第6-35話 時を戻したい

 それから幾何か時が経ち。治療薬とワクチンの理論を完成させた私は、ついに、今日この日、時を戻すことに決めた。


 そうして、時計塔に向かうため、一度、その報告をと城に寄った後で、同行者とともに塔を訪れていた。


「……そうよね。国家機密だってこと、すっかり忘れてたわ。護衛なんて、つけられないものね」

「だから、私が来た。不満かね?」


 カルメス・クラン・ゴールスファ──マナの叔父がわざわざ足を運んでくれた。これでも一応、過去に代理として国政を行っていたため、時計塔についても知っているのだ。


 今はエトスの第一子が国王を勤めている。そして彼は、王族を中心にかかる謎の病──通称、ゴールスファ病に罹患し、治療薬の効果を実証してくれた、生きる証人でもある。


「不満しかないわよ。マナみたいにもっと可愛い女の子を所望するわ」

「あの子ほど可愛い子は、そうはいないさ。おじさんで我慢してくれ。目元が似ている、なんて、たまに言われたり──」

「やめなさい。潰すわよ」

「相変わらず君は、王だった私に対しても不遜だね?」

「いいのよ。どうせ、あたしはすぐに消えるんだから。何一つ、怖いものなんてないわ」

「ハッハッハ」

「何笑ってんのよ。早く行くわよ」


 時計塔まで鳥に乗せて運んでもらい、私はナイフを取り出して、湖に入れる。すると、本当に時計塔が現れた。


 ──ナイフはその役目を追え、姿を消し、代わりに、中から水色の紙が一枚、出てきた。私は戸惑いつつも、それを拾う。


「ふむ、よく考えると、ここに来るのは初めてだね。存在は知っていたが、鍵がなければ入れないからね」

「あんたもついてくる? 出るのは自由だから、記述が見たいなら、今しかないわよ」

「お優しい魔王様だ。ぜひ、拝見させていただこう」

「ええ、元、だけれど」


 カルメスは記述の内容を紙に書き写していくらしい。彼には記述の内容が見えているらしく、魔力を込めてなぞることで中の情報を読み取っているようだった。とはいえ、魔法で写すので、そう時間はかからない。


「あんた、カムザゲスと関わったことある?」

「君の父上か。なかなか、気難しい人だったと存じ上げている」

「まあ、その通りね。自分の子どもよりも、魔族の未来が大事な人だったから」

「私は彼の生き方に惚れたよ。彼と同じことができる人はそういない。それで被害にあった君にとっては、そんな風には思えないのかもしれないが──」

「いいえ、そんなことないわ。あたし、これでもあの人を尊敬してるの。……色々なことがあったから、生きている間に仲直りはできなかったけれど。次は、もう少し素直になれるよう頑張るわ」


 許せないことを、まゆみのせいにしてきた。許してはならないと、自分に枷をつけてきた。だが、本当にそうだろうかと、私は少し、疑問に思い始めていた。


 魔王は、私たち家族を蔑ろにしていたわけではない。ただ、魔族を守ることに命をかけることができただけなのだ。


 それでも、私は怒るべきなのだ。まゆみは、魔王に殺されたわけではないなどと、言い訳を探すことはしない。


 そして、それを考慮した上で、私は考えてみた。関わりなんてほとんどない。会うまで、何の興味もなかった父を、私がどう思うか。結局は、それだけなのだろう。


「あたし自身は、父のことを、恨んでもいるけれど、それ以上に、愛してもいる。だから、許さないことが難しくて、憎み続けるのが、すごく、辛い。……こんなこと、あんたに言っても仕方ないけれど」


 すると、カルメスは、微笑みを湛え、私を優しい眼差しで見つめる。


「私は君から和平を持ちかけられたとき、正直、悩んだんだ。国民のために、魔族を許してはならないのではないかとね。ただ、自分の心の声を聞いたとき──許してしまいたいと、そう思った。だから、交渉に応じたのだよ」

