ワクワク、フィギュア作り!-1

 春から夏に差し掛かる頃。部屋の気温はちょうどよく、暖かな日差しが部屋に射し込む。


「ふんふふん……」


 白い粘土をこねる。絵の具を混ぜて、色をつける。桃色、黄色、ペールオレンジ。桃色とペールオレンジが多めだ。


 肌色の丸の形を整える。桃色の丸は薄く伸ばして、肌色の丸に沿わせる。黄色は小さめの丸を二つ、肌色の丸に付ける。──つまり、顔と髪と目だ。


「ふーんふふふんふん……」


 そこから、形を整え、頭を完成させる。


「服はどうしようかなあ……よし、決めた」


 鼻歌まじりに手を動かす。上品な青色の服を作っていく。リボンを付けたり、フリルをつけたり、丈を調節したり。三百六十度、どの角度から見ても満足のいくものを目指す。二頭身で作っていることもあり、可愛さに重点を置く。


「ふふふんふんふふんふふふふ──」

「うるさいです」


 突如、扉が開かれて、外から声がかけられる。その瞬間、魔力を全力で発動させ、時空の歪みにフィギュアを隠す。


「今、ものすごい魔力の気配がしませんでしたか?」

「ん、そう? どこかで何かあったのかな。見に行く?」


 内心の動揺を完全に隠し、いつもの調子を装って問いかける。表面はいつも通りだが、頭の中ではけたたましい警鐘が鳴っている。


「──多分、気のせいでしょう。それより、さっきのはなんですか?」


 なんとか、誤魔化しきれたことに安堵し、その後でマナの発言の意味を推測する。この場合、問いかけているわけではなく、不満を言っているのだろう。調子に乗って歌っていたので、声が大きくなりすぎたかもしれない。普通の話し声さえすり抜けるくらいには、この宿舎の壁は薄い。


