ワクワク、フィギュア作り!-6
「──どう思う?」
きっと、万人がこう思う。僕が可哀想で、あの子は酷いやつだ、と。
マナも、きっと、例に違わないだろうと、そう思っていた。
「無理しなくていいんですよ、あかりさん」
「無理しなきゃ、生きてられなかったからさ。あの子のせいで」
「──全部、自分のせいだ」
マナの声を聞いて、僕の心臓は、やかましく波打つ。
「自分が避妊していれば、自分の足が動いていれば、自分があの子を止められていれば。──そう、思っているんですね」
すべて分かっているかのような彼女の囁きに、言葉が、溢れてくる。
「僕は、あんなやつの双子で、同じ血が流れてて、同じ遺伝子があって、あいつが両親を殺したせいで、だから──」
「あの子を恨み続けなければならない」
心臓の鼓動が速い。吐き気がするほどに。
「なんで、分かるのさ」
「あなたは優しい人ですから」
──僕のせいで、あの子のせいだ。あの子が殺して、僕はそれを見ていた。
「自分を責める必要も、あの子を責める必要もないんですよ」
「……じゃあ僕は、誰を責めればいい? 誰のせいでこんなことになった? あの子のせいに決まってる。それに、僕のせいだ」
すると、マナは静かに答える。
「私があなたを召喚してしまったから、あなたはあのとき死ねなかった。すべてを楽に終わらせることができなかった。あの子はこの世界で再び過ちを犯して、命を落とした。──すべて、私の責任です」
「そんなの、身勝手すぎる!」
「それはこっちの台詞ですっ!!」
マナの本気の怒声に、涙声が混ざった気がして、僕ははっとして、顔を上げる。
その柔らかそうな頬を、涙が伝っていくのが見えた。
「あの子は両親を殺したから。法の下でも、道徳心に基づく思考であっても、どう考えてもあの子は悪い。どんな理由があろうとも、殺人は許されない。あまつさえ、両親を殺して、バラバラに保管して、食べた。そして、あなたに食べさせた。その他にも、数多の罪を犯してきた。それが一体、どれほどの罪で、どれほどあなたが苦しんだか、私には、分かりません。それでも、あなたは、彼女を心の底から憎んでいる。そして、亡くなった両親のために、決して忘れてはならないと、そう思っている。──それでもあなたは、本当は、すべて忘れて生きたいと、そう願っている。そんなの、身勝手すぎます」
まさに、その通りだ。あの子のことが、忘れられない。あの子が憎い。死んでもなお、死ねばいいのにと、そう思う。
そして、あの子と僕の罪を、忘れてはならない。あの子が犯した罪も、無力な僕が何もできなかったことも。
──でも、本当は、全部、忘れてしまいたい。
「全部、忘れて生き直しましょう」
「──そんなの、許されるわけがない」
「私が許します。私は、あなたたちを責めない」
「君が許してくれたって、僕らのしたことは、決して許されることじゃない。異世界に来たからって、してきたことがなくなるわけじゃない。僕の体には、親を食べてできた、血や肉や骨が、きっと今も、どこかで僕を呪ってる」
「あなたたち二人分の罪を、私も一緒に背負います」
「言うのは簡単さ。口先だけならなんとでも言える」
「──では、証明してみましょうか」
そう言って、マナはその場を去ると、スコップを持って戻ってきた。
「な、何する気?」
「──」
サクサクと、マナは土を掘っていく。この世界での主流は土葬。つまり、その地面には、あの子の死体が埋まっている。
マナは、まるで土の中が見えているかのように掘り進め、ついに、掘り起こした。
──腐敗が進んでいる。酷い臭いだ。
マナはその遺体を抱き抱え、地上に横たえる。
「マナ、何を──」
それから、マナはスコップを振りかぶった。勘づいた僕は、その手を掴んで止める。
「何やってるの!?」
「あなたは人を食べた。そして、複数の女性と関係を持った。だからまずは、前者の罪を背負おうとしているだけです」
「分かった! 分かったから! やめて!」
マナは遺体の腕を切り落とそうとするのを止め、再び、埋葬する。
「ちょっと、背負うにしても、他にやり方が……」
「あなたなら止めてくれると、そう、信じていましたから」
──心臓がやけにうるさい。このまま、破裂して死ぬんじゃないかと、そう思うほどに。
「これで一つ、あなたは罪を償うことができましたね」
「こんなので、いいの?」
「事が起こらなければ、こんなの、で済んでしまうほど、あなたの後悔なんて、ちっぽけなものです。例えるなら、投げたゴミがゴミ箱に入るかどうかの差です。私は百発百中ですが」