「そうだったの──」


 私はまゆみを一番に思っている。それは、今も変わらない。だから、まゆみを傷つけ、救ってくれなかった人たちのことを、絶対に許しきることはできない。それがたとえ、父であっても、姉であっても。


 でも。恨み続けるのは苦しい。復讐に捕らわれれば、大切なものを失う。目を背け続ければ、何も残らない。


「ごめんなさい、まゆみ。──もう、あの人たちを、愛してもいいかしら。勝手なことを言って、ごめんなさい……ずっと、世界で一番、愛してる」


 受け入れられなかったから、彼女のお墓も作らなかった。強いて言うなら、霊たちが集まるこの場所が、亡くなった彼女のいる場所だ。もう、きっと、私の目の前には現れてくれないだろうけれど。


「これ、返すわね」


 私はここに来る前、外しておいたサイドのエクステを、塔の床に置く。


 すると、それはまるで、魔法のように消えてしまった。


 ──彼女が、応えてくれたような気がした。


「──さて。私はそろそろ」

「ええ。忘れ物はしないようにしなさい。二度と取りに来られないから」

「君とも会えなくなるわけだ。そう思うと寂しいな」

「嘘ね」


 そう言うと、カルメスは肩をすくめて、あっさりと去っていった。相変わらず、合理的な男だ。先の話も信じてよいかどうか、微妙なところだが、まあいい。もう関係のない話だ。


 そうして私は、腕に抱えて持ってきた本と、先ほどナイフから落ちてきた紙切れを見比べて、紙切れの方から読むことを決める。


 開くと、そこには見慣れた文字で、「まなちゃへ」と綴ってあった。




 ──まなちゃへ。


 この手紙を読んでいるということは、レナは死んでしまったのでしょう。ああ、死んでしまうとは我ながら情けない……。ごめんねえええ、まなちゃあああ。ま、それは置いといて。


「……ずっとこのテンションだと、読むのが辛いわね」


 私はため息をついて、再び紙に目を落とす。しかし、変わらない彼女の在り方に安堵しているのが、自分でも分かった。


 ──まなちゃは、すっごくいい子だから、いつも誰かが側にいてくれたと思う。だから、あんまり心配はしてなかったよん。


 ……いや、嘘。めちゃんこ心配だった。すんごく心配だったけど、これを読んでくれてるってことは、なんとか、乗り越えてくれたみたいだね。よきよきー。ってことは、お姉ちゃんの慰めはいらなかったと思うけど、本当は、側に行って抱き締めてあげたかった。それももうできなくなっちゃった。ごめんね。


 でもさー、やっぱり、まなちゃには頼ってほしかったなー。あんなに頼ってって言ったのに、一回も頼ってくれないんだもーん。もう、拗ねちゃった。ぷんぷん。


 ──まゆみのことはね、あたしも知ってた。どうなったかとかは言えないけど、もう、この世界でまなちゃの前に現れることはないよ。絶対にね。


 れな様はこー見えても、えらーい大賢者様なのです。だから、まなちゃが今、何を考えてどうしようとしてるかなんて、全部お見通しなのです。この手紙、いつ書いたの? って、思ってるでしょ? そりゃあナイフを渡す前に決まってるじゃん? ってことは、おっとおっと、もらったのは、まなちゃが八歳のとき? おやおや、れなはいつからこうなるって知ってたんだ!? みたいになってるでしょ?


 実は、中身は後から入れ替え可能なのです! だから、まなちゃに最後に会ったときにこっそり差し替えておきました。へへーん、びっくりした?


 ここからが本題ね。


 ずばり、まなちゃは今、時を戻そうとしています! はい、大正解!


「まるで、どこかから見てるみたいね……」


 とはいえ、れなはもう亡くなっているのだから、そんなはずはないのだけれど。幽霊が見えると言っても、そんなに便利なものではない。こういうのは、会いたい人に限って、だいたい会えないものなのだ。


 再び、手紙に意識を向ける。


 ──時を戻してもね、世界は複製されて、この世界はこの世界として続いていくの。それで、まなちゃがいる方の世界だけ、時が戻る。まあ、世界を一つ作っちゃうみたいなもんだよ。パラレルワールド的な?


