ポンポンサイダー会議-3

 二人にも事情を説明し、協力を扇ぐと、二つ返事で了承してくれた。


「いだだだだっ!」

「あででででっ!」

「うおおおおっ!」

「えげげげげっ!」


 そして今、あかりとギルデルドは、二人して身をよじらせていた。それもそのはず、現在、足つぼマッサージを執行中だからだ。誰にでも痛いところはあるもので、恨みを込めて押している節もあって、二人はすでに、涙を流しまくっている。


「どうですか、ハイガルさん」

「ああ、いい感じに泣いている。だが、女子にやらせるには、刺激が強すぎないか?」

「そうですね。まあ、健康のためと言えば、聞き入れてくれそうではありますが、保留にしましょうか」

「ああ。俺が思ってた感じと、違うからな」

「いててててっ! マナ様、恨みを込めてはいませんか!?」

「アターッ……。これは、確信犯だよ。絶対に」

「では、そろそろ本番に移りましょうか」

「まだ続くのですか……!?」

「いやいや、ギルデ。これはマナの手に触れられるまたとない機会いいいいい!?!?」

「はっ、まさにその通りだああああああ!?!?」


 最後に一回ずつ、魔法で力を増幅させてツボを押し、今度は別の場所へと移る。次は真面目にやっていくのだが、交互にやると手間がかかるので、うつ伏せにさせて、手は触れずに魔法で解していく。二人には見えていない。


「あー、気持ちいい……」

「いいねえ……やっぱり凝ってる?」

「そうですね。あかりさんはバッキバキです」

「僕はどうですか?」

「ギルデルドは、あれだけ剣を振っていたにも関わらず、重心がずれていますね。最近、変な姿勢で長時間、パソコンを見たりしていませんか?」

「うぐっ、そんなことまで分かるのですか……」

「バッキバキって、やっぱりストレスかなあ……」


 こちらも、涙を流すことには成功した。


 その後、魔法でやられていたと気づいたときの落ち込みようが尋常ではなかったが、二人にも意見を求め、交流しながら少しずつテンションを取り戻させ、色々と実験をする。


「では、最後は欠伸ですね」

「欠伸なんて、個人差があるんじゃないか?」

「どうしてそうまで欠伸に対して懐疑的なんですか……? まあいいです。問題は、夜更かしさせる方法ですね」

「夜更かしかー。我慢大会とか開く? 誰が最後まで起きていられるか、的な」

「お前、絶対最初に寝るだろう。……そうですね、彼女のことはよく存じませんが、どこかへ遊びに連れ出してはいかがでしょうか?」

「まなさんが我慢大会に参加するとも、夜遅くまで遊びに耽るとも思えませんね。かくいう私も、夜遅くまでお話をする、ということくらいしか思いつかないんですが」

「何か、趣味に没頭させれば、いいんじゃないか?」


 それは、直接的な表現を嫌った、ハイガルからの精一杯の意見だと受け取る。何か案がありつつも、自身の口から彼女の名前を出したり、彼女と関わりがあることを伏せたいという思惑が透けて見える。


「まなちゃんの趣味って、何? 勉強?」

「規則正しい生活をされていますから、勉強に没頭して夜更かし、ということはまずないかと。あり得るとすれば、読書、ですかね」


 ちらと、ハイガルを見ると、マホガニー色の瞳が輝いていた。どうやら、正解だったらしい。確かに、本なら勉強よりも没頭しやすいかもしれない。


「本かあ。でも、まなちゃんが興味ある本って、難しすぎてワケ分かんないんだけど」

「彼女が精通している分野は何ですか?」

「魔法学全般です。ただ、並大抵の本では彼女の知識に敵わないかと」

「それなら、下手におすすめしない方が、いいんじゃ、ないか?」

「はい。私も同意見です」


 何を読んでいるかは逐一チェックしている上、時々、意見を交換することもあるため、まなの興味の傾向はだいたい知っている。


 ただ、まなは興味のある本は、ほぼすべて読んでいる。また、私は彼女自身ではないため、当然、彼女の興味が完璧に把握できているわけではない。適当な本を見繕ったからといって、没頭までするかどうかは確証が持てない。


