ワクワク、フィギュア作り!-2

 ──目が覚めると、頭に柔らかい感触があるのに気がつく。目を開けようとすると、その目を塞がれた。


「大丈夫ですか?」


 鳥がさえずるような声に脳が揺さぶられて、やっと、少しずつ状況を理解していく。


 公園で華麗な発狂を披露し、あまりの恐怖に失神したのだ。もしかしたら、失禁したかもしれない。


 おそらく、魔力が暴走していただろう。僕の全力の魔力を直に受ければ、並の人間や魔族は、その場に立つことすらできない。


 最悪の場合、暴走した魔力が風や水などのなんらかの形に変化し、直接被害を及ぼした可能性もある。


「──誰か怪我したりしてない? 大丈夫だった?」

「はい。まなさんが魔法を抑えてくれましたから」

「それなら良かった」


 まなちゃんは触れることで、相手に魔法を使えなくさせることができる。だから気絶したとも考えられるが、そうでもしなければ他に被害が出ていたのだから仕方がない。


「人の心配だけですか?」

「僕のことはいいんだよ。マナが心配してくれるからさ」

「調子のいいことばかり仰いますね」

「いつものことだよ」

「いつも、ですか」


 マナが記憶を無くしてから、二ヶ月ほどが経つ。始めの頃はふわふわとしていた彼女だが、女王になる覚悟をした頃から、少しずつ、昔の調子を取り戻しつつある。


 とはいえ、無くしたのは僕の記憶だけなので、他の人たちとは普通に接している。疑問に思う点は多いが、彼女自身もよく分かっていないらしく、聞いてもはっきりとした答えは返ってこない。


