第6-29話 ナイフの役割
あかりは私の周りに障壁を張ると、眠りについた。寝ている間、レックスが何かしようとしても、できないように。
とはいえ、レックスに何かをする気などないだろう。ギルデが人質に取られているのだから。
「ねえ、聞いてもいい?」
「なんだ? ギルデは無事だろうな?」
「無事よ。手出ししないように言ってあるわ、今はね」
親というのは、こうも子どもを心配するものなのだろうか。本当に、ギルデのことしか、レックスの頭にはないらしい。確かに、子どもを囮にするという作戦を立てたのは私だが、ここまで上手くいくとは思っていなかった。
人間の勢力はあかりがいればなんとかなるかもしれないが、ドラゴンが相手となると、あかりを使うわけにはいかない。それで、彼がいなくなってしまっては、マナに申し訳が立たない。
レックスがそれ以上何も聞いてこないのを確認して、私は問いかける。
「……なんで、本当にチアリターナを殺せたのかって、聞かなかったわけ? あたしは魔法が使えないんだから、普通、疑うでしょ。そもそも、ドラゴンの鱗はドラゴンの素材でしか傷つけられないなんて、よく知ってたわね。あたしたちがドラゴンの鱗を持ってることについても、何も聞いてこなかったし。その話が本当なら、鱗なんて簡単に剥いでこれないって、分かるでしょ」
「……ギルデルドのことで頭がいっぱいで、それどころじゃなかったんだ。それに、もしかしたら、死んでるドラゴンなら剥がせるかもしれねえだろ。血液も採れてるんだ。鱗が取れたっておかしくはねえ」
「嘘ね。──あんたは、知ってたのよ。あたしのナイフが、ドラゴンの鱗でできてるってね」
モンスターから作った剣は、人には効かず、モンスターにだけ傷をつける。それが、モンスター用の武器の正体だ。
私はずっと、このナイフを誰からもらったのか、何でできているのか、分からずにいた。
だが、亡くなった証明として、チアリターナの鱗を何とかして持ち帰れないかと、試行錯誤していたとき、このナイフの刃だけが通ることに気がついたのだ。
「あんたが打ったの?」
「いんや。オレじゃねえ」
「じゃあ、誰よ?」
「分かってんだろ。お前さんの姉の、れなだ。自分に鍛冶を教えてほしいっつって、オレに直々に頼みに来やがった。それで、作り方を教えてやったのよ。なんだ? 極悪非道な魔王サマも、死んだ姉には弱いってか?」
痛いところを突いてくる。確かに、それは事実だが、弱味を見せるわけにはいかない。
「別に? ただ、なんでこんなものを渡したのか、気になっただけよ」
それを教える交換条件としてギルデを解放しろ、なんて言われては困るので、聞く気はなかったのだが、
「──そのナイフはな。お前が、何もできずに死なねえようにって、願いが込もってる。何も持たない妹に、戦う武器を与えたいって想いで作られたんだ。だから……ぜってえに、死ぬんじゃねえぞ」
ここまで来てしまえば、絶対に死なないなんて保証は誰にもない。
それでも、生き延びなければと、改めてそう思った。
ただ、私はレックスに、死なないで、とは言わなかった。そもそも、死にに行かせるようなものだと、知っていたからだ。
「そういやあ、そのナイフは鍵になってるって話だったな」
──一見、何の変哲もない、ただのナイフだが。
「何の鍵?」
「確か、それさえあれば、一回だけ、時計塔とやらが開ける、とかなんとか」
「……は? それ、本当なの?」
「ああ、マジだ」
確か、魔王が持つ鍵と、ルスファの国王が持つ鍵を同時に差し込むと、時計塔が開く仕組みだったはずだ。
魔王城は爆破されたため、最悪、魔王側の鍵が砕けている可能性もあった。それ以前に、ユタが壊した可能性もある。ナーアに聞いてみなくてはならない。どちらにせよ、トイスがいる限り、人間の鍵を得ることは不可能だ。
まあ、時計塔の記述などなくても、困りはしないだろうと、思っていたのだが。れながこうして私に持たせていた以上、きっと、何か意味があるのだろう。れなは、とうの昔に死んでしまったから、真意を聞くことはできないけれど。
──確か、一番最後、れなに会ったとき、自分を頼ってほしいと、しつこいくらいに言っていた。それを振り切って、私はれなに背を向けたのだ。
何か、伝えたいことがあったのかもしれない。あるいは、こうなることを、分かっていたのだろうか。
「おい、大丈夫か?」
それで、私はまた、自分がどこかにいっていたのだと気がつく。
「いいえ。少し、考え事よ。あんたも早く寝なさい」
「お前さんは寝ないのか? 顔色が悪いぞ、大丈夫か?」
「まあ、多少寝なくても、そう簡単に死なないわよ。魔族だし」
「それでも、寝れるときには寝とけ。これから、もっと忙しくなるんだろ?」
それでも、レックスは私の心配をしてくれるのだ。なぜなのか、私には分からなかったけれど。
「寝てるからって、殺そうとしたら許さないわよ」
「殺さねえよ。っつーか、まず、殺せねえよ」
私があかりの作った障壁に触れない限り、レックスは攻撃できないのだ。
それから、私は床に横になって、しばらく眠ることにした。
「それと、この鍛冶屋のどこかに、お前の大切なものがある。──後のことは任せたぞ」
こうして、ルスファ国内における、魔族と人間、そして、ドラゴンの三つ巴の内戦が始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます