第6-33話 告白

 ──私、ルジ・ウーベルデンは、罪を犯しました。大罪です。そのため、本日を持って、命を絶ちます。


 私は長年、魔王様にお仕えしてきました。時に、戦場に赴き、人間の軍を壊滅させ。時に、鳥となって偵察に向かい。時に、参謀として知恵を絞って参りました。


 それ故、なのでしょうか。先々代の魔王カムザゲス様とは、どうにも反りが合いそうにありませんでした。

 あのお方は、幼い頃より、気の弱い大人しい性格でした。花を愛でるのが好きで、甘い食べ物が好きでした。

 勇者に討たれ命を落とした、前の代の魔王様に代わり、幼くして魔王の座を継ぎましたが、成人してからも、戦争を起こそうとはしませんでした。

 もちろん、即位の際、私は強く反対しましたが、結局、崩御した魔王様の遺書に従うことになりました。


 私には、それがどうしても許せなかったのです。


 私は戦争の始まりのときから、ずっと、魔王様にお仕えして参りました。それは、千年にも及ぶものです。

 その中で、多くの血が流れました。安寧に包まれて、寿命を迎えた魔王など、ただの一人も存在しませんでした。多くが人間に殺され、時に、魔族に殺され、死因が分からぬこともございました。

 それらを、はっきりさせるためには、時計塔の記述を見るしかないと考えました。


 塔の記述には、情報が詰め込まれており、魔力を込めてなぞると、その記述に関する情報が頭に浮かぶそうです。これは、とあるお方からお聞きしました。私の協力者です。

 ただ、あのお方はまだお若いというのに、戦犯として処刑されました。しかし、いずれ殺されるその覚悟は、私も彼女も持っていました。


 平和が悪いこととは言いません。

 ただ、流れた血や、積もった恨みはまだ晴れていない。そのうちに戦争を終わらせてしまうのは、今まで亡くなった方々を侮辱することになるのではないでしょうか。

 なのに、それを、簡単に終わらせようとするカムザゲス様が、私はどうしても許せませんでした。


 そして、私は宗教団体を立ち上げ、戦争賛成派の方々を集めました。彼らは立派な覚悟をもって、任務に当たってくださいました。


 まず、手始めにショッピングモールを爆破しました。何人もの人が犠牲となれば、当然、魔族が悪い、人間が悪いといった恨みが積もるだろうと、そういった事情です。

 小さな火種でも、それが復讐という形になり、連鎖していけば、いずれ、戦争が起きると、そう考えてのことでした。また、世界は決して平和ではないと、知らせるためのものでもありました。


 ただ、私はこの一件には関与しておりません。私が関与していたら、魔族に被害は出さなかったでしょう。そして、魔族に対するより強固な恨みを、人間に植えつけることができていたと思います。この事件は、協力者である彼女の独断でした。


 しかし、人間の王女のせいで、この作戦は無駄な犠牲を出すだけとなりました。

 あの王女は、被害者遺族の一人一人と向き合い、話を聞き、復讐の愚かさを伝え、国民を洗脳しました。その結果、誰一人として、復讐に手を染めるものは出ませんでした。


 そして、あの忌々しき王女を殺す計画を立てました。ただ、彼女を殺せるとは、到底、思えませんでした。


 権威を失墜させ、信用を失わせる。


 これが最も、彼女を殺すに近いことだと考えました。そして、あの爆発事件を計画したのです。いかに、彼女が強いと言えど、すべてを守ることは不可能なのだと、知らしめるために。


 ただ、魔王の娘と、偽勇者の邪魔が入り、計画は失敗に終わりました。私たちの同志は、国に捕らえられましたが、何も話すことはなく、皆、気高く散っていきました。今、すべてが終わったからこそ、こうして打ち明けられています。


 また、魔王様の心の支えであるマリーゼ様も戦争を嫌っていました。もともと病弱なお方ですが、気がしっかりしており、いつ亡くなるのか、少しも想像がつきませんでした。

 しかし、彼女は病気であっさりと亡くなられました。天が私たちに味方してくれていると、そう思いました。


 そして、ついに、私たちは時計塔が開かれるという情報を得て、時計塔を狙うことにいたしました。

 これは、私個人の宿願ではあったのですが、彼女も協力してくださいました。彼女にも、また目的があり、私とは関係のないところで、何かしていたようです。彼女は実に勤勉でした。


 しかし、塔の場所を掴んだにも関わらず、その湖を上空から見ても、塔などどこにも存在しませんでした。しばらく観察を続けたかったのですが、存外、人間たちが強く、私はその場を去ることにしました。


 それから、少しして。


 ハイガルが亡くなりました。ルナンティアを撃たれ、魔法を封じられたハイガルはどうすることもできぬまま、海へと落ちていきました。

 すぐに魔法で助けようとしましたが、何者かに遮られてしまい、ついに、海に落ちるまで、届きませんでした。


 ──そのとき、私は上空に、確かに、あの、琥珀髪を見たのです。そして絶対に復讐しようと、心に誓いました。


 手始めに、琥珀髪の一番大切にしていた服を盗み、滅茶苦茶にしてやりました。段ボールを開ける瞬間、どんな顔をしていたのか想像すると、自然と頬がつり上がるのを感じます。見られなかったのは、少し悔いが残りますが、それでも、満足です。


 その彼も、ついに病死しました。なんと愉快なことでしょうか。ここまで心が踊るのは、産まれて初めてでした。あの忌々しき女王でさえ、何の価値もない魔王の娘を助けて、愚かにも死んだのです。


 絶対に殺せないと思っていた二人が死にました。楽しくて仕方がありません。笑いが止まりません。それを抑えようとすると、よりいっそう面白くて堪りません。


「あひゃひゃびゃはびびびゃじひびゃじゃ──!!!!」


 手紙から笑い声が聞こえる。長い長い、耳を塞ぎたくなるような、耳障りな笑声だ。私はそれに顔を歪めながら、続きを読み進める。


 ──死んだ! 全部死んだ! シンダシンダシンダ!