 つまり、起こってしまったことは、時を戻したとしても、決してなくならない。それは忘れないでね。


 とにかく、過去の世界にまなちゃが移動することになるんだけど、記憶や物は持っていけるよ。あ、体は元の年齢に戻るから、心配しなくてダイジョーブ。いやー、それにしても、若返るなんて、羨ましい! あ、れなも若返るのか! やったね! わーい!


 ただし、注意事項があります。それはね、この世界のまなちゃが過去に戻ると、過去にまなちゃが二人いることになっちゃうってこと。そーれはさ、良くないよね? ドッペルゲンガーってやつだよね? 同じ魂が同じ世界に二つあるなんて許されないから、会ったら、どっちかが死ななきゃいけない。


 だから、時を戻すなら、まなちゃはまなちゃを消さなきゃいけない。


 つまり、時を戻すのは絶対に、ダメ。


「じゃあ、どうしろって言うのよ──」


 どうするかは、自分で考えなきゃ。まなちゃの願いなんだから。


 ──まるで、私の考えを読んだみたいだが、確かにその通りだ。私の判断を、誰かのせいにしたくはない。


 あ、それから、この紙、持ってかないでね。その辺にぽんって置いといて。ああ、紙が少なくなってきちゃった! ここからは巻きでいくね!


 まなちゃ、誕生日おめでとうかけるたくさん!成人おめでとう!魔王即位おめでとう!退位おめでとう!戦争終了おめでとう!いやー、まなちゃならやり遂げてくれると思ってたよー!それから、今まで、頑張ったね。生きててくれて、ありがとう!


 最後ね。色々あると思うけど、どうするかはまなちゃが自由に決めていいんだよ。どんな答えを出したとしても、れなはまなちゃの味方だから。考えるのが嫌だっていうなら、それから逃げてもいい。お金に困ったら、魔王城から盗めばいいし。嫌なことに、わざわざ立ち向かわなくていい。どんなときでも、まなちゃの選択が一番だから。


 ……いや、一つだけいいかな。死なないで。絶対に。生きてね。どんなに辛いことがあっても、生きることからだけは、逃げちゃダメだよ。


 最後にもう一つ。本当にこれが最後ね。まなちゃ、ごめんね。ずっと一緒にいてあげられなくて。顔もあんまり見せられなくて。こんなに遠くからしか、言葉を伝えられなくて。何にもできなかったれなを、まなちゃが嫌いになるのは、当然だと思う。許して、とも言わない。


 それでも、れながまなちゃのことを思ってたのは本当。れなは、まなちゃのことが何よりも大切だよ。本当にごめんね、れな、こんなに早く死んじゃって。本当に、何もしてあげられなくなっちゃった。一緒に行きたいところとか、食べたいものとか、してみたいこととか、色々、本当に色々、たくさんあったんだけどね。


 ごめんね、まなちゃ。ずっと、永遠に、大好きだよ。


 まなちゃの姉、レナ・クレイアより


***


「結局、読もうと思って、後回しになっちゃったわね」


 白い本の表紙を撫で、私は少し、ため息をつく。マナが最期に残したものだ。それを今から見るとなると、緊張する。


「どうするか考えてから……いや、でも…………いいえ、今しかないわね」


 ──さあ、何が出てくるか。ビックリ箱でも、今なら笑って許そう。


 しかし、開けばそれは、ちゃんとした本だということがすぐに分かった。そして、私は最初に書かれている言葉を読み上げる。


「──私は、世界で一番、幸せです」


(第一章 願いの手紙 END)


***


~あとがき~


誠に勝手ながら、第二章からは別作品としての更新となります。「どうせみんな死ぬ。~溺れる日記~」を作者のページから探していただくと、続きを読むことができます。次回からは番外編です。


追記:最近、リンクを貼るというのを覚えました。


二章 溺れる日記↓

https://kakuyomu.jp/works/16816452219046667573


三章 諦悔の帳面↓

https://kakuyomu.jp/works/16816452220220295034

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