第6-28話 死にたくない

「ああぁ……!」

「もしあんたが断ったら、手足合わせて二十本全部、ギルデに同じことをするわ。いいわね?」

「くぅっ……!」

「返事は?」

「……何だってやってやらあ」

「はい、よくできました。それじゃ、あかり。治してあげて。あたしが掴んでると自分で治せないから」

「はいはい」


 綺麗に剥がれた爪が転がっていた。私が拾おうとすると、あかりはそれを踏み潰して砕いた。容赦がない。


 ──とはいえ、ここからが本番だ。


「まずはあんたに、トイスを裏切ってもらうわよ。国とギルデとどっちが大事か、答えは出てるでしょ?」

「……ああ。だから、ギルデの無事だけ、確認させてくれ」


 レックスは下唇を噛みしめ、苦い汁でも飲まされているかのような顔をしていた。今は、良心の声を聞いているときではないが、無事であることを教えないと、従ってはくれないだろう。


 私が目配せすると、あかりはスマホを取り出し、その透明化を解いて、レックスに見せつける。


 そこには、椅子にくくりつけられ、眠っているギルデの姿が映っていた。


「ギルデ!!」

「はい、終わり。十分でしょ? 何もされたくなかったら、せいぜい頑張るのね」


 甘さはできる限り、切り捨てる。今は、少しの時間も惜しい。


「多分、トイスは短期決戦を仕掛けてくると思うの。そうでしょ?」

「……そうだな。五年前の戦争で魔族の戦力が大きく削られたのは、皆知ってる。手を出さなかったのは、魔王カムザゲスの結界があったことと、ユタザバンエの魔力が強大だったからだ。逆に言えば、その二つさえなくなれば、いつでも魔族を滅ぼせるって考えだろうよ」

「そうでしょうね。……でも。この際だから、はっきり言っておくわ。この戦争には、魔族、人間に加えて、もう一つの勢力が加わるわ」

「その、もう一つってのぁ?」


 私はレックスの間抜け面がどう変わるのか、期待しながら告げる。


「──ドラゴンよ」

「ド──!?」


 案の定、レックスは顔をひきつらせて、固まった。それから、少しして、


「ドラゴンは戦争には使わないって話だったと思うんだが?」

「ええ、その通りよ」

「へえ、そうなんだ。やっぱり強すぎるから?」

「それもあるけれど、元々、ドラゴンは戦うためじゃなくて、守るために産み出されたモンスターだから。ドラゴンたちの方から、自分たちは戦わないって言ったのよ」


 この八年。少しだけだが、学校では習わない方面から、魔族の歴史を学んだ。


 ドラゴンというのは、ルスファ国内において、魔族と人間の間で戦争が始まったときから、魔王が次期魔王を守るために産み出されてきた存在なのだ。


 魔王の数だけドラゴンが存在し、同じ数だけ戦争が開戦と停戦を繰り返してきた。


 その数、実に三十八体。私は第四十一代目の魔王であり、初代と私、それから、ユタには自身を守るドラゴンがいないのだ。初代はともかく、ユタはその前の代のカムザゲスがドラゴンを産み出さなかったために、ドラゴンの加護を得られなかった。


 そして、初代が産み出した、世界初のドラゴンが、チアリターナだった。


 また、ドラゴンたちは自分で死期を決められると言われており、だいたい、五百年ほどが経つと、自ら現世を離れる。


 そして現在、生存しているドラゴンの総数は、十七体。そのうち、自身が守るべき魔王の死後、人間の側についたドラゴンが三体。魔族側に残ったドラゴンは十体。残りの四体は、それぞれ好きなように暮らしている。


「チアリターナが命を落としたのは知ってるでしょ?」

「……まさかとは思うが」

「ええ、そうよ。──あたしが殺したの。チアリターナは、ドラゴンたちの長だった。それで死ぬ直前、ドラゴンたちに指示を出したのよ。来たる戦争に乗じて、ルスファ王国の『ヒト』を滅せよ、ってね」


 私の中には、ドラゴンの血液が流れている。マナから受け取った血が。だからだろうか。彼女の死の間際、はっきりとそう聞こえたのだ。


 そして、同時に感じてもいた。十七体すべてが、ルスファに向かっているのだと。加えて、ナーアから聞いた話だと、魔族側の十体のドラゴンたちが、忽然と姿を消したそうだ。


 まったく、とんだ土産を残してくれたものだ。


「ほとんどの魔族たちはこの五年で、結界を目指して北に集まってる。ただ、ヘントセレナより北は、本島と湖を隔てて分かれているから、北の大陸ごと沈められたら、魔族は滅亡するわ。それじゃ困るのよ」


