第6-34話 治療法を見つけたい

 それから私は、ギルデの奥さんに預けているナーアとルクスを迎えに行った。


 これが、二人との最後の会話になるだろう。


 研究所で稼いだ給料があったので、それでなんでも欲しいものを買ってやると言って、釣った。まだ八歳の少年少女だ。欲しいものはたくさんあるに違いない。


「僕、あれが欲しい」

「……ナイフなんて買って、どうするの?」

「ナーアにあげる。護身用」


 果たして、ナーアはそれで喜ぶだろうか。私はれなからナイフをもらったとき、すごく嬉しかった気がするけれど。普通の感覚はよく分からない。


「まな様! 私、あれでもいいですか?」

「……肉?」

「世界にも通じる、ミーザス牛です! ルクスとまな様と、両親と、お爺ちゃん……は遠くに行ったんでしたね。……とにかく! みんなで焼き肉したいと思って」


 二人とも、優しい子だ。私がこれくらいの歳のときは、欲しいものはたくさんあったけれど、周りのことなんて、少しも考えていなかった。


「じゃあ、二番目に欲しいものは?」

「トント6」

「トント6です」


 私は苦笑した。トントとは、トンビニでおなじみ、トンビニ社が開発しているゲーム機のことだ。


 なんでも、自身がゲームの世界に入って、魔法がなくても魔法のようなことができたり、魔法では簡単にできないことができたりするとか。ほぼ毎年新シリーズを発売しており、先月、六作目となるトント6が発売された。


 当然、世間に疎い私はギルデやその奥さん、それから、ロアーナや研究所の人たちから情報を集めて、今の子は何が欲しいのかということを、あらかじめリサーチしておいたのだ。


「じゃあ、トント6と、最初に言ってたのと二つね」


 なんでもと言ったのに、一つしか頼まないあたり、分別がある。私だったら両手に山ほど抱えてこれ全部、と言っていただろう。


「あ、でも、トント6なら本体だけじゃなくてソフトもいるよ」

「ですです」

「あー……いいわよ、全部買ってあげる」


 わりと財布には厳しいが、まあ、たまにはこういうことがあってもいいだろう。


***


 ルクスからナイフを渡されたナーアは、手慣れた様子で振って感触を確かめ、「ふーん。悪くないわね」と言っていた。話し方が、誰かさんそっくりだ。


 それから、ギルデの家にお邪魔して、一緒に肉を焼いた。その後で、トント6とやらを開封し、ソフトとやらを入れて起動した。こういうことはギルデが詳しい。


 いつしか、子どもから取り上げてギルデが遊び始めると、奥さんから叱られていた。私が殴るに殴れないでいたときだった。


 とはいえ、相当に気を使わせているのは見れば分かるので、こちらも申し訳ない。元魔王が家に上がり込んできたら、そりゃあ、気を使わないわけがない。


 それから、奥さんが子どもたちを寝かしつけている間、私は酒をごちそうになった。


「かーっ、幸せーっ!」

「それは良かった」


 奥さんが作ってくれたつまみが、本当に美味しかった。酒を飲むのもこれで三回目だが、さすがに自分の飲み方も分かってきた。


「ここで暮らしたいくらいね」

「生活費は払ってもらうよ」

「やっぱりやめておくわ」


 私は机にうつ伏せる。このまま寝てしまいたいくらいだ。


「そのまま寝たら、風邪を引くよ」

「いいわよ。風邪なんて、気合いで治るわ」

「そうかなあ……」


 私は水道から水を汲んで、一杯飲み、コップを洗って乾かす。


「さ、そろそろ行こうかしら」

「二人にあいさつしていかないのかい?」

「ええ、もう寝てるでしょ。申し訳ないけど、しばらく旅に出るとでも言っておいて。あ、机、片付けておくわね──」


 そう言うと、ギルデは魔法を使い、一瞬で片づけた。私が出るまでもなかった。


 これ以上ここにいても、何もすることがない。


「まあ、色々とありがとう」

「どういたしまして」

「それから、これ」


 私はリュックから手紙を取り出す。


「これは?」

「ルクスのお母さん──つまり、れなからの手紙。あんたのお父さんの引き出しに入ってたの。あの人、手紙書くの好きだから」

「何が書いてあるんだい?」


 あかりではないが、私は内容を確認していた。れなに対する信用の低さも起因していたが、れなが自分の子どもに、一体どんなことを書いているのか興味が湧いて、誘惑に負けた。


「大したことは何も。普通の母親らしいことが書いてあったわ。どうやって生まれたのかとか、まあ、色々。……ただ、死んだ理由は伏せてるみたい」

「まなさんは知ってるのかい?」

「詳しくは知らないけれど、ユタがやったってことだけ。あんたは何か知ってる?」

「死んだ理由については何も。ただ、王城の天辺に、首が吊るされていたのは、鮮明に記憶しているよ。……あのときは、酷いことをするものだと思ったね」


 確かに、ユタがしたことは、決して、許されることではない。だが、それを本人だけの責任としてしまっていいかと聞かれて、私は頷くことができない。


「でも、ルクスに、ユタを許してなんて言えないわ」

「いつか、ルクスが真実を知りたいと、言ったときに渡しておくよ」

「ええ。それまでは、できることなら、知らないままでいてほしい。……けれど、それを決めるのはルクスよね」


 知りたいと思わないかもしれないし、そうでないかもしれない。知ったとしても、そこには辛い事実があるだけで、いいことなど、何一つありはしないと思うけれど。


「ルクスの父親は?」

「シニャックのことは、れなの手紙には書かれてなかったから、城で聞いてきたの。なんでも、れなが亡くなってから、すごく憔悴してたみたい。──死因は、急性アルコール中毒だそうよ」


 死体の側には、大量のお酒の缶が転がっていたらしい。なんとも、痛ましい話だ。


「……そうか。覚えておこう」

「あんたは、れなと話したことある?」

「ああ。一応、何度かね。誰に対しても明るく話す人だったと記憶しているよ」

「ええ。ウザいくらいに元気だったわね」

「ははは」


 まさか、こんなに早く逝ってしまうとは、少しも思っていなかった。きっと、死ぬまでつきまとわれるのだろうと、そう思っていたくらいだ。


「賢者って存在のすごさが、あたしにはいまいちよく分からなかったけれど、きっと、多くの人に必要とされてたのよね」

「当たり前さ」

「ルクスに伝えておいて。──あんたのお母さんは、誰に対しても自慢できる、立派な人だったって」

「ああ。君が言っていたと、伝えておくよ。君のことは──」

「あたしのことは、最低なおばさんとでも伝えておいて」

「そんなことは言わないさ。機会があれば、僕はこう言うつもりだ。──君に思われて亡くなった人たちは、きっと幸せだっただろう、とね」


 そんなこと、考えもしなかった。


 本当に、そうだろうか。


「あんた、普通にしてると残念感が薄くてつまんないわ」

「それは、照れ隠しかい?」

「そういうところが一言余計なのよ! もう行くわっ。奥さんに、色々とご迷惑をおかけしました。美味しかったです、ごちそうさまでした。って伝えておきなさい! 鍵、閉め忘れるんじゃないわよ!」

「丁寧すぎる!」


 そうして、私は治療法を研究するために、研究所へと戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る