ワクワク、フィギュア作り!-3

 歩きながら木刀を振る。危ないから止めろとよく注意されるのだが、幸い、周りに人の気配はない。この場所に足を踏み入れたのは、かれこれ、一週間ぶりだ。


「こうで、こうで、こうなったから、今度はこうして──」


 そんなシミュレーションをしながら、歩いていく。剣なんて、一年と少し前まで持ったことすらなかったが、最近はタコもできなくなってきた。腕は太くなった。


「どっかにマナ落ちてないかなー」

「お呼びですか?」

「うわあっ!?」


 正面から話しかけられて、咄嗟にしゃがむ。少しして、落ち着いてから、ゆっくり顔を上げると、そこには桃髪を一つにまとめた少女が立って、黄色の瞳で僕を見下ろしていた。手には黒い袋を持っている。


「マナ! 結婚しよう!」

「ていやっ」


 木刀を掲げて切りかかると、その木刀が半ばで、素手によりへし折られ、脳天から、体が二つに分かれるのではないかというほどの衝撃が加えられる。


 レックスにさえも、こんな負け方はしていない。いや、あれは手加減があるからかもしれないが。


「い、た、ぁぁぁ……」

「お話になりませんね。私から一本取ったら婚約すると、そういうお話だったはずですが?」

「これでも訓練はしてるんだけどねえ!」

「努力していればすごいということではありませんよ」

「そうだけど、ちょっとくらい認めてくれても──」

「認める? 認められるレベルだと、本気でお考えですか? その程度で? ──はっ、今のままでは、十を下る子どもにも負けますよ」

「否定できない!」


 相変わらずの毒舌だ。容赦がないので、本気で心が砕けそうになる。ちなみに、元々は、マナに勝てたら、何でも一つ願いを聞いてくれるという約束だった。ともあれ、こうして目の前に婚約をぶら下げられている以上、努力するしかない。


 また、指輪だけはずいぶん前に渡してある。とはいえ、その真意は最近になるまで伝わっていなかったようだが、それも今となってはいい思い出だ。


 ──そういえば、今のが百回目の告白だった。せっかくなら、もう少し考えれば良かった。


「てか、マナ。どうしてこんなとこに? こっちは何もないと思うけど」

「……道に、迷ってしまって」

「道に迷った!? いや、確かに、僕も他人のこと言えないけど、まさかマナがねえ、へえ……。自分の家で迷子なんて、なんか面白だっつっ!?」


 今度は足をかけられ、地面に打ちつけられる。不思議とそこまで痛くないのは、そういう加減をしてくれているからだろう。


「他に用がないのなら、私はこれで失礼します」

「……ちょっと話したいなあって」

「はぁ?」

「いや、だって最近、マナ忙しそうで全然話せてないじゃん」

「私にとって、あなたはただの他人です。なぜ私があなたのために立ち止まって、話をして差し上げなければならないのでしょうか」

「僕にだけ当たりが強い! ……でも、お願い。ちょっとだけでいいからさ」


 こう言うと、マナはいつも、足を止めてくれる。なんだかんだ言っても優しさが隠しきれていない。


「退屈だと感じたら、すぐに帰ります」

「そう言っていつも最後まで話聞いてくれるじゃん?」

「帰ります」

「ごめんって!」


 深いため息をつきつつ、荷物を傍らに置いて、座てくれるマナに、僕は苦笑する。彼女がこうやってため息を隠さないのは珍しいことだ。


「今日もレックスにやられちゃってさー。隙が見えた! と思って攻めたら、罠だったっていうね」

「あれでも剣神ですから。そう簡単には取らせてくれないでしょう」

「ちなみに、マナとレックスってどっちが強いの?」

「本気で戦うのであれば、私の方が上ですね。魔法なし、剣だけ、となると、向こうの方が少し上手ですが、それでも、決め手に欠けるかと。弱者への手加減となれば、断然、あちらの方が上です」

「最後のは知ってた。でも、そっかあ。やっぱマナって強いんだねえ」

「弱いはずがないでしょう」

「そりゃそうだ」


 草地に座り、そんなやりとりを交わす。この時間が、僕にとっては何よりも楽しい時間だ。しばらく話せていなかった分、話は弾む。


 そして、その分、僕がかけている「呪い」にもかかりやすくなる。


「……あの」

「うん? 何?」

「──いえ、なんでもありません」

「いいよ。何でも聞くから、思ってることがあるなら言ってほしい」


 呪い──その定義は様々だが、その正体は魔法であることが多い。僕がかけている呪いは、人の理性を少しばかり抑える魔法だ。


 つまり、したいことをして、言いたいことを言うようになる魔法だ。とはいえ、さすがに理性を全部飛ばしてしまうと大変なことになるので、その辺りの調整は上手くやっている。