「ではどうしますか?」

「これといって、なかなかいい考えが思い浮かびませんね」

「難しいな」

「僕、思うんだけど、まなちゃんって、意外と漫画とか好きそうじゃない?」

「なるほど、興味と無関係の分野の本を何冊か置いておくわけですね」


 漫画、小説、経済誌、雑誌、旅行、果ては画集など、様々な分野を取り揃えて、新たな趣味を見出だそうというわけだ。元々、本好きなのは変わらないので、何か新しい趣味が見つかる可能性は大いにある。下手に学問関係の本を置いておくよりも、いいかもしれない。


「いや、そこまで深く考えてなかったんだけど……ま、そういうことにしておく。よし、じゃあ、各自、部屋にある本を持って集合ってことで、一旦解散!」


 なぜか、あかりの号令で、私たちは各々の部屋へと戻ることになった。


***


 私とあかりは二階の部屋なので、一緒に上がっていく。私が先に上がるよう指示されるのはいつものことだが、背後の気配が明らかに不機嫌そうだ。


「あかりさんは、まなさんを監視しているんですよね?」


 すると、しばらく間があって、


「あっ、完全に見失ってる……! うわあ、怒られるかな、これ」

「……今日のことは存じませんが、私がしているのは、常日頃の話です」

「ん? ああ、そうだね。基本的には、規則正しく動くまなちゃんをひたすら追ってる感じかな。なんか、機械を監視してるみたい」

「では、ハイガルさんとまなさんとの間に、どの程度の面識がありますか?」

「ああ、仲いいよね、あの二人」

「そうではなく……」


 とっくに扉の前に到着したあかりが、少し考える素振りを見せて、鳴らない指を鳴らせなかった。


「なるほどね、マナは、まなちゃんに寄りつく虫を警戒してるんだ」

「そうです。それで、先ほどもその話をしていました」

「ああ、なるほどねえ」


 正直に説明したところで、機嫌が直るわけでもない。面倒なやつだ。


「いつまでも彼氏面するのはやめていただけますか? 誰のお部屋にお邪魔して、何を話そうと私の勝手です」

「それは、そうだけど」

「あなたが婚約してくれるというのなら、話は別ですが」

「それは、ちょっと」

「では、これ以上不機嫌そうにするのはやめていただけますか?」

「はいはい、分かったよ」


 そうして、私が自分の部屋に入ると、そのすぐ後に、あかりが一冊の本を片手に部屋に入ってきた。特に気にすることもなく、私は本を何冊か見繕う。


「それで、まなちゃんとウーベルデンくんの話だけど」

「はい」

「まなちゃんはね、もう、隣にいるだけで幸せー! 的な感じで、最近ほんと見てて腹立つ。爆発しろって感じ」

「同感ですね。それで、ハイガルさんの方は?」

「これは僕の勘だけど、彼は多分、歳上好きだね」

「脈なしですか」


 安堵と落胆がない交ぜになったような、複雑な心境だ。


「いーや。そんなこともない。これも僕の勘だけど、どっちかって言うと、彼、歳上に好きな人がいるんじゃないかなあ」

「二股ですか。……いえ、あなたに比べればマシですね」

「僕と比べたらさすがにそうなるだろうけど、二股ではないと思うんだよね。ともかく、ちょっっっとだけ揺れてるかなあ? って感じ。多分、その歳上の相手、恋人がいるか、もう結婚してるんじゃないかなあ」

