ワクワク、フィギュア作り!-5
元々、僕は人間という生き物が好きではなかった。そこにあかねの件まで加わって、僕はさらに、人間が受け入れられなくなった。
襲われたと言っても、殴られたとか、刺されたとか、そういうことではない。
「いや、刺されたことはあったかな。体の大きい強そうな人たちを差し向けられて、ボコボコにされたこともあったっけ」
困惑するマナに、自分の説明の下手さを呪う。きっと、マナには、はっきり言わないと伝わらない。できれば、直接的な表現は避けたいのだが。
「襲われたというのは、性被害、ということでしょうか?」
「そうだね。ほら、昔は僕、足が不自由だったから。少しだけなら動いたけど、それでも、ろくに動けなくて。急に車椅子から落とされたと思ったら、全身撫で回されて、服まで脱がされて、それから──ぅっ……」
マナの前で吐くなんて、恥でしかない。そうして、込み上げる胃酸を無理やり飲み込む。
「それで終わってればまだ良かったんだけどさ。──お金を稼がないといけなくて」
「お金を? 養育者の方は──」
「殺したんだ、あの子が。僕らがまだ、六歳の頃に」
あのときのことは、鮮明に思い出せる。
「保育園を卒業して、小学校に入る引き継ぎのタイミングで。──目が覚めたら、いつもみたいに朝御飯の匂いがしなくて。料理する物音もしなくて。寝ぼけたまま、部屋を出て、リビングに行ったら、あの子の姿だけがあって。床に蹲ってたから、どこか痛いのかなと思って、近づいていったんだ。そしたら──手があった。あの子は、お母さんの手を切り取って、食べてたんだ」
それから僕は、すぐに、両親の寝室まで駆けていった。すると、
「お父さん、不眠症だったみたいで、市販の睡眠薬を飲んでたんだよ。あの子、それを知ってたみたいで、寝てる間にたくさん飲ませたんだって。そのときには、もう二人とも、死んでるみたいだった」
振り返ると、あの子の姿があって、
『あかねも手伝ってよ──』
「早く冷凍庫に入れないと腐っちゃうから、って。あの子にとって、自分以外は全部、家畜と一緒なんだって、いつも食べてる豚や牛と、何も変わらないんだって、そう思った。僕はまだ小さいから生かされてるんだって。──それに、止めてやれなかった僕のせいでもあるから。だから、僕はあかねに逆らえなかった」
それから、僕たちは小さな体でなんとか、遺体を小さく切って、冷凍庫に入れた。入らなかった分はどうするのかと尋ねたら、
「食べて無くせばいいでしょ、って。だから──食べたんだ。あの子は器用に台所を使って、焼いて。それが、すごくいい匂いがして。味は覚えてないけど、食感がすごく嫌だったのと、次の日、全部戻したことは覚えてる」
それでも、すぐに助けが来てくれると、信じていた。職場の人が様子を見に来るとか、近所の人が通報するとか、保育園や学校の先生たちがなんとかしてくれると。
「誰も、来なかったんだ。……あの子は、僕にまず、洗濯をさせた。着てもいない両親の服を洗わされて、それを、必死にハンガーにかけて、外に干した」
「保育園も小学校も、お互い向こうが行ってるって思ってたのかな。どっちも来なかった。その上、お父さん、実は失業してたみたいで、職場の人も来なかった。頼れる親戚もいなかったんだ」
助けを求めに行きたかった。でも、一人で車椅子に乗って、外に出て、助けを呼ぶ、なんてことはできなかった。保育園への行き方もろくに分からなかった。
「あの子は僕と違って賢いから、近くにいる大人を、上手いこと利用したみたい。その人から、少しずつ、家のお金を引き出してもらって、支払いとかも全部任せてたんだって。子どもの僕らにできないことを、全部、やってもらってたんだけど、ある日、貯金が尽きた」
その人が警察に通報していればよかったのだろう。だが、その人はお金に困っていた。そこに漬け込み、また、切り落とした腕も利用して、上手く脅したらしい。
「それが、十歳のとき。そこからは稼がないといけないからって、身体を売る仕事をさせられた。あかねは相変わらず賢くて、上手いこと口先でかわしてたみたいだけど。──一回、足を踏み入れると、どんどん、そっちの方に進んで行くしかなくなって、気づいたときには、僕はどこぞの組織に入れられてた」
どうしても、その環境から逃げ出したくて、どうにかして走れるよう、毎日毎日、リハビリを続けて、やっと、車椅子なしで立てるようになった。
「でも、僕は役立たずで、基本的にサンドバッグになるか、新入りのしつけをする役割だったから、年中どこかしら折れてたよ。顔だけは、手を出さないでくれたけど」
それから、必死に足掻いて。死なないように。なんとか、その日をやり過ごして。
「逃げたかったけど、僕が逃げると、あの子が酷い目に合うって。──そう思ったら、そのときにはもう、逃げることなんて、できなくなってた」
やっと、走れるようになった。でも、その足で逃げることはできなかった。
「毎日毎日、吐き気を堪えて、女の子の相手をして。それが日常だったから、仕事と関係ないところでも、求められれば、お金をもらって、してた」
関わる人間は増えていく。だが、顔と名前は覚えておかなければならない。だから、
「粘土で、その女の子のフィギュアを作って、名前とか、色んな情報を書いて、毎日、必死に覚えてた。──認知してるだけで、僕には子どもが、三人いる。卸させた人数も入れたら、もっと。僕が知らないだろう子も入れたら、もっとたくさん。病気もこっちに来て直してもらうまでいくつも持ってた。あかねは、大丈夫だったみたいだけど」
押しつけられた子どももいた。だが、あかねに見つかるとすぐに、どこかへと送られていった。
「そのうちに、あの子がこう言ったんだ。──そろそろ、刺青入れたほうがいいんじゃない? って、すごく、軽い感じでさ」
無理やり連れて行かれて、無理やり刺青を入れられた。理由なんて知らないけど、ただただ、痛かった。
「その頃、一人、妊娠させちゃった子がいたんだけど、その子が組織のボスの妻だっていう話でさ。さすがにヤバいと思って、あの子を連れて、逃げたんだ。でも、足が遅いから、逃げ切れるわけがなくて」
──死ぬ。
そう直感した、そのとき。
「気がついたら、この世界にいたんだ。だから、マナは、召喚してくれた時点で、僕にとっての救世主なんだよ」
これが、僕の人生だ。
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