番外編

ポンポンサイダー会議-1

 愛しい白髪の少女。その母親が亡くなって、一週間ほどが経った頃。私、マナは彼女が放課後に出かけた隙を狙って、宿舎メティスの一同に、召集をかけていた。


「マナ様からの呼び出しなんて、何かいいことがあるに違いない! と、舞い上がっていた僕のテンションを返せ榎下朱里!」


 そうして、机を叩いたのは、赤髪のギルデルド。どうやら、呼び出されたのが自分一人だと勘違いしていたらしい。


「いや、そっちが勝手に勘違いしたんじゃん。僕悪くないじゃん」

「なんだと!?」

「まあ、落ち着け、ギルデ。実はいい話という可能性も、まだ、わずかだが、残されている」


 これはあかりの言い分が正しいと思ったのか、青髪のハイガルが適当な助け船を出す。とはいえ、三人とも呼び出されている時点でほぼゼロに近いなと、確信しているようだ。


「た、確かにな。んん、これは失敬」

「ま、ギルデごときにマナがいい話なんて持ってくるわけないけどね」

「……それは喧嘩と受け取ってもいいのかな?」

「僕に勝てるとでも?」

「はっ、たかだか魔法の腕が強いくらいで威張らないでほしいな!」

「その魔法すらろくに使えないのが君だけどね」

「負け惜しみかい?」

「受けて立つけど?」


 机越しに近づいていたギルデルドとあかりの顔が、第三者の介入により、額同士を思いきりぶつけ合う結果となり、反動で離れる。


「ぶへぅ!?」

「いっつぁっ……! 何をするんだハイガル!」

「えっと……仲良く、しよう?」

「こんなやつと仲良くできるか!」

「こんなやつなんていうやつとは、仲良くできる気がしないね」

「もう一回、ごっつんしなきゃ、ダメか?」


 その言葉を聞いて、二人はさっと椅子に座る。そのとき、私は階段を降りつつ、階下の三人に顔を見せた。


「お待たせしました」

「いいえ! 今来たところです!」

「いや、ギルデ、それは抜けがけだよ。僕が言いたいやつ」

「そんなの、先に言ったもの勝ちなんだから、仕方ないだろう。時を戻せるわけでもあるまいし」

「僕の魔力で戻してあげようか?」

「戻したいなら勝手にしたまえ。だが、僕が先に言ったという事実は、時を戻して覆るようなものではない」

「いいさ、君が生まれるよりずっと前に戻して、レックスに違う奥さん紹介して、君の存在ごと消してあげるから」

「はあ? 馬鹿なのか? そのときお前はまだ生まれてないだろ?」

「いや、馬鹿はそっちでしょ。僕、召喚されてきたの。別世界から来たんだよ、分かる? 時間の流れが同じかどうか分かんないじゃん」

「屁理屈もいいところだな」

「負けを認めたらどう?」

「……すみませんが、私はいつまで待てばいいんですか?」

「申し訳ありません、こいつを地に伏せたらすぐにでも」

「悪いね、マナ。一発しめてやらないと、気が済まない」


 私の呼びかけも聞かずに、二人は言い合いを続けるらしい。そうこうしているうちに、二人の魔力が高まっていく。魔法でやり合えば、宿舎が崩壊する。


 まあ、二人を一緒に呼ぶ時点で、こうなることは私にとっても、ある程度予測済みだったのだが。いざとなれば、実力行使して止めさせるしかない。


「はあ……まったく」

「──あのー」


 私は声のする方を振り返り、そこにもう一人、青髪のハイガルがいたことを思い出す。あまり関わりはなかったが、人数が多い方がよい案件であったため、一応、誘った形だ。


「はい、なんでしょう?」

「止めた方が、いいか? さっきも止めたんだが……」


 言っている間に止めてくれと言いたいところだが、ハイガルの気持ちも分かる。何度も同じようなやり取りが繰り返されていては、止める方が疲れてくる。


 ちらと、二人の方を見る。このままでは、堪ったものじゃない。それならば、まだハイガルと二人の方がいいかもしれない。


「止めなくてもいいです。それから、まなさんには絶対に知られたくないので、場所を移したいのですが」

「俺の部屋なら、防音が利くぞ」


 私はハイガルの顔をまじまじと見つめる。女子を部屋に招くことに抵抗を感じないらしい。その上、私は次期女王だというのに、一体、彼の頭はどうなっているのだろうか。


