聖女になったら恋が出来ない!~タイムリミットは一ヶ月!王子様はお呼びじゃないから来ないでください!~

蒼衣 翼

聖女になったら恋が出来ない!

 アウラは、今年十四になる侯爵家の姫だ。

 瞳は青で、髪は金髪と、実に貴族らしい明色を持っていた。

 貴族は明色持ちが尊ばれる傾向にあるが、基本的に明色持ちは多いので珍しくはない。

 まぁ尊ばれる色になるように婚姻を重ねて来たのだから当然だろう。


 貴族の子どもは、十四歳になったら教会で聖別の儀式を行う。

 それは貴族としてはごく当然のことであり、貴族の大人として認められるための、最初の通過点であった。

 しかしアウラにとっては、その儀式こそが、正に青天の霹靂、終わりの始まりとも言うべき儀式となってしまう。


「えっ? 私が聖女? またまた司祭さま、そんなお戯れを」


 アウラは笑い飛ばしてしまおうとしたが、現実は非情であった。

 そう、アウラは聖女の資質ありとして、神に仕える乙女となるようにと言われたのである。

 この世の終わりのように落ち込むアウラと、浮かれまくる家族。

 家のなかは対極の状態となっていた。

 なぜそうなるのかというと簡単な話で、アウラは聖女になどなりたくないのである。

 聖女になれば、教会の奥にある神廟に閉じ込められて一生を送ることとなってしまう。

 恋も結婚も出来ない。

 そんな人生は生きたまま死んでいるのと同じ。

 アウラはそう考える娘だった。

 一方で家族にとっては、娘が聖女に選ばれるのは名誉であり、貴族社会で大きな顔が出来るのだ。

 かくして、同じ家のなかで明暗がくっきりと分かれてしまった。


「グレてやる」


 そうアウラは言ったが、家族からの反応は冷たい。


「お前、とっくにグレてるだろ」


 そう、アウラは、グレていた。

 ただし、仮にも貴族の娘なので、グレ方は庶民とは違う。

 アウラは女だてらに剣を振り回し、馬にまたがり、あちこちの剣術道場に乗り込んでは、勝負を仕掛けて、当たるを幸い、バッタバッタと、男達を叩きのめしていたのだ。

 近頃は、アウラの影を見ただけで男が逃げると言われるほどとなっていた。

 そんなこともあって、教会入りは、家族も願ったりという状況なのだ。


「冗談じゃないわ! なんとかしないと!」


 家出するという方法も考えたアウラだったが、聖女候補が逃げ出したとなれば外聞が悪い。

 確実に家の力で連れ戻されてしまうだろう。


「それなら……」


 聖女にならないで済む方法がない訳ではない。

 聖女という存在は神に嫁すという考え方から、男を知る前の少女に限るという掟があるのだ。

 つまり、教会に連れて行かれる前に、恋人を作って、そういう関係になってしまえばいいのだ。


「なんなら力づくでも……」


 アウラは少々アグレッシブな少女であった。


 さて、そんなアウラだが、同じぐらいの年頃の男の子に心当たりがない訳でもない。

 仲がいいと言ってしまうのはいささか乱暴な関係だが、小さい頃からよく絡んで来る一つ違いの少年がいた。

 

「まぁ、アレ・・は、どっちにしろ駄目だけど」


 アウラがアレ呼ばわりをしているのは、王族の少年である。

 王族という高い身分で年頃も近い、普通に考えればいい縁ではあるのだが、聖女外しには使えないのだ。

 なぜかというと、王族は、神の子孫であるとされていて、王族に限っては、もしちぎりを交わしても、ノーカウントとなる。


「絶対怪しいよね、この制度」


 アウラは、聖女とは名ばかりの、王のお妾さんを教会に囲っているのでは? という、かなりバチ当たりな想像を巡らせていた。


「正式な聖女のお披露目まで一ヶ月……それまでに、絶対男を作ってやる!」


 アウラは強い決意を胸に秘め、とんでもないことを口にするのだった。


 その日からアウラの涙ぐましい(?)努力が始まった。

 いつものように騎士の鍛錬所に行くものの、模擬戦に乱入したりせずに、良さげな騎士に積極的にアタックしたのである。

 具体的には……。


「私と裸の付き合いをしましょう!」


 と、声を掛けて回ったのだ。

 声を掛けられた将来有望な青年達は、しばしボーゼンとした挙げ句、真っ赤になり、次に真っ青になって脱兎のごとく逃げ出した。


「待って! お返事はいかに!」


 と、呼びかけながら追いかけるが、さすがは将来は国を背負って立つ騎士見習い達、アウラに捕まる前に、どこかへと身を隠してしまった。


「アウラ姫は、出入り禁止です」

「な……なぜ?」


 いくつかある騎士団全てから出禁を食らい、アウラは懊悩する。

 自分が焦ったのか、騎士見習いの青年達がヘタレなのか……。


「くっ、ヘタレ共がぁ!」


 結果として、アウラは騎士見習い達をヘタレと判断した。

 アウラは、他人に厳しく自分に優しい少女だったのだ。


「それにしても、訓練や模擬戦に飛び入り参加していたときには追い出されなかったのに、なんで私が告白すると追い出されるの? 納得がいかないわ!」


 ここに来て、アウラは自分に女性としての魅力がないのでは? と、思い始めた。


「そんな……馬鹿な」


 がっくりと項垂れるアウラ。

 そんな愉快な可愛い娘の様子に、家族は心を痛めた。

 

