ポンポンサイダー会議-4

「それで、ギルデは、なんで修羅場になると、分かっていて、持ってきたんだ?」

「ああ、部屋にある本の中で、マナ様の並々ならぬこだわりを感じるものを厳選して持ってきたんだ。ちなみに、僕の部屋には参考書とマナ様の本しかないからな。そしてこちらは、マナ様が執筆されたハウトゥー本だ」

「はうつー? 何それ?」

「あかりには一生関係ない本だな」

「いちいち引っ掛かる言い方するなあ……。ま、僕、文字そんなに読めないしね。本読んでると頭痛くなるし」

「……お前、それでよく、ノアに入れたな。ちなみに表紙は読めるか?」

「ちょっと待って、時間かければ読めると思う。えーっと」


 あかりは目を細めて、じっと、表紙とにらめっこをする。それから、しばらくして、


「──四つ葉探し。日々の幸せに気づくだけで、人生はこんなにも変わる──だ。……いや、これ、いくつのときに書いたの?」

「十四のときですね。全部自分で書いたのは、これ一冊です。他は、私を宣伝に使っている側面が大きいですね」

「え、十四の子どものアドバイスとか、需要あるの?」


 あかりの言うことは正しく、こういうところは頭が回るのだと再認識させられる。だが、ことこの世界においては、そんな常識は通用しない。女王が宣伝に使われるような世界なのだ。


「天下のマナ様だぞ。マナ様の名前を出すだけで発売初日に軽く、百万部以上の売り上げが出る。特にこの本は、頭から尻尾まで全部、マナ様が書かれたとあって、途中から、一人一冊までと規制が入ったほどだ」

「いや、同じ本そんなに買って、何が嬉しいの?」

「ふふっ」


 つい、笑ってしまった。そんなことを言うのは、あかりだけだ。遺伝子レベルで私は崇拝されるようにできているが、やはり、異世界人だからだろうか。それとも、彼だからだろうか。そんな私を横目に、ギルデルドは続ける。


「それから、もう一冊」

「これは?」

「私が趣味で出版した、暇潰しの方法についての本ですね。中高生をターゲットに書いたものです」

「これはいつ書いたの? 最近?」

「三歳のときに」

「三歳!? え、めっちゃ字書けるじゃん!?」

「そこ、なのか……?」


 まあ、暇潰しなんて、三歳くらいの方が上手だったりする。ちなみに、本に載る絵は自分で書かせてもらえたが、三歳にしては文章が綺麗すぎると言う話になり、子どもらしい文体に編集された記憶がある。


