第6-30話 なんとかするから
それから、四ヶ月ほど経って、戦争は呆気なく終了した。なぜ終わったか。簡単な話だ。
トイスが、マナと同じ病を患い、亡くなったからだ。
この四ヶ月のうちに、マナの兄弟――王族の一部が流行り病に倒れ、命を落とした。生き残ったマナのは、十五歳以下の四人だけだった。
人間の王族も、十六にならないと王位は継げないらしく、それまでは叔父が代理として政治をすることになった。また、エトスには子どもがおり、その第一子が王位継承権の第一位をトイスに任命されたため、叔父が王位を継ぐことは、まずないらしい。
「げほっ、ごほっごほっ!」
「……大丈夫、って聞くのも変な話だけど」
「それね! 見て分かるよねって話──ごほっほっ!」
不思議なことに、ゴールスファ家の中でも、マナの兄弟姉妹以外への被害はなかった。王族を狙った細菌テロかもしれない、という話も出ているほどだ。
感染しなかった例外は、十五歳以下の子どもたちのみ。
そして、感染した例外は――エトスの妻とあかりだけだった。
「多分、マナからうつったんだと思う。いやあ、そう思うと、幸せだなあ……げほっ! うえっ」
「あんた、本っ当に馬鹿ね」
治療薬やワクチンの開発には、少なくとも数年かかることが予想されており、私も知恵を絞っているところだ。
「確かに、マナ、ちょっと咳き込んでたのよね。きっと、自分の命が長くないって、気づいてたのよ」
「マナの頭でも治せなかったってこと?」
「そうね。難しいと思うわ……でも、安心して。あたしがなんとかするから」
あかりの手を握ると、彼は青い顔で力なく笑みを浮かべた。主な症状は咳だが、吐き気や頭痛、関節痛も併発するようだ。あかりいわく、「こんなの隠し通すとか、マナってほんと強すぎ。好き。好きすぎて泣けてくる。……うわあああんげほっええんごほっおうええっ……」──だそうだ。
「じゃ、明日も来るわね。──ルクスも、あいさつしてあげて」
「あ、ぅ……」
気の弱そうな男の子は私の影に隠れ、あかりの様子をうかがっていた。深い緑色をした、森林のような髪に、赤い瞳が特徴的だ。
「ルクスくん、また明日ねー」
あかりが笑顔で手を振ると、ルクスは遠慮がちに小さく手を振った。そんな様子に苦笑しながら、私は病室を出る。
「ル爺、ナーア。ルクスをお願いね。何かあれば連絡してきて」
「かしこまりました、まな様」
「はい! お任せください、まな様!」
件の感染症は、魔族には決して感染しない。私たちにうつす心配がないと聞いて、あかりが安心していたのを思い出す。こうしていると、彼も血が通っていたのだと、思い知らされる。
私はというと、研究室に行き、治療法の開発に勤しむ毎日を送っていた。他国で有効な治療法が開発されたなんて話を聞いては、海を渡って話を聞きに行ったりしていたが、どれもあかりの症状を改善させるには至らなかった。
――どちらにせよ、あと何日持つか、誰にも分からない。
いつかと同じだ。調べれば調べるほど、治療法がないことだけが浮き彫りになっていく。以前よりも知識のある今は、なおさらそれを感じていた。あのとき、母の側にいてやれなかったことを、あんなに後悔したけれど、やはり、諦めるなんて、できない。
それでも、あかりが生きている間には、治療法が確立されないだろうと確信していた。奇跡を信じることすら愚かだと悟っていた。
ドラゴンの血液にもすがってはみたが、今回の病には、ほとんど効果がないことが分かった。
「ひっく、うっ、うぅ……」
毎日、ルクスとともに、あかりの顔を見ては、自分の無力さに、トイレに閉じこもって、声を抑えて、涙を流す。
そして、顔を洗い、鏡で確認して、平然を装い、研究室へと向かう。そんな日々だった。
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