第0-7話 名づけられた日

 願いの魔法──一生に一度、どんな願いでも叶う、誰もが使うことのできる魔法だ。


 だが、問題は多い。


「願いを使うと申しますが、願いはほぼすべて、魔法に還元されます。魔法を知る限り、防ぎようがありません」


 そう。確かに、それはどんな願いでも、叶えることができる、まさしく魔法の力だ。


 だが、大概の願いは魔法により解決可能であることや、魔法という力が持つ魅力から、人々は無意識のうちに「魔法」を願う。


 願い自体も魔法であるため、人々の無意識の中にある「魔法」という概念に反応しやすい。そのため、願いは子が八歳の誕生日を迎えると同時に発動し、その瞬間から、子は魔法が使えるようになる。


 そのため、八歳の誕生日を迎えた瞬間、自動的に魔法が使えるようになると誤解している者も多い。それほどまでに、魔法が使えることは当たり前であり、今や、魔法は、生活する上でなくてはならないものになっている。


「案ずるな。魔法を知らなければ良いだけの話だ」

「と、申しますと?」

「外には出すな。そして、魔法のことが知られぬよう、最善を尽くせ。それでも、生きていると都合が悪いと言うのなら、国民たちには処刑したと、オレの口からそう言ってやろう。また、この場にいる者は、この話を口外せぬように。それから──大事な願いだ。くれぐれも、傷一つつけぬよう、扱いは丁重にな? くっくっくっ……」


 足を組み直し、頬杖をついて、手振りで立ち去るよう指示する。まず、側近が立ち上がり、その後に幹部たちが続いていく。


「──魔王様、一ついいっすか?」

「ローウェル。無駄口を叩くな」

「無駄口じゃないっす、大事なことっす!」


 ルジにローウェルと呼ばれた青髪の青年は、退出する足を止めて振り返り、同じく青髪の側近に反抗して、問いを投げかけてくる。


「聞いてやろう、ローウェル」

「ありがとうございます!」


 ローウェルはルジから赤子を受け取ると、オレに渡そうとしてくる。


「ローウェル! 生かすことになったとはいえ、それは災いをもたらす、白髪の忌み子だ! 魔王様に触れさせるなど、言語道断! 何を考えている!?」

「魔王様、ダメっすか?」


 ものすごい剣幕の側近を無視して、ローウェルはオレに判断を仰ぐ。相変わらず、肝が据わっている。オレ個人としては好印象だが、他の幹部たちからの視線は芳しくない。


「くっくっくっ……。構わぬ」


 触れるだけで、怪我をさせてしまいそうな幼子を、オレはそっと腕に抱く。長女のときに一度抱いたきりだが、すぐに感覚は掴めた。ちらと、扉の前で足止めを食らっている幹部の一人と目が合うが、すぐにそらした。


「それで? 何が望みだ?」

「名前っす」


 ローウェルが何を言いたいかは、すぐに分かった。確かに、名前をつけてやるのは大事なことだ。


「ふむ、名前か──」

「名前など必要ありません」


 そう口出ししてきたのは、またしてもルジだ。


「家畜に名前をつける輩がどこにいましょう? 愛着が湧き、殺しづらくなるだけです」

「殺さぬと申したはずだが? どうせ、魔法が使えぬとなれば、たいした脅威にはなり得ぬ。殺す必要はない」

「白髪の女魔族というものは、存在するだけで魔族全体に災いをもたらすのです。いずれ、魔王様の国を滅ぼし──」

「くっくっくっ、ふ、ふはははは!」


 その発想のあまりの愚かさに、思わず高笑いをすると、ルジは目を細める。


「この世界で魔法を使えぬ者が、魔族という一種族にまで影響を与えられると、本気でそう思っているのか? ──はっ、笑わせる。仮に、そんなことが叶えば、魔族一の反逆者として祭り上げた後、余が直々に手を下してやろう」

「しかし──」

「少し、黙っていろ」


 ルジを黙らせて、オレは瞑目し、考える。名前、名前──。ダメだ、全く思いつかない。


 正妻の長女の名前はレナであり、これは、正妻であるマリーゼがつけたものだ。なんでも、人間の世界では、レナには「紅」という意味があり、カッコ良さと可愛らしさが同居した名前なのだとか。


 ちなみに、彼女は現在、八歳だが、愛らしい上に賢い。正直、オレにはセンスがなく、レナという名前の良さは分からないのだが、女が魔王になる確率は極めて低いため、名前にはそうこだわらない。


 なお、男の場合は、魔王らしい名前にする必要がある。そういう「らしさ」というものが、魔王には求められるからだ。オレの名前も、「カムザゲス」などという、いかにも悪役らしい名前であり、魔王カムザゲス、なんて言うと、なかなか収まりがいい。


「決めた。マナ。──マナ・クレイア。それがこの子どもの名前だ」

「まな様っすかー。可愛いらしくていい名前っすねー!」


 マリーゼのマと、レナのナで、マナだ。後から思えば、マナというのはこの世界を創造したとされる主神と同じ名前であり、ずいぶんと大層な名前をつけてしまったと後悔するが、取り返しはつかない。


 幼子をローウェルに返し、オレは再び頬杖をつく。そんなオレを、何か言いたげに見つめる視線があった。


「魔王様──」

「話は終わりだ。マリーゼを連れてこい。余から直接、話をする」

「魔王様、どうか、お考え直しを──」

「くどい」


 ルジの頬すれすれを、氷の長剣に通過させる。その頬が切れ、血が滴る。とはいえ、魔族は傷の治りが速いため、数分で治るだろう。


「次はないと思え」

「……失礼いたします」


 それから、オレが最も愛する正妻──マリーゼへの弁明について、思考する。いや、マリーゼにも、マナが生きていると、教えるわけにはいかない。


 幼子を殺したことと、その理由、それから、マナと名づけたこと。これらを簡潔に言うより他に、伝え方などありはしない。


 それが嘘であったとしても、彼女を深く傷つけてしまうことを思うと、胸が酷く痛んだ。

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