ポンポンサイダー会議-2
仕切り直しと、ポンポンサイダーを一口飲む。味覚はないが、香りが強いので、意外と美味しい。とはいえ、舌の感覚は完全に失われているので、炭酸のパチパチ感もあまり感じない。刺激である辛味も同様に感じない。
「旨いか?」
「サイダーの味がします」
「ははは」
皮肉のつもりだったのだが、笑って流されたことで、少し苛立つ。相手の余裕と、自分の切迫した状態を天秤にかけて、向こうの方が上だと、勝手に思わされて、劣等感を感じているからだろう。
「そう、怖い顔を、しないでくれ。上手く、言葉が、出てこなくなる」
「雀ですか」
「いや、フクロウだが」
「上げ足を取らないでください」
「すまん。そんなつもりは、なかったんだが……」
素直に謝られると、それはそれで、対応に困る。なんだか、虐めているみたいになって、気分が悪い。
「もしかして、虐められていると思っていますか?」
「いや、全然。むしろ、面白いと、思っている」
「はぁ? わけが分かりません」
「クレイアは、愛されてるんだなと」
「……変な人」
「いや、鳥だ。さっきのも上げ足を取ったわけじゃなく、そこだけはしっかりさせておきたい──」
「もういいです」
ポンポンサイダーを喉に流し込み、気持ちを再度、リセットする。
「本題ですが」
「なんだ?」
「まず、あなたに聞きたいんですが、まなさんが泣いているところを見たことはありますか?」
「ないな」
「本当に、あの子は、まったく……」
そうして、なんと話そうかと考えていると、ハイガルが、ぽん、と、納得したように手を打つ。
「──ああ、クレイアの母親が亡くなったことを、気にかけているんだな」
「変なところだけ察しがいいんですね」
「そうか? ありがとう」
「誉めてませんけど」
「ははは」
つまり、彼女は人前で涙を流さないのだ。葬式にまで着いていったハイガルが泣いていないと言っているのだから、一人のときにすら涙を流したかどうか不明だ。
「まなさんに、悲しいときは泣いてもいいのだと、伝えてあげたいんです。でも、どうやって伝えても泣いてくれなくて」
「なるほどな。──そもそも、クレイアは、どこへ出かけたんだ?」
「さあ……。あかりさんが分身に追跡させているみたいですが、私には分かりません」
「揃いも揃って過保護だな」
投げやりに放たれたその言葉に、再び怒りが込み上げてくる。
「あかりさんは魔王から命令を受けているんです。そのくらい、あなたなら知っているのでは?」
「それは事実だが、俺はゴールスファが知っていることの方が、驚きなんだが」
「あかりさんのことなら、たいていは知っています」
「そうか」
興味なさげな反応に、少しだけ安堵して、話を戻す。
「別に、無理に泣かせなくても、いいんじゃないか?」
「ダメです。それだけは、絶対に」
「なんでだ?」
そうハイガルに尋ねられたときのために、用意しておいた答えを返す。
「あのまま放っておいたら、いずれまなさんの心は壊れてしまうからです」
「まあ、確かに、クレイアのメンタルは最弱だからな」
「……分かっているような言い方をするんですね」
「そうか? 誰にでも分かると思うが」
よく見ているなと、素直に感心したいところではあるが、それでも、悔しく思う気持ちの方が大きい。
だいたいの人は、まなを見れば、精神が強そうだと思うことだろう。実際は、考えられないくらいに弱い。弱すぎる。薄氷くらいの脆さだ。常にギリギリなのに、人のことばかり考えているから、なおさら。
「とにかく! 一滴でも、流すのと流さないのとでは全然違うと思うんです」
「じゃあ……思いっきり頬を引っ張ればいいんじゃないか?」
「まなさんが可哀想です!」
「じゃあ……くすぐるとか?」
「終わった後にまなさんに怒られますよ」
「確かに。じゃあー……思いっきり脅かすとか?」
「可哀想な上に怒られますよ、それ」
「ああ、そうだな」
ぼーっとした顔をしているハイガルに、頼る相手を間違えたかと、ため息をつきそうになり、抑える。私の我が儘につきあってもらっているのだから、そういう態度はよくない。どれだけ彼のことが苦手だとしても。
「じゃあ、感動させるとかか? 映画とかドラマとかで──」
「まなさんが作品世界の感動で泣くわけがないでしょう……」
「あー、確かに。じゃあもう、目薬でも差せばいいんじゃないか?」
「それも考えましたが、さすがに、違うのではないかと」
「確かに。うーむ、意外と難しいな」
「他にも、ワサビを食べさせるとか、目にゴミを入れるとか、口に手を突っ込んで吐き出させるとか、玉ねぎとか、色々考えたんですよ」
「お、おう……」
私の挙げた方法が気に入らないのか、ハイガルは顔を引きつらせる。
「それでも思いつかないから、こうして頼っているんです!」
「なるほど」
「……何か他に語彙はないんですか!?」