「こんな奇行を繰り返していては、聖女として傷がついてしまう。なんとか落ち着かせることは出来ないだろうか?」


 父は悩んだ。

 もちろん娘が聖女となって、家の格が上がるのは嬉しい。

 だが、娘の元気がないのは困る。

 というか、最近の娘の常軌を逸した様子は、一部で心の病に罹ったなどと噂されるレベルであった。


「お父さん、僕にお任せを」


 息子でもないのにアウラの父を父と呼ぶのは、アウラの幼馴染にして、一方的に告白し続けているが全く相手にしてもらえていない王子様、ユークリッドである。

 アウラの父は常々、なんでこの王子、うちの乱暴者の娘が好きなんだろう? と、理解出来ない気持ちでいた。

 初めで出会ったのは、ほんの幼い、物心ついた頃である。

 あるいは、そのときに何かを刷り込まれてしまったのかもしれない。

 そう、アウラの父は、全く娘を信じていなかった。


「アウラ、最近君の評判が悪いよ」

「知っているわ」

「言われた側が明言しないので、内容はわからないが、何か破廉恥なことを口走ったとか?」

「破廉恥とはなによ! 男女の営みは生命の起源なのよ! 素晴らしいことじゃないの!」


 堂々と言い放つアウラに、王子ユークリッドは優しく微笑んだ。


「何か切羽詰まった心配事があるんだね? 昔からアウラは追い詰められるととんでもない理屈を発明していたからね」


 ユークリッドは、貴族の姫としてあまりにもその行動に問題があるアウラの、唯一であり無二の理解者である。

 アウラ自身にも、いったい何が気に入られたのかわからないのだが、幼い頃から、ずっと求婚して来る奇特な人物でもあった。


「あんたが王族でさえなかったら……」


 ユークリッドが普通の貴族の子であるか、そこらの平民の子だったら、アウラの望みはすぐに果たされたかもしれない。

 箱入りのお坊ちゃんなので、床入りにまで持ち込めたかどうかはちょっと怪しいが。


「生まればかりはどうにも出来ないからね」


 ユークリッドは悲しげに言った。

 そういう顔を見ると、アウラもほだされそうになる。

 ユークリッドは、美形の多い王族のなかでは、少し地味な部類だった。

 黒髪で黒い瞳という暗色を持っていて、明色を尊ぶ貴族社会では軽んじられている。

 それこそ、生まれ持ったものなのでどうにも出来ないものだ。

 生まれに文句を言いたいのは、ユークリッドのほうかもしれない。


「ユーク、私、聖女に選ばれそうなの」

「神様も無茶を言うものだね」


 アウラの告白に対するユークリッドの反応は、笑えるほどアウラ自身と同じであった。


「私が、神廟で祈りを捧げる日々とか想像出来る? 絶対無理よ! それなのに、あと一週間もしないうちに、そんな囚われの人生が決まってしまうのよ。それを逃れるために、男と肉体関係を構築してしまいたいという私の願い、おかしい? おかしくないよね?」


 おかしいかおかしくないかと問われれば、貴族の子女ならほとんどの者がおかしいと答えるだろうが、そこは、アウラ推しのユークリッドである。


「方法はともかく、君らしい前向きさだと思うよ」

「えっ! 私、前向きだった? てっきり後ろ向きだと思ってたわ、我ながら」

「君が向いている方向が前だからね」

「なるほど。ユークは頭がいいわ」


 ユークリッドは、暗色の王子などと陰口を囁かれつつも、如才なく王子としての役割を果たしていた。

 悪い評判など、アウラに構うことぐらいで、ほかは、何事も堅実にこなすというまずまずのものだ。

 アウラの見るところ、ユークリッドは、他人に自分の見せたい姿を見せる方法を心得ていて、決して相手の期待を外さないという特殊な才能の持ち主であった。

 まんべんなく評判の悪いアウラからすると、凄い! と、感心するばかりだ。


「ねえ」


 そのユークリッドが、普段とは全く違う、ゾクリとするような色気のある視線をアウラに向けて、猫なで声を発した。

 普通の令嬢なら、ドキッとするような視線であり、声だが、アウラは思わず身構える。

 アウラは、この幼馴染が、決して評判通りの、従順で素直な人間だとは思っていない。

 もし、本当に従順で素直なら、十年近くも、明らかに脈のない、しかも世間的に評判の悪いアウラに求婚を続けるはずがないのだ。


「僕と一緒に逃げる?」

「へあっ!?」

 

