第0-8話 ウーラ

 大きな丸テーブルの四方に椅子を並べ、各々座る。今日の進行役は、ローウェルだ。


「えーでは、これより、四天王会議を始めるっす! まず、出欠を──」

「無駄な時間だ。点呼など取らずとも、見れば分かるだろう」

「クロスタくん、相変わらずっすねー。じゃ、いつも通り、一人欠席、ということで。早速、本題に入るっす」


 クロスタは眼鏡を手入れしており、いかにも、興味なさげだが、彼にとっては、魔王陛下のみが重要であり、他は些事にすぎないのだ。陛下にたいしてのみ忠誠を誓い、陛下のためにその身を捧げ、陛下のために勤勉に働く。──端的に言えば、陛下の熱狂的なファンだ。本人にその自覚があるかはともかく。


「今日の議題は、ズバリ! まな様に色んなものを食べさせてもいいかどうかっす!」

「はっ、下らん。どうでもいいことだ」

「どうでもはよくないっすよ? クロスタくん。これは重要なことっす」

「重要なことって、なんですかぁ?」

「おおかた、まな様におねだりされたことについて、考えているんでしょう? うふふ」


 そう言って割り込んできたのは、秘密を共有する幹部たちだ。間延びした話し方をする方がティナ、色気のある方がヒストリア。一週間七人の交代制でまな様の世話をしている内、現在、この場にいるのは五人だ。


 そして、髪色の違いこそあれど、揃いも揃って瞳が赤い。──人魔族を示す、最大の特徴だ。とはいえ、ローウェルは茶色の瞳であり、私の瞳はピンク色なのだが。


「さすがヒストリアさん、勘が鋭いっすね」

「少し考えれば分かることでしょう? それに、ここ最近、まな様のお世話ばかりだもの」

「ついつい、まな様のことばかり考えてしまうんですよねぇー。はぁ……罪深い可愛さですよぅ……」


 ティナは間違いなく変態で、まな様を見る目が危険だ。そのうち、何か害を及ぼすかもしれない。あまり、考えたくはないが。


「やっぱり、まな様って可愛いっすよね!? なんか、他の子よりもワンランク上っていうか!」

「ですです! さすが魔王様のご息女ですぅー!」

「でも、マリーゼ様には似ていらっしゃらないのよね。あの方も相当な美人でいらっしゃるけれど」

「確かに! 魔王様似っすよね! ──ってことは、魔王様もよく見ると可愛い顔してるんすかね?」

「それは──」

「魔王様はぁ、よく見ると、つぶらな瞳をしてるんですよねぇ……可愛いですぅ……」

「つぶらな瞳」

「お前たち、無駄話をするな。そんなくだらない話を続けるなら、私は去る」


 クロスタが口を挟んだことで、和気あいあいとした空間に、冷たい風が吹く。


「ふふっ、お好きにどうぞ? 私たちだけでも困りはしないから」

「クロスタくんはぁ、まな様のこと、どう思いますかぁー?」


 敵意むき出しのヒストリアと対称的に、ティナはクロスタも話に引き込もうとする。性格的な相性の差もあるが、どちらかというと、信条の差が大きい。


 ティナとクロスタは過激派で、魔王様絶対主義。ローウェルとヒストリアは穏健派で、魔王様に忠誠を誓いはするが、命まではかけない。前者は死ねと言われたら喜んでその首を差し出すだろう。


 そんな考え方の違いに加えて、性格的な問題があり、ヒストリアとクロスタは仲が悪い。ティナは誰にでも人懐こいイメージだが、変態なので、私は関わりたくない。


「まな様は、魔王様のご息女だ」

「……え、それだけ?」

「まな様は、白髪だ」

「見たまんまですねぇ」

「まな様は、子どもだ」

「そうっすねー。──あ、もしかして、クロスタくんって、子ども苦手なんすか?」


 ローウェルに指摘されて、眼鏡を拭くクロスタの肩がわずかに上がる。図星だったらしい。


「……違う。魔族に災いをもたらす存在であるため、恐れているだけだ」

「あーなんだぁ、そうなんですねぇー」

「うふふ、クロスタにも可愛い一面があるのね」

「大丈夫っすよ! まな様は怖くないっす! あ、クロスタくんさえ良ければ、今度一緒に、うちの子で練習してみるっすか?」

「だから、違うと言っているだろう!」


 そう言ってクロスタが円卓を叩くと、私の近くにあった飲み物が溢れて、手前の書類にかかった。


「きゃー、バイオレンスな一面も素敵ですぅ」

「ティナ、もう少しマシなの選んだ方がいいわよ」

「どんな生物にも、魅力はありますよぅ。オスもメスもそれ以外も、みーんな、ウェルカムですぅ」


「クロスタくん! 暴力はダメっす! そういうことをすると、まな様に嫌われるっすよ! それに、魔王様に傷つけないようにって、言われてるはずっす!」

「別に嫌われても構わない」

「またそんなこと言ってー──」


 次の瞬間、私は全員を縄で一くくりにして、天井から逆さまに吊るす。全員の呆けた顔をもってしても、溜飲は下がらない。


「う、ウーラさん? 急にどうしたんすか? あ、話に入りたかったとか?」

「ウーちゃんは縛りプレイが好きなんですかぁ? 私と一緒ですねぇ」

「ティナ、少し静かにしてなさい?」

「はぁい」

「なぜ私まで巻き込まれなければならない……」

「全員、そこで頭を冷やしておいてください」


 縛った四人に魔力封じの腕輪をつけて、私は書類の水気を取る。


 魔法であっても、濡れてシワになった紙を元に戻すのは容易いことではない。魔王様やルジであればできるだろうが、他の者には、私も含めて、できない。加えて、溢したのが水ならまだしも、飲んでいたのはコーヒーだ。何枚か重ねていたため、十枚以上がやり直しとなった。


 今時、紙を使っている古臭いやり方にも腹が立つし、事務作業を一番若い私に丸投げするこいつらにも腹が立つし、四天王会議の最中に、コーヒー片手に書類作業ができると思っていた自分自身にも腹が立つし。


「ウーラさん、頭冷やすなら、せめてひっくり返してほしいっす……」

「頭がぐわんぐわんしてきましたぁ、あははぁ……!」

「ウーラ、私たちが悪かったわ。書類整理も手伝うから、許してちょうだい?」

「私は何も悪く──」


 ──は?


「あぁん? テメーが机ばかすか叩くから溢れたんだろうが! この眼鏡拭き野郎! 眼鏡拭くしかやることねえのか? 暇人が! 忙しいフリしてんじゃねえ!」

「なっ……!? べ、別に、フリというわけでは……。それに、ばかすか、というほど叩いては──」

「はぁ?」


 他の三人は標的が自分でなかったために、無関係を装う。クロスタとしても、助けを求めることは、小さいプライドが許さないらしい。


「テメーは一度、眼鏡を失った方がいいなぁ?」

「いや、私のアイデンティティ……」

「口答えすんのか? 絞ってもいいんだぞ?」

「え、いや、あの……」


 私は魔法でクロスタから眼鏡を取り、ポケットにしまう。割ってやろうかとも思ったが、さすがに、毎日あれだけ大切にしている姿を見ているため、やめておいた。


「しばらく裸眼で過ごしてください。私は印刷してきます」

「……縄は?」

「それでは、失礼します」


 そうして、四人をくくったまま、私は部屋を出た。

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