 ──実は、彼のことは、苦手だったりする。だが、それなりに信頼はしている。


 冷静だったら、不機嫌そうな顔をしていただろうなと思いつつ、あかりの方を見るが、私の視線に気づく気配はない。


 まあ、後で何か言われたとしても、今こうして言い争っている彼が悪い。


「お邪魔させていただきます」

「どうぞ、遠慮なく」


 扉が開かれると、部屋が清潔に保たれていると一目で分かった。しかし、玄関で少し待つように指示されて、私はそれに従う。


「待たせたな」

「いえ。では、上がらせていただきます」

「ああ」


 第一印象としては、清潔だが、やや生活感に欠ける部屋といったところだ。とはいえ、棚には賞状やトロフィーの数々が飾られており、人の気配はありありと感じられる。調理器具や冷蔵庫、机、椅子なども備えつけのものがあるため問題ない。ベランダには植物のようなものが見受けられ、個性も感じられる部屋となっている。


 ただ、備えつけの家具にはない、テレビがない。音楽が流れているわけでもなく、無音だ。時計も、カレンダーも、証明さえもない。コンセントやプラグも見当たらない。


「何か飲むか?」

「では、適当にお願いします。なんでもいいですよ」

「分かった」


 それから、すぐに飲み物が差し出されて、お礼を言う。透明な水面では泡がパチパチと弾けており、甘い匂いが漂ってくる。見たところ、どうやら、ポンポンサイダーのようだ。


「ポンポンサイダー、お好きなんですね」

「まあな」

「いつから好まれているんですか?」

「いや、わりと、最近、知ったばかりだ。間違えて、隣のボタンを押したときに出会った。目が見えないと、こういう出会いがあるから、いい」


 そう、聞くところによると、彼は生まれつき目が不自由らしい。だから、テレビは愚か、スマホですら持っていない。外の音が聞こえないと、何かあったときに動けないからか、部屋に音がする物はなく、その他、目で見ないと使えないものは置いていないようだ。


 そう考えると、現代感のなさで、まなに近しいものを感じる。──いやいや。


「あなた、まなさんをどう思っているんですか?」


 自分の口から出た質問に、自分で驚く。それを聞きたかったのは事実だが、さすがに文脈というものがあるだろうと。


 しかし、ハイガルは真剣な顔つきになって、考え始める。


「どう、と言われてもな。クレイアは、クレイアだろ」

「私の大切な人なんです。傷つけたりしたら、許しませんよ」

「そんなことはしない」

「彼女があなたをどう思っているかは、知っているんですか?」

「ん……まあ、それなりに、好かれているような気は、している」

「はっ、惚気ですか?」

「そっちが、聞いてきたんだろ……」

「そんなことは分かっています」


 そんなことは分かっている。


 ただ、どうしても、認めたくないのだ。


 まながハイガルを見つめる眼差しがとても優しげで、一緒にいるときに楽しそうにしているのを、私はよく知っている。いつも見ているから。


 彼を苦手な理由の一番は、そこだ。要するに、嫉妬というやつなのだろう。できればまなを応援してやりたいところだが、感情というやつは、そう単純でもない。


「それで、どうするおつもりですか?」

「どう、と言われてもな。この話をするために、呼んだわけじゃ、ないだろ?」

「誤魔化さないでください。確かに本題は別にありますが、私にとって、まなさんが、いかに大切で、かけがえのない存在であるか。それを伝える良い機会だと思ったから、今こうして話しているんです。私たちが二人きりになることなど、そうはないでしょうから」

「む、そうか。……だが、別に、今のところ、クレイアとは、特に何もないしな」


 今のところなんて言い方をされると、ついつい言葉尻を捉えたくなってしまうが、そこを言及しても何の収穫も得られないであろうことは、容易に想像がつく。


 一度、心を鎮めると、いかに自分が嫌なことを言っているか、客観的に判断できる。とはいえ、多少強気に出ないと、聞きたいことは聞けない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る