「例えがなんか嫌だな……」
「あとは、色んな女性と関係を持ったということですが」
「どうすればいい? 切り落とす?」
「どこをかは知りませんが、そんなことはしなくていいです。そうですね……その贖罪は、一途な愛によってのみ、達せられるということで」
「一途、ねえ──」
「あかりさん」
僕は、完全に油断していた。一途に誰かを愛するなんて、僕には一生できないだろうと、そんなことを考えて──、
「私と婚約してくれませんか?」
「………………ファッ!?」
「返事は、はい、か、いいえ、の、どちらかでお願いしたいのですが」
「え、なっ、う、おっ、ええええ!? 何、何かの罠!?」
「……あの、これでもかなり、緊張しているんですけど」
よく見ると、耳が赤い。真っ赤だ。つまり、よほど演技でもしていない限り、本気だということに他ならない。今まで百回もフラれ続けた身としては、なぜ、という言葉が頭に浮かぶ。
だが、まずは返事をしなくてはならない。
「……えっと、その、ごめん」
「──そうですか」
「違う、そうじゃなくて。約束は約束だから。それと、やっぱり、僕の方から言いたいからさ、だからその、待っててほしい」
「私と剣で戦い、一本取るまでは婚約しないと、そういうことですか」
「うん。絶対に勝つからさ。勝って、君を守れるって、自信を持てるようになったら、また告白させて」
「その頃には、私もお婆さんになっているかもしれませんね」
「いや、マナはお婆さんになっても可愛いと思うよ」
「口説く暇があったら、訓練してください」
「うん、めちゃくちゃ頑張る」
「──分かりました。あなたを待ちます。いつまでも」
それから僕は、お墓の方に向き直る。そこには、綺麗に磨かれたあの子のお墓があって。今さらながら、あの子はもういないのだと、気づかされる。
あれほどまでに、憎かった。それでも、楽しい記憶だってあったから。そのせいで、恨みきれなかった。
「マナは、あの子をどう思ってる?」
「正直、羨ましいです。あなたにここまで大切にされて」
「──そんな風に思ってたの?」
「はい。ずっと」
「いつから?」
「さあ? 教えてあげません」
「え、何それ、めっちゃ可愛いんだけど」
「べー」
マナは下瞼を指で下げて、舌を出す。
そんな、天使みたいな姿を見ていたら、自然と涙が浮かんできた。
「……ど、どうしたんですか?」
そうして慌てる姿も愛おしい。彼女を困らせないようにとは思うが、それでも、涙が溢れて止まらない。
「マナ」
「はい」
「……ありがとう」
「何がですか?」
「ありがとう。あの子を悪く言わないでくれて。ありがとう……」
寝顔を見る度、何度も殺してやろうと思った。町中で似ている影を見つける度、過呼吸になって、立っていられなくなった。恨みや憎しみこそあったが、彼女に対する愛なんて、一滴もないと、そう思っていた。
──それが、いざ、あの子が死んで、悪く言われて、誰にも愛されていなかったのだと気がついた途端、まるで自分のことのように、胸が痛んだ。よりいっそう、あの子のことが嫌いになった。
自分の口から、あの子を貶める言葉が出る度、──やっと、言えるんだ、と、そう思った。それと同時に、言葉が自分の思考を伝えてきて、僕はそんなことを思っていたのかと、自分のことが、よりいっそう嫌いになった。
──この世界に来てからだ。この世界に来たせいで、僕は彼女を恨みきれなくなった。
楽しい日々があったせいだ。笑い合ったときがあったせいだ。幸せだと感じる瞬間が、ほんの一瞬でもあったせいだ。
それらが全部、嘘だったとしても。
あんなことをされたのに、僕は、あの子を愛していた。──僕は、どうにかなってしまったみたいだ。僕が一番、あの子を恨んでいないといけないのに。
「あなたの妹さんを、私が悪く言うはずありません」
「……僕は、あいつが嫌いだ。復讐だってしてやりたい。もっと、残酷な方法で、僕の手で、殺してやりたい。僕のやられたことを、全部、やり返して、僕と同じ人生を歩ませてやりたい。──でも、あの子はもう、ここにはいない。それなら、僕は、どうしたらいい? この汚い感情を、どこにぶつけよう?」
「その分、私を愛させてあげます。あなたが一滴の愛に苦しんでいるのなら、溢れるくらいの愛を、私はあなたに与えましょう。そして、いつか必ず、あなたを幸せにしてみせます。恨んでいる暇なんてないくらいに、私のことだけ考えていられるように、私に溺れさせてあげますよ」
「──君、凄いこと言うね。恥ずかしくないの?」