 アウラは思わず変な声が出た。


「ど、どういうこと? に、逃げるって、ど、どこにっ!」

「落ち着いて、大したことじゃないんだ。実は、僕はずっと考えていてね」

「へ、へー」

「僕のような暗色持ちは、王族と言えども飼い殺しで生涯を終える。君が言うところの聖女と似たようなものさ」

「そうなの?」

「うん」

「だから、ずっと準備をして来たんだ。自分の才能だけで身を立てることが出来る道が、外の世界にはあるからね。ただ、闇雲の飛び出しても生活は出来ない。最低限、生きていくための基盤が必要だ。だから、三年掛けて準備した」

「三年って、ユーク今十五だから、十二の頃から? 早熟すぎない?」


 アウラは驚愕した。

 アウラは、前々から、ユークリッドという王子は、妙にいろいろなことを知っているし、何かを成そうとすれば、時間を掛けてでもやり遂げるという、見た目とは全く違う強かさというか、不屈さを持っているとは思っていた。

 しかし、わずか十二歳の子どもが、外で生活するための基盤作りを始めていたとは、想像の外だったのである。

 とんでもない奴だ。

 それが、アウラのユークリッドに対する印象である。


「そのときに、君が隣にいてくれたら、これほど嬉しいことはない」


 アウラは考えた。

 これはチャンスか、それとも悪魔の罠か。

 聖女として聖廟に閉じ込められることと、この底しれぬ男の妻となって見知らぬ世界へ飛び出すことと、どちらがマシだろうか?


「……考えるまでもないか」


 アウラは、未知なるものに挑戦することに対して怖れを感じたりはしない。

 だが、たとえどれほど大切にされて、高い位を与えられ、崇め奉られても、自由のない暮らしに満足は出来ないのだ。


「ユーク、一つだけ、聞いてもいい?」

「君が僕に尋ねることに、僕が答えないということはないよ」

「なんでいちいちそんな面倒臭い受け答えをするのよ!」

「それが問い?」

「違うわよ!」


 こういうところが、アウラがユークリッドと合わない部分である。

 王子育ちだから、変に上品なのだ。

 こんなことで、本当に外でやっていけるのか、アウラは不安でしょうがない。


「あんた、いったい私のどこがそんなにいいの? 五歳の頃から言い続けてるから、体って訳でもないだろうし」


 あけすけなアウラである。


「君だけが、僕をきれいだと言ってくれたからだよ」

「え? そんな記憶ないけど」

「そうだろうね」

「嘘でしょ! そんなすぐ忘れるような軽いノリの話で、ずっと私に求婚してた訳?」

「そんな軽いノリだったからこそ、そこには真実があったんだよ」


 ユークリッドはにっこりと笑う。

 始めて二人が出会ったのは、高位貴族の子ども達が集うちょっとしたお茶会だった。

 庭で行われたそのパーティの間、ユークリッドは木陰にいた。

 兄弟から、黒い奴は暗い場所が似合うと言われたためだ。

 そこへ、なぜか棒っきれを握ったアウラがやって来た。


『ほわっ! 人がいた!』

『あ、ごめん。邪魔ならどっか行くけど』

『別に、好きなとこにいればいいじゃない。へー、あんた、髪も目も真っ黒なんだ』

『……うん』

『いいじゃない。夜空みたいできれいよ。金髪なんてぼけぼけで、なんかはっきりしない色で、好きじゃないんだよね』


 幼いアウラは自分の髪を引っ張りながらそう言ったのだ。

 その日から、アウラはユークリッドの特別になった。


 ニコニコと笑うユークリッドの笑顔を胡散臭いと感じながらも、もはや時間のないアウラは、この話に乗るしかないとわかってはいた。


「くそっ、王子でなくなったユークなら、ちょっとだけマシだって思って、我慢するしか……」

「よかった。アウラから格上げしてもらって光栄の極みだよ」

「ねえ、本当に外でやっていける目処があるんでしょうね?」

「大丈夫だよ。ちゃんと詳しく説明するから」


 ユークリッドは穏やかに微笑む。

 三週間ほど前に、ユークリッドは、自分の設立した商会から得た利益を、教会の司祭に願いごとと共に献金として捧げた。

 その際の願いが叶ったことから、ユークリッドの資金力は十分と言えるだろう。


「君に苦労などさせない、と言うと、アウラは嫌がるだろうから、一緒に新しいことをやって、失敗もしていこうって、思っているよ」

「むむ、ユークは、私のことを知り尽くしてるから、ちょっと悔しい」

「ふふ……」


 とりあえず、何があろうとも、二人は幸せに乗り越えて行けそうではあった。

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