第6-20話 罪を犯させたくない

 城の警察に、何度も何度も、同じことを繰り返し尋ねられて、同じように説明をした。


 やっと、解放されたと思ったら、今度は牢屋に入れられた。リュックはもちろん没収され、服をすべて着替えさせられ、ナイフも指輪も取られてしまった。


 ──いつかと同じように、トイスがそこにいた。成長しても目だけは大きくて、相変わらず整った顔立ちだ。


 視力を失った片目には眼帯がつけられていた。


「今は、あんたが王様なのね」

「兄さんが戦死して、母さんが病死して、姉さんが死んだからな」

「モノカは?」

「あの人は、五年前の戦争を引き起こした戦犯だろ」

「は? どういうこと?」

「本当に何も知らないのか。……昔から変わらないな」


 トイスはそれ以上、私の問いかけに答えることはせず、私の胸ぐらを掴んで宙に浮かせると、そのまま壁に押しつけた。


「うっ!?」

「お前のせいで、姉さんは死んだんだ……っ。お前さえいなければ!」


 息ができない。苦しい。足がつかない。


「なんで、お前なんかの代わりに、姉さんが死ななければならない……! お前のせいだ……お前が、姉さんを殺したんだあああっ!!」

「ぁ、ぐ……っ」


 このままでは、本当に死んでしまう。ダメだ、死にたくない。死にたくない。死にたくない。


 トイスに、殺人の罪を、背負わせたくない。ユタのように、なってほしくない。


「殺してやる……。死ね! マナ・クレイア!!」


 力が強い。引き剥がせない。少しの隙もない。声も上げられない。


 全身の力が抜けていく。なんとかしないと。なんとか、しないと。なんとか……。


 ──そのとき、トイスが私から手を離して、振り返り様に剣を振った。結果、私は床に投げ出され、咳き込む。


「……邪魔をするな」

「いや、するよ? まなちゃんに、守ってって言われてるからさ」


 声のする方を見上げると、トイスに立ちはだかる、あかりがいた。


 すると、瞬きのうちに、私はあかりの元に引き寄せられていた。私と同じく、目で追えなかったのか、トイスが、驚いた様子を見せる。


「大丈夫?」

 これが大丈夫に見えるなら、あんたの目は綿でできてるのね。


 ──とでも、言おうとしたが、声もろくに出せそうになく、咳き込みながら、首を縦に振った。


 金属がぶつかり合うような音が、連続して鳴る。視線を上げると、トイスとあかりが剣を持って向き合っていた。あかりの剣は氷で作った即席物のようだが、向こうは真剣だ。


「まなちゃん、荷物どこ?」


 私は首を横に振った。


「あの指輪だけは、返してもらわないとね」


 できれば、ナイフもリュックも取り返してほしいところだが、指輪の方が優先順位は高い。それを伝える余裕はない。


「どけ、あかりさん。そうでないと……殺す数が増える」

「やめておきなよ、トイス。君に殺人は似合わないって。それに、君が僕に敵うわけがないじゃん?」

「分かった。──殺す」

「あー、何も分かってなさそうだねえ……」

「……お前が戦いに参加してくれさえすれば、兄さんは──」


 あかりは私を連れて、瞬間移動をしたらしい。気がつくと、知らない場所にいた。周りは木で覆われている。


「はあっ、はあっ……これ、きっつ……!」


 爆発テロのときのことを思い返せば、私に瞬間移動を使えば、マナでも気絶するのだ。あかりの魔力がいくら高いとはいえ、疲れを感じないはずがない。むしろ、意識があるだけさすがとも言える。


「なんで……」

「ん、何が?」

「あたしを、助け……られたの?」

「ま、僕、たいていのことは魔法でできちゃうからさ? いわゆる、天才ってやつ?」

「うっざ……」

「うわ、刺さるー」


 そういう話ではない。あかりの実力は、今さら疑っていないのだ。


 殺したいほど憎い相手を、どうして、躊躇いなく助けられたのかという話だ。


「怪我とかない?」

「え? ええ。とにかく、本当に感謝してるわ。ありがとう」

「──どういたしまして」


 あかりはなんとなく、嬉しそうに見えた。なぜそんな顔をするのか、私には分からなかった。


 だが、私を通して、マナの姿を見ているであろうことは、なんとなく分かった。


「それで、ここはどこ?」

「ああ、その辺の、なんか高い山」

「もしかして、チアリタン?」

「あーそれそれ。多分」


 だとすると、それはそれで、まずいことになった。チアリタンには、チアリターナがいるのだ。


「……いいえ。むしろ、いい機会かもしれないわね」


 そう言う私の声は震えていた。喉がおかしくなったのかと思い、手を伸ばすと、その手が震えていた。


 それに気づいた瞬間、全身の震えが止まらなくなった。止めようとするごとに、震えはどんどん大きくなっていく。


 ──殺されかけた。その事実に、今、脳が追いついたのだ。


 本気の殺意を向けられるのは、これが初めてだった。


 本当に死ぬかと思った。殺されると思った。殺させてしまうと思った。


 マナとよく似たあの顔が、憎悪に歪んでいるのを見ながら、私の人生は終わるのだと。何もできないまま。


 そのとき、震えの止まらない手が、強く握られた。


「大丈夫だよ。君は、僕が守るから」


 それだけのことで、ふっと震えが止まった。不思議なほどに、心が落ち着いた。


「あんた、すごいわね……。魔法にでもかかったみたい」

「あははっ。それは良かった。あ、それから、これ」


 見ると、あかりの手には、指輪とナイフが握られていた。


「いつの間に……!?」

「時を止めれば難しいことじゃないよ。ま、ちょっと、戦いになっちゃったから、リュックは取り返せなかったけど」

「は? あんた、トイス以外とも戦ったの?」

「うん。僕以外にも、あの城には、時を止められる人がいるからね。無視ってわけにもいかなかったからさ」

「……相変わらずイカれてるわね」

「何それー、せっかく助けてあげたのにさあ?」

「いい意味よ、いい意味」

「なんだ、いい意味か。それなら……あれ? ほんとにいいのかな……」


 つまり、トイスとの戦いの最中、どこかのタイミングで時を止め、別の相手と戦い、指輪とナイフを取り返した後で、隙をついて私をここまで運んだというわけだ。


 あまりにも、当たり前のように言うから、それが普通なのかと、錯覚してしまいそうになるが、どう考えてももっと詳しく語るべきことがたくさんあるような気がしてならない。


 まあ、それがあかりなのだが。


「いいのよ。それじゃあ、魔王城に向かいましょうか。魔法は使える?」

「さすがに、今日は無理」

「じゃあ、とりあえず、歩いていくしかないわね。休んでる暇はないわ。行くわよ」

「うん。──あ、ちょっと待って」

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