「あ、うるさかった? ごめんごめん」

「いえ、それもありますが、単純に不快です」

「単純に不快」

「はい。全部少しずつ音が外れているというのが、不快極まりないです」

「え、全部外れてた? いや、一つくらい合ってたでしょ」

「私の耳を疑うんですか?」

「ごめんなさいもうしません」


 歌っていただけでこの剣幕だ。とはいえ、彼女は出会ったときからこんな感じなので、もう慣れた。むしろ、罵声が心地よいくらいだ。


「それで、そんなに機嫌よく、何をしていたんですか?」


 ──この流れはマズイ。


 そこに興味を持たれてしまった以上、話をそらすか、嘘をつくか、適当に誤魔化すかの三択しかない。とはいえ、相手はあのマナだ。どれも通用しそうにない。


 となれば、第四の選択肢だ。


 僕はあるところに念話して、助けを呼ぶ。その人物は事情をすぐに把握すると、次の瞬間には僕の部屋に入ってくる。


「あかり、一緒に来てくれないか!?」


 切羽詰まった演技もバッチリだ。僕は驚いた顔を作り、それに応じる。


「分かった。マナ、また後でね」

「はい──」


 宿舎から出て、しばらく歩き、公園まで来たところで、やっと肩の力を抜く。


「ふー、助かったよ、ギルデ」

「このくらいは構わないさ。マナ様フィギュアを守るためなら、命を賭けられる」

「相変わらずだねえ」

「その言葉、そっくりそのまま君に返そう」


 僕とギルデは犬猿の仲だが、マナのこととなれば話は別だ。各自で作成したマナグッズは、共通の文化財として守る役目が僕たちにはある。


 手先が器用というわけではないが、粘土だけは昔、ずいぶん練習したので、得意なのだ。僕の趣味の一つでもある。


「見せてくれないか?」

「それなら、対価を頂こう」

「ふっ、仕方ないね。──いつものだ」


 そうしてギルデから差し出されたのは、マナのブロマイド──僕が転生してくる前の、幼いマナの写真を元に作成された、貴重なブロマイドだ。


 ただの平面と思うなかれ。魔法が使える世界のブロマイドともなれば、飛び出る、動く、そして、目が合い、微笑みかけてくる。


「こ、これは……」

「マナ様が二歳の頃のお姿だ。赤子から幼児へと変わりつつある、そのときの愛らしさと言ったら──」

「芸術作品だ……」

「そう、まさに、芸術だ」

「この世のどんな作品よりも素晴らしいね」

「ああ、色使いから線の細部に至るまで、こだわり尽くされている」

「何より、構成がいい。あのマナが、転ぶなんて……」

「そうさ、あの完璧なマナ様だって、子どもの頃は転んでいた」

「そして、そのあとの、照れ笑い──」

「まさに──」

「「チュルヌンディグス!!」」


 声がそろったところでハイタッチをする。チュルヌンディグスとは、有名な画家であり、ストーリー仕立ての作品で有名だ。


「これ、可愛すぎない!?」

「ああ、こてん、からの、えへへ──最高だろう!?」

「最高すぎ、ギルデ、マジ神」

「控えるがいいさ」

「ははー」


「──それにしても、君のフィギュアは相変わらず、よくできているね」

「さすがに本物ほどの魅力は出せないけどね」

「それはそうだろう。ブロマイドだって、実物を見るのには劣る」

「いやあ、やっぱり、マナって可愛いよねえ」

「当然だろう、マナ様だぞ」

「毎日見ても飽きないあの美しさ。もはや人間じゃないよね」

「あれは、神そのものだ──と、一部ではまことしやかにささやかれている」

「しかも、あれでちょっと抜けてるとこもあるんだよねえ」

「隙すらも隙ではなく、まさに、完璧ッ!」

「耳、うなじ、足の爪の形までオールパーフェクトッ!」


「男の趣味以外はな……」


「はあああ?」

「事実だろう。世の中に三十五億いる男の中から、お前を選ぶなんて、マナ様であっても理解に苦しむね」

「僕はマナに選ばれた男だよ? それをとやかく言うなんて、君の方こそ、マナに対する信仰心が足りてないんじゃないの?」

「こんな煽りにすぐ乗るようなやつを選ぶなんて──お前がマナ様をたぶらかしたとしか思えないね。マナ様は君以外と結ばれるはずだった」

「僕以外に誰がいるって言うのさ、まさか、君じゃないよね? 君みたいな変態と付き合ったら、それこそマナが穢れるじゃん」

「お前みたいな、どこの世界から来たかも分からないようなやつに言われたくないね」

「──時空の彼方に飛ばしてあげるよ。君も異世界でならモテるかもしれないしね」

「お気遣い感謝する。だが、僕はマナ様一筋だ! 彼女が生まれたその瞬間からね!」

「気持ち悪いんだよ、この狂信者!!」

「なんだと、お前こそただの他人だろう!!」

「──やめなさい」


 公園を吹き飛ばす勢いだった魔力の風が、消滅した。状況を理解できずにいると、額に強い衝撃が加えられ、尻餅をつく。


「あだつっ!?」

「おう……」

「あんたたち、何やってんのよ。迷惑もいいところだわ。ここは子どもたちも遊ぶ公園なわけ。戦いたいなら平原にでも行ってきなさい」


 その声の主を見上げると、白髪と意思の強そうな赤い瞳が目に入った。それから、ゆっくりと辺りを見渡すと、注目の的になっていることに気がつく。


 先に気がついたギルデが立ち上がり、僕に手を差し伸べてくるが、額同士がぶつかったことと、まなに手を引っ張られたことを思い出し、今さらながら、全身が震えてくる。


 周囲の視線。他者との接触。全身の震え。


 ──これは、ヤバイかもしれない。


「はあっ、はあっ……」


 呼吸に集中しようとするが、視線が気になって意識が上手く向けられない。全身が強張っているのを感じる。


『あかね──』


『そんなに怖がらなくてもいいじゃん』


 迫り来る琥珀髪が見える。長い髪はツインテールになっていて、近づく度に、ゆらゆらと揺れる。いない、いるはずがない。彼女は死んだのだから。


 息が苦しい。上も下も分からない。ただただ、怖い。


「──魔力が暴走しているな」

「マズいわね……。あかり、少し、我慢しなさい」


 何を言っているか分からない。耳を塞いでも、その内側で聞こえてくる。


『あかね』


『あかね』


『あかね』


 ──次の瞬間、後ろから羽交い締めにされて、肩に手が置かれる。


「うわあぁ……ああっ、はあっ、わあああああ──!?!?!?!?」


 そうして僕は、意識を失った。

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