 私の信条は、常に全力、なので、子どもぶったりはしてやらず、理不尽な理由で編集が入ると言われて、一気にやる気を失ったのを覚えている。


「それで、三冊だけ?」

「ああ。まなさんの趣味はよく分からないから、ひとまず、広く通用しそうなものを持ってきた」

「そうなんだ。……それで、君は?」

「ん、俺か? 俺は、キラキラしてる本と、風景の写真集と、変な形の本と、飛び出る絵本と──」

「待って。これ、聞いていいのか分かんないけど、君って、目が見えないんだよね?」

「ん? ──ああ、そうだな。でも、いつか、目が見えるようになったとき、世界が、楽しいものに包まれてた方が、いいだろ?」


 あかりが、わずかに目を輝かせた。今にでも、弟子入りしそうな勢いだ。ハイガルの言葉に、何か、感じるものがあるのかもしれない。私は特に何も感じないが。


「それから、これだな」


 差し出された本には文字がなかった。ただ、表面にぽつぽつと、いくつかの凹凸が見受けられる。


「あ、これって、点字で書いてある本?」

「そうだ。点字なんて、普通は、読めないだろ? だから、気になるんじゃないかと思ってな」

「確かに、まなさんなら、一文字一文字調べながら解読しそうですね」

「あー、それなら時間かかりそうだねえ」

「だろ?」

「ちなみに、タイトルは?」

「秘密だ。読みたいなら貸してやるぞ?」


 ハイガルのどや顔を私は、殴りたくなった。だが、男二人が褒め称えていたので、水を差す真似はしなかった。


 当然、私は点字くらい手を使わなくても読めるので、目視でタイトルを読んでいき──これは。


 タイトルですら、とてもじゃないが、口に出せない。それに、なぜ中身を知っているのかという話にもなりかねないし、知らないフリをするしかない。


「さすがだな、ハイガル。何か買ってきてやろう」

「お、じゃあ、僕も一緒に行こうかな。お土産、楽しみにしててねえ」

「おう」


 ギルデルドとあかりが二人で飛び出して行った静かな部屋で、私はハイガルの顔をまじまじと見つめる。その視線を感じ取ったらしく、ハイガルが口を開く。


「目が見えないのは、不便だが、こういうときには、役に立つな。ゴールスファ?」

「なんのことやら、さっぱり分かりませんね」

「読んだこと、あるんだろ?」


 否定も肯定もしない。


「それ、本当に、まなさんに読ませるんですか?」

「内容を理解したとき、クレイアが、どんな顔をするか、気にならないか?」

「あるいは、それだけで涙を流すかもしれませんね。──ですが、あなた、なかなかの鬼畜ですね」

「そうは言っても、俺はクレイアの顔を見てやれないからな。代わりに撮っておいてくれ。それくらいは、いいだろ?」

「もちろん構いませんが……。あなた、まなさんを一体、なんだと思っているんですか?」

「なんて言ったら、満足する?」

「本心を」

「それなら、やっぱり、よく分からんというのが正しいだろうな。強いて言うなら、一緒にいる分には気楽だ」

「気楽、ですか」

「後は、なんとなく、前にも話したことがあるような、気がする、くらいか」

「──不思議なことを仰いますね」

「不思議なやつだとは、よく、言われああっ!!」


 急に叫んだので、私は驚いて声の方を見る。すると、開け放たれた冷蔵庫に、一面、ポンポンサイダーのペットボトルが敷き詰められており、そのどれもが空になっているのが分かった。


「いつ飲んだんだあいつら……絶対に、許さん……!」

「どれだけ蓄えているんですか……」


 コップに残った一口を飲み干した。


 ──その後、ル爺のいるロビーでまなを待ち続けたが、一向に帰ってくる気配はなく、オールすると言っていたあかりとギルデルドは、早々に寝落ちした。


 夜型のハイガルと、夜更かしに慣れている私は、お互い、特に話題を見つける努力もせず、沈黙のまま、二人で帰りを待ち続けた。ル爺も待ってくれていた。


 ──そうして、時計を見続けていると、もうすぐ、日付が変わろうとしていた。


「さすがに遅すぎませんか」

「──捜しに行くか」

「本当に、心当たりはないんですか?」

「……いや、一つだけ」

「それは?」

「あの人だ」


 鋭いハイガルの視線の先にはル爺がいた。目が細く、寝ているのかどうかも分からない。だが、まながどこに行ったのか聞かされている可能性は、十分にある。


「ル爺さん。まなさんがどこに行ったか、分かりますか?」

「だじょおぶちゃあ、あしゃあーにゃかえっつけー」

「明日には帰ってくるその確証はどこにある?」


 ハイガルは半ば、喧嘩を売るような口調で、ル爺にそう問いかける。確か、親子のような関係だったはずだが、仲は悪そうだ。


「そっとしちーば」

「そっとしてやれ、ということは、何かあったんですか?」

「それよりも、なぜあんたが、クレイアの行き先を知っているんだ?」

「おまっとまかけずー」

「関係ないじゃないだろ。みんな、クレイアを待ってるんだぞ」

「まちょるじゃけだあねいか。あげえ監視もろくにできゃあやつば、まかしられねっず」

「……榎下を悪く言うな」

「ばるがぁいっちょらん、じいつなん」

「そんなの屁理屈だろ」

「二人とも、深呼吸です。さんはい、吸って、吐いて──」


 ひとまず、二人の言葉を止めることに成功する。それから、私はル爺へと向き直る。


「まなさんは、私たちが何もしなくても無事に帰って来るんですね?」

「いえそー」

「むしろ、探しに行く方が、まなさんにとってはご迷惑になるかもしれないんですね?」

「いえそ、そんとーりっぴ」

「では、探すのはやめておきます」

「いいのか? この人の言葉を信じて」

「大丈夫です。万が一にも、まなさんに何かあるということはないでしょう」

「いえそいえそ」

「──クレイアに何かあったら、許さんからな」

「ながあおこっちゃあとちい、遅おけんちば」

「なんだと?」

「ハイガルさん。ひとまずここで解散して、部屋に戻りましょう」

「……ああ、そうだな」


 私は寝ている二人を担ぎ上げて、それぞれの部屋に放り込んでから、自室に戻った。

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