ポンポンサイダー会議-5

 朝になってもまなは帰って来なかった。仕方なく、あかりと登校して、一時間目が始まって。それから少しして、やっと、まなも登校してきた。とはいえ、見るからに、家に帰れていない様子だ。


 しかし、遅刻よりも、周囲に噂されていることがあった。遅刻については言及しなかったが、後者については、あかりが余計なことを言い出した。


「なんかさ、まなちゃん、目赤くない?」

「赤いに決まってるでしょ? 魔族なんだから」

「いや、そうじゃなくて、白目のところとか、目の周りがさ──」


 野暮なことを聞こうとするあかりの鳩尾に、肘鉄を食らわせて黙らせる。目が赤いのは一目瞭然だが、もしかしたら、昨日一日、泣いていたのかもしれない。瞼も腫れぼったいし。そうなると、昨日の会議はあまり必要なかったかもしれないとも思う。


 仮に泣いていたとしても、それでも彼女は平然を装えてしまうのだ。それは、強いとも言えるし、気を張りすぎ、とも言える。どちらにせよ、もう少し、私たちを頼ってくれてもいいのにとは思う。


「まあ、昨日、心配をかけたのは事実よね。何か奢るわ。何がいい?」

「では、トンビアイスを一つ、おねがいしますね。あかりさんは?」

「僕もそれで」

「ええ、分かったわ」


 それから、私はまなを後ろから抱きしめて、ぴったりとくっつく。少し臭うが、それがまたいい。ダメだ、まなが絡むと、どうしても変態になってしまう。


「離れなさいよ、暑苦しい」

「嫌です」

「あんた、本当にそういうの好きよね……」


 なんやかんや言いながらも、まなは本気で嫌がりはしない。それに甘えて抱きしめていると、とても安心できる。だが、こうしている一番の理由は安心できるからではない。


「まなさん、愛してます」

「そ」


 素っ気ない返事さえ愛おしい。それくらい本気の愛なのだが、なかなか伝わらない。毎日のように伝えているが、むしろ、だからなのか、冗談半分にしか聞き届けられないのだ。


 彼女からしてみれば、なぜそうまで私が自分を好きなのか、理解できないという面もあるのだろう。別に、初めて会ったときから大好きだというだけの話なのだが。


 ともかく今は、ほんの少しだけ不安そうな彼女を、安心させてあげたい。しかし、私にはこうして、抱きしめて、頭を撫でる以外の方法が見つからない。だから、抱きしめている。それでもきっと、彼女に想いを伝えるには、不十分なのだろう。


「ま、マナ、あかりが怖いから、離れてくれる?」


 横目で様子をうかがうと、あかりが嫉妬の炎でまなへの敵意を滾らせているのが分かった。もう少し、仲良くしてやる気はないのだろうかと思わずにはいられない。相変わらず、小さい男だ。