 これで、あの最も憎い魔王の娘も、きっと、わそを恨み続ける……! ハイガルを忘れ、戦争を終わらせ、ユタザバンエをあんな風にした魔王の娘も、きっと、綺麗事なんて言えないに違いない! そして、時を戻して、わそを殺しっちばっきゅる。なんつばどすゆきゃあるぴいみはんぜるどるぞいかしあけぜんとんべらぢやなとおけれふぁみるはぜんどざひあかをけゆるちとなせもらぜるそよねよぁぜらとせとれたぜね────、


 ──その後は、字が乱れていたのと、文字の意味が分からないのとで、読めなかった。


 最後に、


 ──なああすまない。


 とだけ、書かれているのがやっと読めた。私は耳障りな声の鳴る手紙を閉じる。


「大丈夫かい、まなさん?」

「……ええ。大丈夫、じゃないわね」


 私は手紙をギルデに返し、膝を抱えてうずくまる。


 こんなにも、恨まれているとは、思っていなかった。こんなにも、二人の死を喜ぶ人がいるとは、思わなかった。それに、少しも気づけなかった。そして、何より、ル爺をナーアから奪ってしまった。


 私が問いつめなければ、きっと、死ななかっただろう。私が真実に気づいてしまったから、彼は私に矛先を失った怒りだけ押しつけて、あんなに残酷な死に方を選んで死んだのだ。


 私の心を傷つけるのが目的なら、それは間違いなく、叶っている。


「まなさんのせいじゃないよ。君は、マナ様を一番、幸せにしてくれた。物心ついたばかりの頃、生まれたてのマナ様をこの目で見て以来、僕はずっと、彼女を見続けていた。そんな僕から見ても、高校生の頃のマナ様が、一番楽しそうにしていたんだよ」

「……あたしは。その幸せから逃げたのよ。最低なやつだわ」

「誰だって、逃げたくなるときもある。今まで、普通の幸せを知らなかった君が、初めて、それを与えられたんだ。戸惑いもするだろう。きっと、それだけの幸せを受け入れる準備が、できていなかったんだ。それだけだ。君は悪くない」

「──ありがとう」

「まなさんが素直にお礼を言った……だと!? これは、雨が降るに違いない。妻に洗濯を取り込むよう連絡しないと──ぐはあっ!?」

「ぶん殴るわよ」

「殴ってからいったーっ!」


 私はあきれて、ため息をついた。それから、少しだけ笑った。


「マナ様は、君の笑顔が可愛いって、そう言ってたよ」

「マナは私が何しても、だいたい可愛いって言ってくれたわよ」

「それもそうだね」


 それから、私は考えた。


 ――やはり、時を戻そうと。


 だが、治療方法の研究に取り組むにしても、まだ、やらなければならないことがある。


「ギルデルド。あの二人を、お願いできるかしら。すごく、申し訳ないとは思うんだけど」

「ああ。ちょうど、子どもが二人くらい欲しいって、妻とも話していたんだ」

「えっと、色々と、大丈夫なの?」

「元勇者だった父の遺産があるからね。二人に貧しい思いをさせたりはしない。……実は、もう妻にも、話は通してあるんだ。理解のある人でね。僕たちは不妊だから、ずっと、どうしようかと悩んでいてね……。とはいえ、二人が僕で満足してくれるかは微妙なところだけど。できれば、二人一緒に預かりたいと、そう思っているよ」

「そうよね。あんた色々と残念だものね。正直、結婚できたのが不思議で仕方ないわ」

「ふっ、マナ様のファンは女性にも多いんだ。きっと、僕のマナ様への熱い思いに打たれたんだろうね──」

「そういうこと言ってると、そのうち離婚届置いて逃げられるわよ」

「なんでだい!?」


 むしろ、なぜ分からないのだろう。まあ、せいぜい、レックスと同じ目に合わないようにと、願っておいてやる。


「まあ、大丈夫よ。あんた、やるときはやるし。多分、きっと、大丈夫、うん、がんば」

「適当!」

「あー、時戻したら、あたし高校生になるのよね。戻る前に、とびきり高い酒浴びたいわ。浴槽にお札詰めて酒浸しにして浸かりたいわね」

「俗っぽいな!?」

「あたしはお金を好きでも、お金はあたしを愛してなんてくれないのよ。しょせん、お金なんてね、はっ」

「よし! 今日は付き合おうじゃないか!」

「話が分かるじゃない」


 まあ、今すぐには時を戻さないのだけれど。

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