 とはいえ、一番大きな被害を受けるのは人間の方だろう。それは単純に、数と領土面積の問題だ。


 だが、今のトイスは私を殺すことと、魔族を滅ぼすことしか考えていない。であれば、きっと、北に兵を集中させる。すでに、最後の砦のヘントセレナは陥落しているのだから、最北の魔王の国を取ることは簡単だと考えるだろう。


 それでも、ドラゴンが来ることまでは予想できるはずがない。仮に、人間側のドラゴンの異変に気がついたとしても、魔族を滅ぼしてからでなくては、今の彼は、きっと対応しない。


 ドラゴンは本島にも上陸し、すべてを破壊するだろう。とはいえ、十七体すべてが同じ方向を向いているとは考えにくい。おそらく、ドラゴン同士の争いも起こる。


 だが、ドラゴン同士の戦いが起きれば、被害は甚大なものになる。私の目標は、できるだけ被害を少なく、ここで戦争を終わらせることだ。もちろん、永久に。


 抵抗しないのが一番、被害が少ないのかもしれないが、魔族たちに罪がない以上、魔王として、それはできない。ただ敗戦を宣言したところで、今度は奴隷として扱われるだけだ。それでは戦いが終わったとは言えない。


 まあ、そんな責任感より何より、私自身がどうしても、死にたくないというのが本音だ。


「本来なら、人間と戦争なんてしてる場合じゃないわけ。でも、トイスが聞く耳を持たないから、あたしはあんたに頼るしかないのよ」

「オレに、ドラゴンを全滅させろってか?」


 話し合いができる相手なら、平和的な解決がしたい。しかし、それができない相手なら、容赦なく叩く。


 知能があっても、相手はモンスターだ。魔族と人間の戦争に、モンスターという立場で参加することなど許されるはずがない。


「人に味方してくれるドラゴンがどれだけいるかは分からないけれど、数が減ったところを叩けば全滅させることもできるはずよ」

「そんなこと言ったって──」

「北を中心にお願いね。本島にも数は少ないと思うけれど、魔族が残ってるから、北の殲滅が終わったら、本島の方も倒しなさい」

「……そもそも、オレにドラゴンを倒せると本気で思ってんのか?」


 その問題はある。果たして、レックスに限らず、人がドラゴンを倒すことなど可能なのだろうかと。だが、もし、倒せなかったとしたら、それはルスファが滅亡するだけの話だ。


「ええ。あんたは勇者なんだから、ドラゴンくらい倒せる力は持ってるわ。あとは、子どものためと思えば頑張れるでしょ?」

「……はっ。お前に親の心が分かるか」

「分からなくても、想像はできるわ」


 すると、レックスは深いため息をついた。


「ドラゴンの鱗は、特殊な硬い素材でできてる。同じドラゴンの成分を使わねえと傷一つつかん」

「仕方ないわね。あかり、小ビン出して」

「はいはい、これね」


 あかりから赤い液体の入った小ビンを受け取り、レックスの目の前に差し出す。もう片手には、白銀の鱗を握る。


「血液よ。殺した後にたっぷり採取しておいたわ。それから、これが鱗ね」

「これで剣を打てば、確かに攻撃は通るだろうが……」

「ギルデがどうなってもいいって言うなら別にいいわよ。爪を剥いだら次は、歯を抜いていこうかしら。まあでも、抜いたら生えてこないから、一回で終わるわ。安心しなさい」

「……やってやらあ」


 怒りに震えるその顔を見て、私とあかりは恐怖を覚えたが、同時に、ドラゴンへの勝利は、確信した。


「剣を打つのにどのくらいかかりそう?」

「どれだけ早くても十日はかかる。本気でドラゴンを全滅させるってんなら、その倍は欲しいところだ」

「じゃあ、あかり、時を操ってあげなさい。足りない魔力はレックスから吸いとればいいわ。剣を打つのに魔法は必要ないでしょ?」

「はいはい、人使いが荒いなあ……」


 それから少し待っていると、刀が出来上がったらしい。二人とも、酷く疲れた様子だった。


「お疲れ様。今日はもう、休んでいいわよ」

「え? 休みとかくれんの? てっきり、今すぐ倒しに行けって言われるもんだと──」

「無駄死にするつもり? 相討ちで数を減らした後で、あんたが行くのよ。被害が出るのは避けられないけれど、それでも、あんたはちゃんと休んでおきなさい。あかりはあたしを守っていてくれればいいわ」

「僕も休みがほしいなあ」

「あんたに休む暇があるわけないでしょ」

「僕だけめちゃくちゃブラック!!」

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