「あかりさんなんて、歯牙にもかける必要はありません。大きいのは態度だけですから、何かされることはまずないと思います。チキンですし」

「チキン……っ!?」

「チキンって、何?」


 まなには分からない言葉だったらしい。一方、あかりには効果覿面だ。


「臆病者という意味です」

「……あんた、相変わらず、あかりに容赦ないわね」

「そうだよ、もうちょっと優しくしてくれてもいいじゃん」

「は? あなたは他人ですよ? なぜ優しくする必要があるんですか?」

「いや、そう、なん、だけど、さあ……!」

「私の中では、まなさんが一番なので。あなたが嫉妬する権利はありません」

「うおっ……ぐぉ……」

「あんたたちって、不思議な関係よね」

「僕からしてみれば、二人の方が不思議だけどねえ」

「私には何も不思議なことなどありませんよ」


 まなの視線がちらと、隣の空席に向かう。何か気になることでもあったのか、尋ねようとしたそのとき、チャイムが鳴り、真意を聞くことは叶わなかった。


***


 宿舎に戻り、三人でぞろぞろと階段を上がっていく。なんとなく、今日は変な感じがする。何かが足りない、そんな感覚だ。


「それじゃあ」


 二人に別れを告げて、三人の中で一番手前に位置する自室を開けると同時に、大きな違和感を覚えた。


「ん? あんたたち、部屋に入った?」


 ギクッ──という音が聞こえてきそうなほどに、二人は揃って体を硬直させる。何か、悪だくみでもしていたのだろうか。


「まなさんは、どうしてそんなに勘が働くんですか?」

「勘がいい方、とは思わないけれど。それに多分、今日のは偶然よ」


 見慣れた二段ベッドや、家具の数々、ぐるっと部屋を見渡してみても、やはり、何か違和感を感じるのだが、


「──まあ、気のせいよね。それで? 何をしたの?」

「ま、入れば分かるって。じゃ、僕たち部屋に戻るから」

「どうぞ、ごゆっくり」


 二人がそそくさと部屋に戻った後で、不審に思いつつも、私は部屋に入る。靴を脱ぎ、床を踏むと、そこに足つぼマットが敷いてあった。別に痛くはない。


「なんで足つぼ……?」


 それから違和感の正体を捜していると、次に、本棚が目に入る。よく見ると、中の本がすべて入れ替わっていた。


「は? 何これ、どういうこと?」


 元々の本はどこに行ったのかと思いつつ、ひとまず、アイスでも食べて落ち着こうかと考えて、冷蔵庫を開ける。すると、中に覚えのないポンポンサイダーと、トンビアイスのワサビ味、それから、玉ねぎが入っていた。


「……とりあえず、勉強でもしようかしら」


 心を落ち着けるのは諦めて、机の前に正座をする。私は筆箱を学校用とその他で分けているのだが、家で勉強するときは、その他の方からボールペンを取り出す。消しゴムを使わないよう、いつも消えないもので勉強はしている。


 そうして、ペンをノックすると、ピリっと、手に電撃が走った。が、こちらもたいして痛くはない。それよりも、インクがつかないのが問題だ。


「これ、使えないやつじゃない……。まあいいわ」


 それからペンを変えて勉強に取り組もうとすると、突然、トイレの扉が開け放たれた。その音に驚いてそちらを見ると、中から、謎の人型の機械が出てきて、カタカタと私の背後まで移動し、肩を揉み始めた。かなり高度な技術だと感心する。


「別に肩なんて凝ってないんだけど。……何がしたいのかしら」


 肩揉みをされながら、私はいつも通り勉強をする。それから、料理、食事、入浴など、後は寝るばかりにして、読書しようと本に手を伸ばす。掃除、洗濯は朝やることにしている。


 と、そのとき、本が入れ替わっていたことを思い出す。


「まあ、読むだけ読んでみましょう」


 一番取りやすい位置のものを取ると、どうやら、漫画らしかった。読み進めればなかなかに面白くて、あっという間に一冊読み終える。だが、


「これ、誰だったかしら。全然、名前が覚えられないわね。全員同じ顔に見えるし……。まあ、面白いけれど」


 よく分からないが面白かった。感想を求められても深いことは言えそうにない。二巻を、と探して、並んでいる漫画らしき本は、全部一巻であることに気がつく。


「新手の嫌がらせね……。まあいいわ。漫画はやめましょう」


 次に、社会の教科書が並べられていることに気がつく。取り出して見ると、見たことのない文字が裏表紙の下の方に書かれていることに気がつく。恐らく名前だろう。なんと書いてあるかは分からないが、字が汚いのは分かる。


「多分あかりね。後で返しに行きましょう」


 教科書を本棚に戻し、そのままハウトゥー本らしきものに手を伸ばす。そして、作者名のところにマナと書かれていることと、初版であること、さらに発行された年を見て苦笑する。


 そこまでみてしまうと、なんとなく、読む気になれず、そのまま本棚に戻して、別の本を手に取る。見たところ、絵本のようだ。何気なく開くと、絵が飛び出てきた。しかけ絵本というやつのようだ。


