第6-24話 答え合わせがしたい

「とりあえず、最後の質問に答えるなら──そうだよ。榎下朱里は、もうとっくに死んでる。十年前にね」


 そう、私は、死人と話していたわけではない。


「あんた、本当は、えのしたあかねって名前なんでしょ。それで、あかりは、あんたの妹なのよ」

「そ、正解。僕は榎下朱音だよ。さすがまなちゃん。よく分かったねえ?」

「分かるわよ。あたし、賢いから」

「──あははっ、それ、自分で言う? いででででっ」


 私は、あかりの耳を引っ張って、離した。


「あんた、あたしにクマを差し向けるなんて、どういうつもりなのか、説明してもらおうじゃない?」

「いや、予想はつくでしょ?」

「あんたの口から説明しなさいよ。引きちぎるわよ?」

「ひえっ。えーっとねえ。まなちゃんが、あまりにも願いを使わないから、どうしてかなーと思って。命の危機に瀕したら、さすがに使うんじゃないかなーと思ったんだけど」

「けど?」


 あかりは、肺にいっぱい空気をつめて、どこか痛そうな顔をしてから、吐き出した。それから、間を置いて、再び口を開く。


「……マナに、邪魔されたんだ。なんでか知らないけど、僕がしようとしてること知ってたみたいでさ。ヒートロックを発火させて山火事も起こしたんだけど、まなちゃん、諦めずにチア草探したじゃん? そのときも、マナが守ってたらしいよ」


 ──あのとき私を助けてくれたのは、ギルデルドだけではなかったということだ。私が誘わなくても、マナは私を守ってくれていたのだ。てっきり、止めると思っていたのだが、そうはしなかったらしい。


「……そもそも、なんであたしがチアリタンに行くこと、知ってたの?」

「そりゃ、監視してたんだから、知ってるに決まってるでしょ」

「れなの手紙を読んだってこと?」

「僕はね。チア草のこともそこで知ったんだ。マナはそういうことしないだろうから、なんで知ってたのか知らないけど。あの子、元々、少し未来が見えるようなところがあるからさ」


 しれっと、人の手紙を読むとは、一体、どんな神経をしているのだろうか。まあ、今に始まったことではないけれど。


 クマを操ったりしているし。山火事も平気で起こすし。ノラニャーを利用して、仲良くなろうとしてくるし。


「あんたって、本当に心がないのね」

「その言葉に傷つく心は持ってるけどねえ」

「それで、あんたが動物に襲われたのは、あのクマを操ったからって思えばいい?」

「そうだろうね」

「……目をくりぬいたりはしてないよね」

「さすがにそこまではしてないって。もともと、どこかで落っことしてきたみたいだよ」


 疑いの眼差しを向けると、あかりは肩をすくめた。嘘ではなさそうだ。


「まあ、聞きたいことは山ほどあるけれど、今はいいわ」

「あれ、聞かないの? てか、今が聞くタイミングじゃない? 今を逃したらいつ話す機会が来るか、分かんないよ?」

「空元気なんて、見てても虚しいだけよ。あんた、話したくなさそうだし。マナのこと考えてたら、なんか、疲れてきちゃった。はあ……」

「空元気でも元気は元気だよ。そうじゃないと、やってられないって」

「──あーもうやーめた! やめやめ。もう今日はこれ以上歩きたくないわ」


 私は、モンスターに囲まれた平原のど真ん中で四肢を投げ出す。あかりもその隣に座った。


「酒でも飲んで、全部忘れたいわね……」

「はあ、飲める人はいいねえ」

「飲めないの?」

「うん、まったく」

「へえ……。じゃあ、あたしも飲まないでおくわ」

「どのみち、お酒なんてここにはないけどね」


 すっかり、辺りも暗くなっていた。私は星を眺める。


「きれいな星空だね」

「そうね。三人──いいえ、四人で、見たかったわ」

「……そうだね」


 まだ、マナが亡くなったのは、たった、数時間前のことだ。そうとは思えないほどに、色々なことがあったような気がする。


 立ち止まっている暇などないから、私は、悲しみの中でも進まなければならない。それでも、やっぱり、どうしても、まだ、進む力が出なかった。


「あんた、マナのお葬式って、どうするか考えてたりする?」

「めっちゃ行きたいけど、検門があるから無理かなあって」

「……魔法でどうにかできない?」

「無理無理。そんなことできたら、壁なんて壊してないって」


 ダメ元で聞いてみたが、やはり知っての通りだ。やはり、水晶を壊して、通り抜けるしか──、


「──いえ。方法はあるわ」

「お、何々?」

「あたしが魔王になれば、戦争のない今、王国はあたしを葬儀に呼ぶことになる。魔王はずっと、ルスファの王家と繋がりを持ってきたの。マナが亡くなったのにその知らせも寄越さないなんてこと、できないはずよ」

