第6-27話 魔王になりたい

 いつかのように、壁を突き破り。透明化して追っ手を振りきり、私たちはレックスの鍛冶屋へとたどり着いた。


「おう、二号。マジで、魔王になっちまったのか……」

「ええ、そうよ。これでもちゃんと魔王の血を引いてるの」


 あかりは、レックスの喉に剣先を突きつけていた。多分、少し、刺さっている。


「戦争が始まるって、念話が世界中に飛ばされたみたいだが……マジなのか?」

「あたしの言葉より、トイスの念話の方がよっぽど信頼できるでしょ。それに、今の状況を見れば、疑いようもないと思うけど?」

「分かんねえだろ? また難癖つけに来たのかもしれねえし」

「本当にそうなら良かったわね」


 床に倒されているレックスの傍らに座り、腕を掴んで魔法を封じる。それにしても、ずいぶんと、余裕のあることだ。さすがは元勇者だけある。


「魔王城が爆発したらしいが、そっちはいいのか? 使用人とか、心配じゃねえのか?」

「は? 昨日即位したばかりなのよ? 使用人なんて、名前も知らないわよ。それに、多分、四人くらいしかいなかったし、たいした被害じゃないわ」

「はー、冷てえな。魔王になると、マジで心がなくなるんだな」

「なんとでも言いなさい」


 トイスはきっと、私が真っ先に城へ向かったと思っていることだろう。恐らく、そちらに誘導するための爆発だ。戦場を王都から遠ざけることもできる。


 城に向かうと分かっていれば、私たちを見つけやすくなる。空を飛んだとしても、先ほどとは比べ物にならないほどの攻撃が飛んでくるだろう。


 そうなれば、あかりの消耗も激しいため、さすがに無傷というわけにもいかない。


 だが、私はそちらには向かわない。


「それで? オレを使ってどうしようと? 親切に教えてやるが、トイスはオレを人質に取ったところで何にもしちゃくれねえだろうよ」

「知ってるわ。あんたは確かに強いけど、ただの戦力だもの。トイスが助けるわけないでしょ」

「分かっちゃいるが、人から言われると傷つくな……」


 レックスは自由な方の手で、側頭部をかいた。動かせないように手足を凍らせてあるが、片手だけは動くようにしてある。凍って動かない方の腕を、私は掴んでいた。


 目的の一つは、反撃できるかもしれないと思わせることだ。これで、私たちを裏切る可能性について判断する。


 その真意にレックスが気づいているかどうかは微妙なところだ。その上、本気でかかってこられたら、片手であっても、あかりが負ける可能性が万が一つは、ある。


 ある種、賭けのようなものだ。まあ、目的はそれだけではないのだが。


「それで? この役立たずなおっさんに、何をさせようってんだ?」

「あんた、子どもがいるわよね。あたしたちより、歳上の」

「……」

「赤髪に緑の瞳。それから、高いところが苦手っていうのも、同じだったわね」

「まさか──」

「ギルデルド・マッドスタ。あんたの子どもでしょ?」

「……ギルデに何かしたら、タダじゃおかねえぞ」

「まあ、怖い怖い。あんたの方がよっぽど魔王みたいな顔してるわよ」


 そう、ギルデルドこそ、先代勇者レックスの子息だ。顔立ちはあまり似ていないが、先ほどあかりに確認したところ、事実であるという確証が得られた。


「今、ギルデがどこにいるか知ってる? ……知らないわよね。離婚するときのいざこざのせいで、一ヶ月に一回しか会えないんだから」

「──あかりが教えたのか」

「そうだけど? だって僕、まなちゃんにつくって決めたから」

「本当に、お前さんは勇者じゃなかったんだな」

「うん。最初からね。怒ってる?」

「……いんや、どーりで。弱すぎると思ったんだよなぁ」


 とはいえ、私たちもギルデの居場所は知らない。現在、ナーアたち四人に捜させているところだが、マナというエサがある以上、王都にいるはずだ。それが見つかり次第、次に移る。


 ──トイスが戦争を起こすだろうことは、容易に想像がついた。魔王城を爆発することも。あれだけセキュリティがなければ、侵入は容易い。だから、私はまず、城を放棄した。


「──まなちゃん、ギルデ、見つかったって」

「そう。よくやったって、伝えておいて」

「はいはい」

「……ギルデの顔を見せちゃくれねえか?」

「頼み事ができる立場じゃないわよ。残念だけど、ここには連れてこないわ」

「なんでだ? 拷問するとこでも見せつけた方が、オレは簡単になびく自信があるけどな」

「何されてるか分かんない方が怖いに決まってるでしょ? ──あたしは本気よ」


 信憑性を持たせるために、私は魔王らしく振る舞う。きっと、レックスも今さら、疑ったりしないだろう。瞳の鋭さで分かる。


「……何する気だ」

「そうね。少なくとも、あたしが思いつく限りのことは、すべて、実行可能だと思いなさい。例えば、爪を剥ぐとかね。まあ、綺麗に剥ぐから、綺麗に生えてくるわ。安心しなさい。あ、実際にやられないと痛みが分かんないわよね。凍ってる方はもう感覚もないだろうから、そっちの自由な手にするわ。大丈夫よ。爪が生えれば、剣も打てるようになるわ」

「──マジで、変わっちまったんだな、二号……いや、魔王マナ・クレイア」


 私は笑みを浮かべてみせる。非常に心は痛むが、レックスの爪一本で済ませる。これから起こることを思えば、安い犠牲だ。やるのがあかり、というところだけ少し、心許ないけれど。


 綺麗事だけでやっていけないのは、よく知っている。爪を剥がれる痛みも、昔、嫌というほど味わった。できればやりたくないけれど、仕方がない。


 魔王というのは、代々、悪逆非道の性格が引き継がれているのだ。それに、この戦力差だ。誰かの善意にかまけていては、勝利など絶望的だ。勝たなければ、戦犯として首を落とされる。それだけは避けたい。


「レックス、どの爪がいい? 選ばせてあげるよ。てか、うわ、めちゃくちゃきれいな爪だねえ」

「爪くらい整えておかなきゃ、仕事にならねえからな。まあ、小指にしておいてくれると助かる」


 そう言うレックスの額には、脂汗が浮かんでいて、それがただの強がりだということはすぐに分かった。


「うん。人差し指にしよう」

「おっと、選ばせてくれるってのは嘘だったのかい?」

「だって、小指力入んなくなったら、剣持つの大変でしょ?」

「──剣を持つってんなら、どの指でも同じじゃね?」


 あかりはレックスの人差し指を掴み、氷で作った器具に固定し、爪と皮膚の隙間に、氷の板を差し込む。


 ──昔、私が見た器具にそっくりだ。あかりもどこかで見たことがあるのだろうか。そうでなくては、こんなものは作れない。


 嫌な記憶が刺激されて、私は思わず目を背けそうになる。だが、そんな様子を表に出していては、レックスの協力は仰げない。無慈悲な王として、私は君臨しなければならないのだ。


「大丈夫よ。魔法ですぐに治してあげるから。安心しなさい」

「……そりゃ、お気遣いありがとさん」

「じゃあ、行くよー。さん、にいっ!」


 直後、レックスの絶叫が響き渡った。


 あかりも、よく躊躇わずに剥がせるものだ。まるで、慣れているかのようだった。

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