「一体、俺は、今、何で怒られたんだ?」
「あなたが、──なるほど、とか、──確かに、とか、──そうだな、とかしか言わないからです!」
つい、ハイガルの声真似をして言うと、ハイガルが驚いた顔をした後で、手をパチパチと鳴らす。
「おお、そっくりだな。俺の耳はいいから、信じていいぞ」
「あなたの耳がどうかなんて知りませんよ……」
「いや、本当だ。目が見えない分、他の感覚が優れていてだな──」
「別に疑ってません。……あなたと話していると、とても疲れます」
「そうか。大変だな」
「他人事のように言わないでいただけますかっ」
「コミュニケーションは、双方向のやり取りが、基本だろ? 俺だけのせいじゃ、ない」
開き直った態度に、呆れて返す言葉も見つからない。だが、ハイガルの言うことも一理あると、ため息一つで流しておく。
そのとき、扉がノックされた。それを聞き流しつつ、ハイガルの出方をうかがうが、動く様子はない。
「ギルデルドとあかりさんだと思いますが」
「ああ、何か叫んでいるな」
防音が効いているため、相当小さい音だと思ったのだが、よく拾えたものだ。耳がいいのかもしれない。
「……出ないんですか?」
「出てほしいのか? 別に構わないが、俺は、あいつらがいるところでは、クレイアに関する話は、しない」
「あの子をどう思っているか、教える気があるということですか?」
「そういう捉え方をしてくれてもいい」
「どっちなんですか……」
「俺はポンポンサイダーを守りたいだけだ。あいつらが来たら、間違いなく、飲み尽くされる」
また変なことを言い出したなと思いつつ、私はそれを聞き流すことにする。
「ですが、あなたと二人で話していても、進展がありません」
「じゃあ、開けるか? さっきと同じことが起こるぞ」
「そう言われると……」
急に気が乗らなくなってきた。二人を参加させてもいいことがない。
「まあ、ゴールスファなら、なんとかできると思うがな」
「……結局、あなたはどうしたいんですか?」
「クレイアのためになるなら、招くことも、やぶさかではないんだが。ないんだが。だが、ポンポンサイダーが──」
「ポンポンポンポンうるさいですね。そんなに言うなら、ポンポンサイダーと付き合ってはいかがですか?」
「ポンポンサイダーは、飲んだら無くなるんだぞ。それが、いかに残酷なことか……」
「真面目に受け取らないでください」
そうこうしているうちに、あかりから念話がかかってきた。かけてくるなと言っているのに、聞かないやつだ。
「……もしもし」
「あ、マナ? あのさ、今、ハイガル・ウーベルデンくんの部屋の前にいるんだけど、中にいるよね。開けてくれない?」
「嫌です。かけてこないでください」
そうして、念話を切る。すると、扉のノックが激しくなる。防音なのに、ノックだけはよく聞こえる。
「ノック……あ、いい方法を思いつきました」
「なんだ?」
「まなさんを、寝させないようにするんです。それで、欠伸が出たら自然と涙も流れます」
これだけうるさいと、おちおち寝てもいられない、なんて思っていたら思いついた。
「いや、それはないだろ」
「え? なんで急に否定するんですか」
「さっき、理不尽に怒られたからな。まあ、本音はそれでいいんじゃないかとも思うんだが」
「それなら素直に肯定してください」
否定されるとは少しも想定していなかったので、これで解決した、と思っていた爽快感が、どこかへと消え去る。
「前に、マッサージをすると、自然と涙が出るという噂を聞いたな」
「……今、無視しました?」
「ゴールスファ、マッサージの知識はあるか?」
「当然ありますが、欠伸はどうなったんですか?」
「じゃあ、これでいこう。マッサージ」
「聞こえてますか? 聞こえてますよね? だいたい、マッサージで涙を流させることがいかに難しいかお分かりですか?」
「ゴールスファならできるだろ」
「まあ、できますけど」
「じゃあ、実験体が必要だな」
あれよあれよという間に、ハイガルのペースに乗せられていく。そうして、ノックをするのも疲れたのか、音が弱々しくなり始めていた頃、ハイガルが扉を開けに向かう。
彼は魔力探知を使い続けているらしいので、多少は、周りが見えているのだろうが、先ほどポンポンサイダーを注いだときしかり、よく普通に動けるものだと感心する。
「マナ! 何かされてない!?」
「マナ様、ご無事でしたか!?」
「……何もあるわけがないでしょう。ハイガルさんに失礼ですよ、ギルデルド」
「そうだぞ、ギルデ」
「そうだよ、謝りなよギルデ」
「なぜ僕だけ!?」
ギルデルドをいじり、二人を部屋へと招き入れる。今から何をされるかなんて、知る由もない二人を見て、ハイガルは悪戯っ子のようにほくそ笑んでいた。
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