帰宅したというのに、もう一度玄関を出る。面倒くさい話だ。

 二人でエレベーターを待つ。扉が開くと、中に上層階から降りてきたカップルが居た。黙って俺達は乗り合わせる。俺達が扉の近くに立っていると、後ろの方からカップルの会話が聞こえてくる。


「ねえ、彼氏くーん。今日どこ行く?」

「そうだなぁ。俺は彼女ちゃんと二人きりになりたいな」

「やだぁーもーー。二人になったらやらしい事ばっかするんだから」

「良いだろぉ?」

「この前だって胸ばっかり触ってきて」

「男はみんな好きなんだよ」

「やだぁーーー」


 ――クソがっ! 消えろ、バカップル野郎!


 一階に着き、エレベーターの扉が開く。俺は開くボタンを押し、先にカップルを外へ出した。二人がどこかへ行った事を確認し、降りる。


 俺達は二人並んでスーパーまでの夜道を歩く。その最中、


「ねえ、胸さわりたい?」

「ば、バカ言うんじゃねえよ!」

「さっきの人も言ってたよ? 男はみんな好きだ、って」

「き、嫌いな奴もいるんだよっ!」

「けど、私が部屋で近付いた時、視線は――」

「うるせえっ!」


 この女と一週間。考えただけで地獄だ。

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