ワクワク、フィギュア作り!-4
道中、歩きながら、僕は強い後悔に苛まれていた。
僕が彼女を好きだと言うのは、嘘ではないが、純粋な本心でもない。マナが世界で一番、愛される王女であり、彼女と付き合うことができれば、それだけでステータスになる。そう思う気持ちも、ないわけではない。
ふと、墓に近づいたとき、気がつく。
宗教や倫理の問題で、この国に限らず、ほとんどの国が、墓の周辺で魔法を使ってはならないことになっている。そのため一応、墓の手前で確認をしたのだ。
「呪い、自分にもかけちゃってた……」
こういうことは、よくある。だから、先ほど、マナの前でも、つい、本音が漏れてしまったのだ。今さら気がついて魔法を解除しても、言ってしまった言葉はもう戻らない。
後悔を押し殺して、僕は魔法を解除して、進む。
「──あ」
墓にたどり着いて、すぐに気がついた。
そこには、汚れ一つ、ゴミ一つ、塵一つなく、ただ、綺麗に磨かれた墓だけが、静かにあった。
一週間前には考えられなかった光景だ。
そして、この周囲に、魔法の気配はなかった。
となれば、誰かが雑巾か何かで磨いて、掃除までしてくれたということに他ならない。
心当たりは、ある。あの黒い袋には、ゴミが入っていたのだろう。
「でも、なんでそこまで──」
いや、初めから分かっていた。彼女に損得なんて関係ない。ただ、友だちだからという理由で、自分を嫌っている相手にも、躊躇わず手を差し伸べられるのが彼女なのだ。
僕は、それを試そうとして、自分が試されていることに気がつかなかった。
「マナ──」
「呼びましたか?」
「うわあっ!?」
僕は再び、咄嗟にしゃがみ、頭を手で隠す。そして、恐る恐るその顔を見上げる。そこには、髪を下ろした、いつものマナの姿があった。ゴミは捨ててきたらしい。
「マナ、どうしてここに──?」
「お墓参りはまだでしたから」
そうして、マナは墓前でしゃがみ、静かに祈りを捧げる。この国の宗教は、主神が世界を作ったとするものであり、魂が主神の元へと還ることを願い、墓前で祈りを捧げる風習がある。
「もしかして、掃除してくれたの?」
「知りません。そもそも、あなた、誰でしたっけ?」
「めっちゃ怒ってる!? ──ごめん、マナ。でも、言ってくれないと分かんないじゃん」
「私のせいですか?」
「うん、マナのせいだよ。だってマナ、お墓参りは済ませたって言ってたし──」
「言ってません。だとしたらどうなのか、とは聞きましたが」
「……確かに」
思い返すと、マナはお墓参りをしたとは言っていなかった。
「でも、道間違えたって、嘘ついたじゃん。掃除してたことも隠してたし」
「恩着せがましいかと思ったので、と、先ほど謝りましたが。それに、私にだって、隠し事をする権利はあります」
「やめなよ、そういうの」
「なぜですか?」
「だって、損するだけじゃん」
そう言うと、マナの瞳の中心が、小さくなった。驚いたときに現れる反応だ。
「大丈夫です。敵相手に容赦はしませんから」
「それは、少しくらい、優しくしてあげても、いいんじゃないかな……」
「なぜ祖国に仇なす不敬の輩に慈悲を与える必要があるのでしょうか?」
「ソコクにアダナ、フケ……ジヒ? なんて?」
難しい言葉はよく分からない。そうしていると、マナはため息をついた。
「家にゴキブリが出たらどうしますか?」
「逃げる」
「失格です」
「何かに落ちた!? ……じゃなくて」
「──そもそも、私はあなたと違って優しいので、人に面と向かって嫌い、なんて言えません」
「そ、それは……。それは、ほんとにごめん……」
僕が項垂れていると、マナは手を差し出した。
「お手」
「いや、それさっき、レックスにも……」
「誠意を見せてください。それに、私の手に触れる大義名分──いえ、チャンスですよ」
「いや、それは、ちょっと……」
「なぜですか?」
「なぜって……マナはもっと、自分を大切にした方がいいよ」
「私が大切にしなくても、周りの方々が大切にしてくださるので」
そう言って、マナは手を引っ込めて笑う。──分かっていてやっていたのか。惜しいことをした。まあ、この笑顔を見られただけでも満足過ぎるくらいだ。
──今さらながら、この場にマナと二人きりなのだということを、意識してしまう。まあ、何かするつもりは少しもないし、しようと思っても実力差があるため、できないだろうが。
やっぱり、不健全だろうか。
「──マナは、あかねのこと、どう思ってる?」
「あの子は、皆さんに好かれようと、必死に努力していました」
「それは、誰でも同じじゃない? 皆、少しくらいは好かれようと思って何かしら意識したりしてるものでしょ」
「そうかもしれませんね。ですが、彼女のそれは人一倍でした」
「……八方美人ってこと?」
「そう捉える方が簡単かもしれません。──ですが、誰からも愛されるよう振る舞うことは、想像以上に大変なことです。それだけ、他人に気を使うということですから。私は、彼女はいつも、とても一生懸命で、努力家だったと、そう思っていますよ」
僕は震える唇に気がつき、歯を強く食い縛って、眉間に力を込める。
「──あんなに、酷いこと、たくさんされたのに?」
「私自身、命を脅かされました。それらをすべて、無かったことにはできません。そのため、恨む気持ちがまったくないかと言えば、嘘になります。──それでも、私は今、こうして生きています。それに、彼女と語り合い、共に笑い合った日々の、そのすべてが嘘だったとは思いませんよ。だから、彼女をどう思うかと問われれば、誰よりも努力家で、不器用で、笑顔が素敵な可愛らしい少女だったと、そう答えるしかありません。ただ──」
そこで一度、言葉を区切り、マナは続ける。
「もし、もう一度、会う機会があったとしたら、まず、殴ります。それから、罵倒の限りを尽くして。問い詰めて。……それで二度と、馬鹿なことはしないようにと、力ずくでも、止めてあげたかった」
僕は胸に込み上げる気持ちを押し殺して、それから、
「本当に、そう思ってる?」
「嘘だと、そう思っていただいても構いません。私の言うことは綺麗事ばかりだと、よく言われますから」
彼女が自身以外を不幸にする嘘をついたことは、ない。彼女は決して、他人を不幸にしようとはしない。
「──僕、他人に触られるのが無理だって、知ってるよね」
「私以外、ということでしたよね」
「うん。僕が倒れたのも、見たことあるよね」
マナはゆっくりと、頷いた。だから、僕は彼女に聞いてほしいと、そう思った。
「あかねのせいなんだ。──聞いてくれる? 全部、楽しい話じゃないけど」
「聞かせてください」
その迷いのない返事に僕は安心した。その笑顔に、背中を押された。その声が僕を待っていてくれるような気がした。
彼女にだけは、嫌われたくないなんて、そう思っている、馬鹿な自分に気がついた。
それでも、嫌われたとしたら、彼女のような存在は、僕には高望みしすぎたのだと、諦められる。
どっちに転んでも、いいことだけだ。だから、あかねの前で、今、マナに伝える。
「襲われたんだ。妹のあかねに。僕らがまだ、十歳の頃だった」
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