「──記憶がなくても、マナはマナだよ」

「今さらですが、本当にあなたは、私と関わりがあったんですよね?」

「うん。これでも、昔は婚約してたんだよ?」

「いまだに信じられませんね。──脅したんですか?」

「脅してはないけど、百回フラれた」

「百回も告白したんですか……?」


 正直、百回で済むとは思っていなかったので、これでも少ないと思うくらいだ。


「ま、そんな昔のことはいいじゃん。それより、今のこの頭の感触。これ、膝枕じゃない?」

「よくお気づきになりましたね」

「昔、エトスを殴って倒れたときとか、夢見が悪いときに膝枕してもらったからさ」

「お兄様を殴ったんですか。それは少し、愉快ですね」

「自分で殴って倒れてちゃあ、カッコつかないけどね」

「誰もあなたにカッコよさなど求めていませんよ」

「せめて、マナにだけは期待しててほしかったなあ……!」


 そう冗談めかして、気恥ずかしさを紛らわす。最高、と叫ぶことは容易いが、内心の憂鬱はどうやったって誤魔化せない。ならばと、味わえるうちに味わっておく。


「落ち着きましたか?」

「ううん。まだ元気足りてない」

「元気そうに見えますが」

「もうちょっとだけ、お願い」

「仕方ないですね」

「ついでに目隠しを外してくれると嬉しいんだけど」

「嫌です」

「ええ? お願いだって。ちょっとだけでいいから、ね?」

「嫌です」


 意思は固く、簡単に崩せそうにない。こういうところも、いかにも、マナらしい。


「──人に触れられるのがダメなんですか? 私は平気なようですが」

「おっと、このタイミングでそれ聞いちゃう?」

「気になります。本当の私は知っていたのでしょうか?」

「本当の、か。……話したこと、あったかなあ」


 本当は、鮮明に覚えている。あのとき、初めてマナは、僕の前で涙を流した。


「聞きたいです」

「楽しい話じゃないよ?」

「話している間、膝を貸してあげます」

「絶対に話させて」


 マナが苦笑する気配を受け取り、僕は覆われた視界の中、過ぎ去った記憶を思い出す。


 昔、マナに打ち明けたその日もちょうど、今日のように穏やかな日だった。


***


 ──一週間が経つ。あかねが死んでから。


 僕のすべては、あかねのせいだ。他人に触れられないようになったのも、全部。


 だから、彼女が死んだとき、正直、ざまあみろ、と思った。


 そして、腹の底から笑った。


「あかりさん、お疲れ様です」

「ああ、トーマくん、お疲れ。君は相変わらずお堅いねえ」

「仮にもあかりさんは勇者ですから。あの女とは違って」


 あの女──あかねのことだ。彼女は生前こそ、皆に好かれていたが、亡くなってからはずっとこの調子だ。


 魔族と手を組み、王都に入る手助けをしたり。


 他国の王子に情報を流したり。


 武器を売ってお金を得たり。


 他にも色々と悪事を働いていた。それらがすべて露見して、今では墓に落書きまでされる始末だ。誰がやったかは知らないが。


「あんなのと一緒にされたら、僕も堪ったもんじゃないよ。双子だったってだけで、あかねとはもう他人なんだからさ」

「失礼いたしました。それで、今から訓練ですか?」

「そ。とりあえず、体力があるうちに、マナにぼこぼこにされてこようと思うんだけど、どこにいるか知らない?」

「マナ様ですか? そういえば、今日はお会いしていませんね」

「そっかあ……。じゃあ、どこかで会ったら、先に訓練して待ってるって伝えておいて」

「承りました」


 ここ最近、マナとの会話が少ない。出会ってもすれ違いざまに切られて、終了だ。マナがロスしている。


 そんなことを考えながら、訓練所にたどり着く。


「ん、なんだあかり。今日は元気ねえな。マナに会えなかったか?」

「そんな顔してた?」

「おう。マナにキスしたくて堪らねーって顔──っと」

「そんな顔はしてない、断じて」


 不意を狙った全力の突きだったが、剣神相手には児戯に等しい。指で挟んで止められた。仕組みはよく分からない。


「お前さん、逆に不健全だぞ? あのマナを見て何も感じるものがねえってのは」

「不健全なのは否定しない」

「いやいや、否定しろよ。またぼこぼこにされるぞ? それともなんだ、そういう趣味が──」

「それはギルデね。自分の息子の性癖くらい把握しておいた方がいいんじゃない?」

「思わぬ形で知りたくない事実を聞かされた!」


 そうして話しながらも、僕たちは剣戟を繰り広げる。僕の方は本気で挑むが、対する相手──レックス・マッドスタ──剣神にして、先代魔王を倒し、引退した元勇者は、まるで遊んでいるかのようだ。


 隙がありそうでない。それでも、一瞬、垣間見える間隙に、渾身の一振りを打ち込む。


「うらあっ! ──っつぁっ!?」

「はい、引っ掛かったー。お前の負けー」


 どうやら、隙ではなく、トラップだったらしい。木刀が弾かれ、地面に倒されては、勝負にならない。


「……大人げなっ」

「大人だから大人げねえんだよ。お前はまだ可愛げがあるなー」


 勝負は一日一回。剣神も暇ではないのだ。だから、その一回で技術を見て学び、時には教えを乞うてそれを次の日までに、体に染み込ませる。


 そして、負けた以上、何をされても文句は言えない。


 頭に向かって伸ばされる手に、僕はぎゅっと目を瞑る。


「──まだか」


 そう言うと、まぶた越しに見る光から影が消え去り、僕はそっと目を開ける。


「じゃあ、お手」

「僕、犬じゃないんだけど」

「そう本気で怒るなって。冗談ジョーダン」


 差し出した手を引っ込めて、レックスは赤髪の後頭部をかきむしる。


「……それにしても、お前の妹、とんでもないことしでかそうとしてたみたいだな」

「ああ、そうらしいね。全然知らなかったけど」

「あのまま生きてたら、今ごろどうにかなってたかもしれねえな」

「ほんとにね」


 レックスは僕の顔を見て、困ったような笑みを浮かべた。それが意味するところは分からない。


「おっと、もう時間だ。一人でもちゃんと訓練しておけよ。じゃあな」


 そう言って、レックスは手をひらひらさせて去っていく。その後ろ姿を見送って、僕はゆっくり立ち上がる。


「……変なの」

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