「不倫ですか。……ちなみに、あかりさん、不倫相手になったご経験はおありですか?」

「え、そこ聞くの? いや、その話は今度にしようよ」

「あるんですね」

「ないって言っても、信じてもらえなさそー」


 そうして、本を五冊程度手にとり、満足した私は、あかりの手元に視線を落とす。そこには、一冊の教科書が握られていた。


「……教科書しか本を持っていないんですか」

「マナからもらったのはあるけど、さすがに貸すのはちょっと」

「まあいいです。行きましょうか」


 そうして階段を降り、再びハイガルの部屋へと戻る。ハイガルの手元には、風変わりな装丁のものから写真集まで、様々な本が取り揃えられていた。


「ゴールスファは何にしたんだ?」

「私が所有する漫画の第一巻で、比較的気になる終わり方をするものを集めてきました」

「マナってわりと、漫画好きだよね」

「なるほど。気になって眠れないというわけか」

「そうなります」

「……えっと、何を持ってきたんだ?」

「え、僕? これ。社会の教科書」


 あかりの言葉にハイガルが思わず吹き出す。一瞬で状況をすべて理解したのだろう。


「てか、ギルデは? 遅くない?」

「ギルデは、ろくな本を、持ってこない、だろうな」

「何を持ってきますかね」


 そうして待つこと数分。ギルデルドはハイガルの部屋へと踏み入るやいなや、机の上に一冊の本を置いた。それを見たあかりが、無の表情を浮かべる。


「マナ、こんな写真いつ撮ってたの?」


 一目瞭然だが、グラビア写真集だ。しかも、私一人の。わりと記憶に新しい。


「どうしても撮ってくれと頼まれまして」

「誰から?」

「お兄様が他国の王から頼まれて、断りきれなかったそうです」

「へえ。マナは頼まれたらこういうことも平気でやるんだあ、ふうん」

「うっざ……」

「うっ……!? いやだって、こんなの聞いてな──」

「あなたに外交の何が分かるんですか? ルスファは確かに大国ですが、だからといって、他国を蔑ろにしていいということにはなりません。それに、学生生活を満喫するために、本来、王位を継ぐはずではなかったお兄様に国政を一任している以上、断れる立場にないということがお分かりですか?」

「そんなの、マナのお兄さんが悪いじゃん」

「馬鹿なんですか? 悪いのは、こんな、わけの分からない条件を提示してくる他国の方です」

「それでも他にやり方ってもんがさ──」

「マナ様は世界の宝でいらっしゃるんだぞ。本来、お前が独り占めできるような存在ではない」

「いや、僕、今、マナと話してるんだけど」


 嫌な空気だ。あかりと喧嘩なんて、もはや慣れたものだが、ギルデルドがこの場にいることで拗れる気がする。


 もっとも、この件に関しては、断りようなどいくらでもあった。それでも受けたのは、私自身、少し興味があった側面もあるからなのだが、この場では伏せておく。


「だいたい、ギルデはなんでこんなの持ってきたのさ?」

「マナ様の写真集だぞ? 没頭しないやつなんてこの世にいないだろう」

「うわ、最低」

「じゃあお前はこの先、一生見ないと誓うのか?」

「見るわけないじゃん。表紙見てるだけで吐きそうだし」

「マナ様を見て吐きそうとはなんだ!」

「別にマナが気持ち悪いとは言ってないじゃん。こういうのが生理的に無理ってだけで」


 とはいえ、あかりがこういったものを極度に嫌うことは、前々から知っていた。却って健全ではないくらいだが、そもそも、彼は人嫌いな上に、男女関係のトラウマがある。


 その過去を知っていれば多少は同情の余地が生まれるものだが、その過去というのも、思い出すと気が滅入るような重いものだ。だから、あかりには伏せていたのだ。


「あのー」


 空気を読まない、マイペースな声がそこに乱入する。それで一度、場が静まり返る。


「何の話をしてるんだ? 見えないから、何も分からないんだが……」


 本人からの申告を受けてやっと気がつくとは、私もまだまだ、気遣いが足りない。


 とはいえ、これをどう表現したものかと考える。そもそも、ハイガルは盲目だし、その上、人ではなく鳥だし、と、下手に考え出すとよく分からなくなってくる。


「ギルデがマナのグラビア写真集持ってきて修羅場ってるんだよ」

「グラビア……?」


 端的に伝えたあかりに、ハイガルが首を傾げる。まさか、知らない──、


「おい、ハイガル。一人だけ純粋なフリをしようとするな」

「なんのことやら。俺は、目が、見えないんだぞ?」

「知らないはずがないだろう。僕が教え込んでいるのだからな」

「いや、ギルデのせいじゃん」

「せいとはなんだ、おかげだろう?」


 それをこの場で堂々と言えてしまうギルデルドに、呆れを通り越して、もはや感心する。


「だが、なぜそれで、修羅場に、なるんだ?」

「……お前、それ、本気で言っているのか?」

「うん」


 本気で首を傾げるハイガルに、二人は先ほどまでの勢いを失い、揃ってため息をつく。


「ゴールスファの、可愛い写真が、たくさん見れるんだろ? 普通は嬉しいんじゃ、ないか?」

「可愛い……いや、うん、そこは嬉しいんだけどね?」

「嬉しいんじゃないか、お前も」

「ま、マナだからねえ」


 なんとなく、雰囲気が和やかになったのを感じる。この二人を落ち着けるなんて、ハイガル、侮れないやつだ。

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