第3話 引っ越した友達

「うわあ! 新田だっ! 逃げろっ!」


 ――なんだ、みんな弱っちいな。この周りには俺に勝てるヤツは居ないのか? つまんねえな。


 小学校の帰り道、いろんなヤツから喧嘩を吹っかけられたけど、みんなすぐに泣いて帰ってしまう。これも父ちゃんのおかげなのかな。


 家に帰ると、


「父ちゃん! また勝ったよ!」


 にこやかに俺は言ったけど、父ちゃんは怒った顔で言ってくる。


「総一郎っ! また喧嘩をしたのかっ! あれほど止めろと言ったのにっ!」

「で、でも、あっちから言ってくるんだから!」

「武道という物は神聖な物。無闇矢鱈に使うもんじゃない。誰かを守らねばならない時、そう、絶体絶命の時にのみ使う物だ!」

「……ごめんなさい」

「分かれば良いんだ! お前には強くなって欲しい。だが、それ以上に優しい心を強く持って欲しい」

「はい」


 また父ちゃんに怒られた。絶体絶命ってどんな時だ。分からないよ。




 次の日、近くの公園に行ってみると、一人の男の子が虐められていた。


 ――アイツら! 三人がかりで一人を。俺がぶっ飛ばしてやる!


「おいっ! お前らっ! 止めろっ!」

「――ッ!」


 三人のいじめっ子が俺を見る。すると、三人の顔が変わり、


「あ、ああ……新田だっ! ヤバい、逃げろっ!」


 喧嘩をする必要もなく、逃げて行った。つるまないと何にもできない弱い奴らだ。


「大丈夫か?」

「あっ、ありがと……」


 蹴られたせいで泥だらけになった上着とズボン。おかっぱ頭のもやしの様な弱々しい奴だった。


「お前、弱すぎるぞっ! もっと強くなれ!」

「で、できないょ……」

「ほら、立て」


 手で引っ張って立たせてやる。


「強いんだね」

「まあな。鍛えてるからな!」

「カッコいいなぁ」

「まあな!」


 自信満々に言うと、目をキラキラさせて見てくる。悪くない気分だ。


「ねえ、名前なんて言うの?」

「俺か? 新田総一郎だ」

「じゃあ、総ちゃんだぁ」

「おい、その呼び方恥ずかしいよ。で、お前は?」

「……あおぃ」

「えっ、アオって言うのか。変わった名前だな」

「えっ、あ、うん……」


 その日を境に、アオと一緒に公園で遊ぶ事が多くなった。鍛えてやろうとしたけど、腕立てをさせても懸垂をさせても、何一つできなかった。こんな非力な男の将来が心配だなと思った。けど、アオと一緒に居て悪い気はしなかった。他の奴と違って落ち着くというか何というか。このままずっと続くと思ってた。




 ある日、公園でアオは言った。


「お父さんの仕事の都合で引っ越す事になったんだぁ」

「えっ!」

「寂しい?」

「べ、別に。まあ引っ越した先でも体を鍛えろよっ!」

「うん……」


 アオはモジモジしながら俺に告げる。


「ねえ、いつか結婚してくれる?」

「はあ!? 何わけわかんないこと言ってんだよ」


 ――結婚ってあれだろ? 男と女がするヤツだろ? まあ、コイツ男だからどうせ結婚できないし、適当に言っとくか。


「まあ、いつか、な」

「えっ! ホント?」

「ああ、結婚してやるよ!」


 アオは目を輝かせて、手を振りながら公園から去って行った。


 次の日。アオは引っ越してしまった。




* * * * * *




「そういやあ、ガキの頃、仲良かった奴が居たな。もやしみてえなひ弱な奴が。途中で引っ越しちまったがな」

「それっ!」

「あっ? それが何だよ?」

「それっ、私だよっ?」

「ははははああああああぁぁぁぁああああああっ! 男じゃなかったのかよっ!」

「一言も男だ、なんて言ってないよ?」

「でも、アオって」

「ちゃんと葵って言ったのに、総ちゃんが聞き間違えたの。言い出し辛かっただけ」

「声がちっせえんだよっ! 名前はハッキリ言えよっ!」


 ――最悪だっ! てっきり男とばかり。これはマズい! これじゃあ、コイツが言ってる結婚がどうとか、が正しい事になっちまう。


「あ、あれはノーカウントだ!」

「えっ!?」

「俺は男だと思ってたからな」

「そんなぁ……。折角、気付いて貰える様にショートにしたのに」


 ――髪型の問題じゃねえ。そんな牛みたいなもん、ぶら下げてりゃあ、分かるわけねえだろ!


「責任取ってっ!」


 女が胸を揺らしながら俺に迫ってくる。部屋に二人というこの状況をどう乗り切るかを考える。

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