「難しくて分かんないけど、とりあえず、まなちゃんが魔王になればいいってこと?」

「ええ。それに、魔王は人間の法律で裁けないから、あたしの指名手配もなくなるし」

「やっぱ、魔王ってすごいんだねえ」

「すごいに決まってるでしょ。本来、あたしなんかがなるようなもんじゃないのよ」


 魔族たちを従えるほどの力を、きっと私は持たない。だから、早く、「ルスファ王国の中の魔族の国」なんていう、馬鹿げたものをなくす。


「あんた、あたしを瞬間移動させるのに、何日休めば足りる?」

「んー、三日くらい? あれ、お葬式っていつやるの?」

「通夜が明日で、葬式とか告別式が明後日じゃない? 通夜はどう考えても間に合わないから、あたしたちが参加できるのはその後だけね。まあ、女王が亡くなってるわけだし、一般向けのもっと大きな式が開かれるかもしれないけれど」

「えーっと、何が違うのか分かんないけど、つまり?」

「いよいよ、休んでる暇もなくなってきたわね。あかり、ついに財布の出番よ」

「出番、早いなあ」


 財布と言っても、だいたいの人は魔法通貨を利用するので、現金を持ち歩く人はそういない。ほとんどが、魔法が使えない子どもの使用に限られる。


「手段を選んでいられないわ。新幹線で行きましょう」

「身バレしない? 大丈夫かな?」

「大丈夫よ。バレたら全員倒すわ」

「いや、さすがに逃げようよ」


 あかりの風の魔法に乗って、私たちは空を飛んで平原を越え、次の駅に向かった。追っ手に気づかれないよう、透明になる結界を張っていた。魔法が発達する世の中では情報の伝播が速くて困る。


 つい、いつもの癖で小学生料金の方を押すと、あかりにすごく馬鹿にされた。私は肘鉄を食らわせて、堂々と改札を通った。もちろん、フードくらいは被っていたけれど。


 目視で怪しい人に声をかける程度だったので、奇跡的に気づかれなかった。きっと、親子にしか見えないから、気づかれないのだろう。失礼な話だ。まあ、自分で言っているだけなのだが。


***


 翌日の昼過ぎ。あかりにネムルンの作り方を教え、何人かを穏便に眠らせて、私たちは無事、魔王城にたどり着いた。


 さすがに、魔族の領地に近づけば、検門が厳しくなる。このご時世に、魔族の領地に向かうというだけで怪しいのだ。そうして、私にフードを外せと言った人たちは全員眠った。いやあ、不思議なこともあるものだ。寝不足だろうか。


 それから、ル爺に事情を話すと、ナーアを連れてきてこう言った。


「現在、この城ですべての権限を持っているのは、ナーアにございます。今後、御用の際は、彼女にお申しつけください」


 と。ル爺は雑用らしい。そして私は、慣れないナーアに即位を急がせていた。


「あたしは手紙を書いておくわ。貴族のこととかは、よく分かんないけど」

「分かりました! ルスファ国王以外の方々への書状は、ルジに代筆させます」


 ナーアは舌足らずな様子だったが、言っていることはいやにしっかりしていた。


「……大丈夫? 達筆すぎて読めない、なんてことになったりしない?」

「大丈夫です! 今の時代、魔法にもワープロという技術がありますので」

「へえ……?」


 そもそも、わーぷろが何か分からないが、まあいい。後で調べよう。


 そうしてル爺のお手本を見ながら、見よう見まねでトイスに手紙を書き、ナーアに最終確認をしてもらって、リュックに入れる。


「ユタの葬儀って、何かしてる?」

「ユタザバンエ様のご葬儀に関しましては、現在、保留にしております。ユタザバンエ様のご家族は今や、まな様お一人しかおられません。そのため、まな様のご意志を尊重したいと考えております」

「そう……。葬儀は一般に向けてもやるつもりだけど、詳しいことは帰ってきてから話しましょう。それで、即位って、どのくらいかかるの?」

「すぐにできますよ! 即位自体は、特別な儀式などは行わず、書類にサインしていただくだけですので」

「へえ、そんなもんなのね……。それから、ルスファの王国から、訃報とか届いてない?」

「はい。今朝、届きました。葬儀、告別式は明日の夜十時から行われるそうです。付き添いのあかりさんと、お二人でご参加されますか?」

「ええ」

「では、衣装の方も手配させていただきますね」


 手際のいいナーアに感謝して、私は何が何やら分からないまま、流されていた。

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