「うわあ、何これ! すごいわね!」


 ゆっくりとページをめくり、絵を楽しみつつ、全部読み終わってから、本棚に戻す。


「これは……写真集?」


 手に取り、表紙を見ると、水着姿のマナが映っていた。なんだか、すごい。


 一応、パラパラと全部見てから棚に戻す。なんとも言えない気持ちになった。すごいしか感想が出てこない。


 それから、変な形の本は、奇をてらいすぎているので、ひとまず置いておくとして。


「残ってるのは、風景の写真と──これは、何?」


 表面に凹凸が見られる。どうやら、点字らしい。点字の読み方が書いてあるシートまで丁寧についている。


「これは、間違いなくハイガルね。時間がかかりそうだし、先に風景写真でも見ようかしら」


 テーマは、白、と書かれていた。


 まず出てくるのは、白銀の世界だ。山脈の中腹辺りで撮ったのか、きれいな雪景色が広がっている。


 続いてめくっていくと、白い花、白い木、白い雲、と続き、その次に、白い川が現れた。乳白色といった方が近いだろうか。まさに、牛乳を溢した感じだ。


「何これ?」


 説明のところを読むに、どうやら、魔法として放出された後の、非活性の魔力が水に大量に溶けると、こんな色になるらしい。それを聞くと、なかなかに汚く見えてくる。


 さらにめくる。


「おー」


 そこには、白い町並みが映っていた。と言っても、雪で白くなったというわけではなく、白いペンキを溢したかのように、すべてが白なのだ。カルジャスの一角に、こんな町並みがあるらしい。そう説明文に書かれていた。


「眩しそう」


 さらにめくれば、今度は、白色を混ぜたような、淡い虹が現れる。こちらも、使用直後の魔力が大気に分散することで見られる現象らしい。


 そうして、めくっていって、最後まで見終える。全体的に白かった、という感想しか残らなかった。やはり、風景は自分の目で見るものだと私は思う。


「点字ね……」


 とても、一日で読めそうにはないな、と思いつつも、シートを頼りに読み進めていく。時間も忘れて読んでいたが、話が終わる頃になって、だんだんと、ストーリーの雲行きが怪しくなってきた。


「これ……。なんで、この本にしたのかしら……?」


 これ以上読み進める勇気はないが、終わりがどうなるか気になる。


 そうして、結局、一息に全部読んでしまった。


「……」


 風にでも当たって、気分を落ち着けようと、窓を開けると、眩しい日差しが射し込んだ。太陽の位置は天高く、徹夜どころの騒ぎではなさそうだが、幸いにも今日は休日であり、そこまで時間を気にする必要はない。


「……読まなければよかったわね」


 半ば後悔しつつ、本を返しに行こうと、扉に向かうと──わずかに扉が開いているのに気がつく。


 内開きのドアをゆっくり開けると、マナと男三人衆が廊下で四人揃って、寝ていた。どうやら、読んでいるところをずっと見られていたらしい。ますます、何がしたいのか分からない。


 そんな疑問を抱えつつも、社会の教科書をあかりの上に、マナのグラビア写真集や、ハウトゥー本、暇潰しの方法の三冊をギルデの上に、そして、漫画をマナの上に置き、残りの変な本をハイガルの上に置く。


「まあ、多分、合ってるわよね」


 そうして、鍵を閉めると、眠気が襲ってきた。


「ふわあぁ……。眠い……」


 目の端に浮かんだ涙を指で拭い、ベッドに潜って、横になる。それから、昨日のことを考える。


 暗記するぐらい読み返した母の手紙。自分でも、信じられないくらい泣いたのを覚えている。そんなことを思い返していると、ふと、マナが泣いていたのを思い出した。


 それに何か引っ掛かりを覚え、少し考えて──やっと、これが私を泣かせるためのものだということに気がついた。


「それにしても、欠伸と玉ねぎとワサビと足つぼと……よく分からないのもあったけれど、なんていうか、迷走してるわね」


 しかしそのおかげで、ほんの少しではあったが、悲しみが和らいで、安心して眠ることができた。



~あとがき~


 第3話と第4話の間の話になります。まなちゃがチアリターナのところまで行き、母親の手紙を読んでいる間、および、その後の出来事です。

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