「死にたいんですか? 今の泣き面を世間に晒してもいいんですよ?」
茶化して誤魔化そうとした涙を指摘されて、我慢が利かなくなる。拭っても拭っても、溢れてくる。
「マナ、大好き……っ。うわあぁぁぁん……!」
「──」
マナが慣れない手つきで、僕の頭を優しく撫でる。
このとき、初めて、本気で、マナが好きだと、そう思った。
***
「話そうかなって思ったけど、やっぱりやーめた」
「なぜですか?」
「話した後、僕、マナの前で大泣きしちゃって、泣きすぎて、吐いちゃって。もう、ほんと恥ずかしくて、死ぬかと思ったから」
「確かに、倒れたばかりで、今度は泣いて吐いたとなっては、立つ瀬がありませんね」
「そう。だから、そろそろ膝枕は終わりかな」
そう言って、その場を離れようとすると、自分の体が動かないことに気がつく。
「あ、あれ? ごめん、マナ、なんか、動けないんだけど」
「それでは、次は、これについて説明してもらいましょうか」
そこにあったのは、先ほどの、マナフィギュアとマナブロマイドだった。
「……え、何の話? どっちもギルデのものだと思うけど」
「あの人は堂々たる変態ですから、隠し事はしません」
確かに一理ある。そんな風に思うせいで、上手い言い訳が思いつかない。
「マナはそれでいいの?」
「今はあなたの話をしているんです。これは、あなたのものだそうですね?」
「え、あ、いや──」
「そうですね?」
「……はい、すみません」
マナはため息をつくと、それからしばらく黙り込んだ。沈黙に耐えきれなくなって僕は、勝手に弁明を始める。
「いやあ、やっぱり、生が一番いいんだけどさ。二頭身とか、小さい頃の写真とかも、やっぱり可愛いじゃん? そういうのも全部含めてマナって存在を愛してるってことだよ」
「……」
「あーあ。でも、昔のマナとか、直接見たかったなあ。僕がこっちに来たときはもう、マナ十四歳だったからなあ。てか、二頭身のマナ可愛くない? 結構自信作なんだけど」
「……」
返事がない。目を覆われているため、顔色を窺うこともできない。
「な、何がお望みでしょうか……」
「まなさんのフィギュアを作ってください」
「……へ? あ、何、怒ってるわけじゃないてててて」
「調子に乗らないでください」
空いている方の手で耳を引っ張って離すと、マナはこう続ける。
「まなさんのフィギュアを製作してくださるのであれば、今回は見逃してあげます」
「いや、別に、マナのグッズなんだから、そんな怒らなくても──」
「チュルヌンディグス」
「……あいつ、マナ相手だと何でも話しやがって」
「それで、どうされるんですか?」
「いいよ。粘土余ってるから、作っておくね」
「では、交渉成立ということで。契約書にサインしてください」
そうして、目隠しが外されて、目の前に出されたのは、魔法契約書という、宙に光の文字が浮かぶ契約書だった。契約を破ればペナルティが課せられる。
「ガチのやつじゃん……」
「一週間に一体作成、それが条件です」
「でも、まなちゃん、そんなに服持ってなくない?」
「それもフィギュアだからこその楽しみの一つです」
「──てか、マナ、僕より手先器用だよね?」
「人に作ってもらうからこそのワクワク感がいいんじゃないですか」
「それは分かる」
そうして、動くようになった手でサインをして、僕は今度こそ、起き上がろうとする。──その前に、絶景を拝んでおく。
「目、潰しますよ」
「我が人生、一片の悔いなし」
「馬鹿ですね」
そのとき、扉がノックされて、僕はマナの膝から床に落とされる。
「まなさん! どうされたんですか?」
「あたしのフィギュアなんて作ったら、あかり、分かってるわよね?」
「全部聞こえてたっ!」
ギルデに念話したが、無視された。薄情なやつめ……。
「ってことでアイちゃん、契約は破棄ってことで──」
「破棄するなら、あなたの眼球をください」
「あかり。もし作ったら、全身が腐り落ちる毒、部屋中に塗るわよ」
「どっちもどっちだ! ここは、第三の選択肢、逃げる!」
そうして逃げた先で、魔王カムザゲスに、監視はどうしたのかと、こっぴどく叱られた。
その数日後、両目が同時にものもらいになった。
***
~あとがき~
タイトル詐欺? 気のせい気のせい。
こちらは、2話と3話の間の話になります。王都でのわちゃわちゃが終わり、砂が溶ける前の出来事です。
なぜこの話が番外編なのかと言えば、それは番外編だからです。
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