 だが、さすがと言うべきか。彼女はここまで、ため息以外、いつも通りだった。魔力が強い分、耐性があるのだろうか。


 そんなことを考えていると、マナは、それでは、と前置きをして、


「前から思っていたのですが、綺麗な目の色ですよね」

「……へ?」

「あ、いえ。瞳が綺麗だとは言っていませんよ。断じて。ただ、その黒色が綺麗だというだけで」

「あ、ああ、確かに黒だよねえ」


 ──いや、動揺しすぎだろ。なんだ、黒だよね、って。そんな風に言われたって返事に困るに決まって──、


「もう少し、近くで見てもいいですか?」

「ひぇっ!?」

「あ、嫌なら別にいいです」

「見て! もうめっちゃ見て! どれだけ見てもいいから!!」

「そうですか? では、失礼して──」


 ゆっくりと、マナは顔を近づけてくる。僕は緊張しながらも、この機を逃すまいと、その瞳をじっくり観察する。虹彩を覚えて認証に使えるくらいにはしっかり見ておく。


「──マナの目って、ほんとに綺麗だね」


 言い終えてから、しまった、と後悔した。こんなことを言っては、いつも通り怒られて、せっかくの機会を逃してしまうに決まっている。無意識だったとはいえ、迂闊だった。


 案の定、マナはすっと離れていってしまった。また罵倒されるのか、すると今日だけで何回目になるのか、などと思考を巡らせていると、マナは顔を反らし──何も言わなかった。


「マナ? せめて何か言ってほしいんだけど──」

「黙れください」

「黙れください!?」


 本音を言いやすくした副作用だろうか、いつもより口が悪い。いや、もしかして、照れているのだろうか。だとしたらすごく可愛いのだが。


 耳も赤いし、これは、半ば確定したようなものでは──、


「それよりも、あなたの妹さんのことですが──」


 マナの可愛さとは無関係に、心臓がドキッと跳ねる。そんな僕の様子はお構い無しに、マナは続ける。


「守ってあげないんですか?」

「……え」


 予想外のことを言われて、僕は再び動揺する。


「あの子の家族はあなたしかいないんですよ? 守るのは当然だと思いますが」

「あ、いや、ちがっ……ちょっと、落ち着かせて」


 僕は深呼吸をして、いったん、思考を落ち着かせる。それから、その真意を考えて、


「お墓の話だよね?」

「それ以外に何かありますか? この辺りには、あの子のお墓しかないと思いますが」

「だよね。──あれ、もしかして、マナ、お墓参りに行ってくれてたの?」

「だとしたらなんですか?」


 ──いや、落書きや嫌がらせの可能性は否定できない。前にそう言って、ある兵士がカラースプレーで、売女と書いていたのを知っている。


 その他にも、お供えだと嘯いてゴミを捨てたり、飲みかけのジュースを上からかけたりしていた。生き物の死骸が置かれていたりもした。


 城に臭いや害虫の被害が出ていれば話は別だが、こんな離れた場所に設置された墓が汚れたところで誰も困らないため、国王陛下もわざわざ注意してくれたりはしない。道徳的にどれほど問題があったとしても。


 とはいえ、それをさせているのは、一週間前からかけている僕の「呪い」であり、普段であれば、こんなことは決して起こらないのだが。


「道、間違えてないじゃん」

「……すみません。恩着せがましいかと思ったので」

「そういうことは言ってくれないとさ」

「今後は気をつけます。──それよりも、あのお墓の状態を知らないわけではありませんよね?」


 せっかく、上手く反らせたと思っていたのに、話が戻ってきた。都合が悪くなった僕はマナから視線を外し、地についた自分の手を見つめる。


「別に、マナには」

「関係あります。あの子は私の友だちです」

「──あかねは全然、そんな風に思ってなかったけどね」

「知ってますよ、そのくらい」


 いつもより、マナは素直だ。それは呪いが効いている証拠であり、それにより、僕は今まで知らなかった事実を知った。すでに三回、僕は動揺させられている。


「……いつから知ってたの?」

「出会ったときからです。あの子の目は、私を利用して権力を得ようとする者たちと同じでしたから」

「──ずっと、知ってたんだ。それなのに、よく仲良くできたよね。全部、上っ面だったってことでしょ?」

「そういう捉え方をされても仕方のないことです。不快にさせたのなら謝ります」

「……君のそういうところが、嫌いだよ」


 僕はそれだけ言い残して、あかね――正確には、朱里の墓へと向かった。

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