第6-17話 救えない自分

 玉座の間に着いたが、トレリアンの城とは違って見張りがいなかった。そもそも、人の気配がない。


 ナーアが出ていった玉座の間で、私とユタは二人きりになった。ユタは玉座で長い足を組み、頬杖をついていた。すっかり、魔王だ。


 そして、ここにも、玉座以外にそれらしいものは何もなかった。


「ずいぶんとモノや人が少ないのね。コスト削減? 断捨離ってやつ?」

「ふっ。お前が、そんな冗談を言うとはな。──魔王は恨みを買うのが仕事みたいなものでな。遠い昔、使用人全員に裏切られて殺された魔王がいたのだ」


 しばらく会わないうちに、弟の話し方が変になっていた。


 元々、父を尊敬して、真似ているところはあったが、まさか、本当にこんな話し方になってしまうとは。ショックが大きい。


「そう、人を増やしたくても、増やせないのね」

「ああ」

「それにしても、少ないわね。何人いるの?」

「門番の二人と、ナーアとルジの四人だ」

「それにしたって……やっぱり、少ないわよ。昔はもっといたはずだわ」


 私とまゆみを監禁していたときは、もっと、多かったはずだ。


「全員、解雇した。四天王とやらもいたそうだが、先の戦争でそのほとんどが破れた。生き残ったのは一人だけだが、それとも縁を切った」

「そう──」

「それで、用件は何だ?」


 色々と、思うところはあったが、先に用件の方を済ませてしまおうと考える。


「昨日、誕生日だったでしょ? 一日遅れたけど、プレゼントよ、ありがたく受け取りなさい」


 私はユタに杖を差し出す。ユタは杖を受け取り、くるくると、回して見る。


「これは──気に入った」

「それは良かったわ」

「余からも、お前にプレゼントをやろう。同じく、誕生日だっただろう?」


 魔王の一族は、時期を調整して子どもを産むため、ほとんど全員、四月二日生まれだ。誕生日が一回で済む。


 ──生きていれば、れなも魔王も、昨日が誕生日だった。


「借金取りにでもあったみたいだけど、プレゼントなんて用意してあるの?」

「──」


 私はユタに、渡したばかりの杖を差し出される。困惑しながらも、私はそれを受け取る。


 そのとき、すごく嫌な予感がして、私はユタの手を咄嗟に掴んだ。酷く、冷たい手だった。顔は微笑を湛えていて、いつかのまゆみと重なった。


「──離してくれ」

「嫌」

「こんな歳になって、姉と手を繋ぐのは恥ずかしいから、手を離せと言っているのだ」

「嘘。あたしは、覚えてる。あの日、まゆみも、同じ顔をしてた。あんたやまゆみみたいなのは、なんでもないように振る舞うのが得意なのよ」


 大きな城には、何も残っていなかった。使用人も、最低限しか置いていない。そう、すべて処分したからだ。


 残しておくと、残された者に処理を任せることになるから。 


「まゆみは、何も残していかなかった。前の日に切った髪だけが残ってたの。──それ以外、まゆみが生きてたことを示すものは何もなかった」


 髪の毛を伸ばす魔法はない。だから、まゆみの毛でエクステを作った。それを毎朝セットして、サイドテールにしていた。まゆみのことは考えないようにしていたから、私も知らなかったけれど、無意識の内に肌身離さず持ち歩いていた。


「あんたもそうでしょ。全部片づけて、それで、終わらせる気なんでしょ?」

「──お前を侮っていた。魔法が使えないから、止められることはないだろう、とな。まさか、気づかれるとは」


 私は、座ったままのユタの頭を横から引き寄せて、思いきり抱きしめる。


「ごめんなさい。一人にしないって、約束したのに……!」


 本当は、自殺なんて考えているユタに、怒りをぶつけたかった。気の済むまで罵って、謝らせたかった。


 だが、それを、押し殺した。自分にその権利がないことは、よく分かっていた。何を言っても響かないことくらい、分かっていた。


 それでも、謝るしかなかった。八年もの間、彼を一人にしたことを。


「泣くことはないだろう。母が亡くなったときでさえ、お前は涙を流さなかったではないか。ボーリャや父、れなの葬式にも顔を出さなかったのに、今さら、余にだけは死ぬなと、そう言うのか?」

「ええ、言うわ。──れなを殺したのが、あんただったとしても。そんなの、関係ない」


 ユタは、カムザゲスの死後、魔王の血筋を根絶やしにした。


 根絶やしにする事件が起きたと聞いて、すぐに犯人はユタだと分かった。私がその立場なら、きっとそうしていただろうと思ったから。


 そして、今、魔王の血を継ぐものは、私とユタしかいない。


「王家の血筋が残っていては、永遠に戦争は終わらぬ。よって、今日この日をもって、余は貴様を殺し、自ら命を絶ち、この戦争を終わらせる。あとは、貴様と余の首だけで終わるのだ。簡単な話だろう?」

「ごめんなさい……。本当に、ごめんなさい……っ」

「そう泣くな。死んだ後の顔が、泣き顔になっては、お前も恥ずかしいだろう。そんなに死ぬのが嫌か?」

「嫌にきまってるでしょ……死にたくないし、あんたは死なせない」

「ふははっ。──貴様は余を、孤独の中に捨てたのだ。今さら戻ってきて何を言われたところで、やめるつもりはない」


 いつもそうだ。気がつくのが遅すぎた。ここには、確かに、命がある。それでも、もう、心はとっくに、手の届かないところへと行ってしまっていた。


「姉さん……オレを、死なせてくれ」


 私は首を振って、否定する。それしかできない。


「もう、この手は汚れきってしまった。多くの血を見た。皆、オレが殺した。──聞こえるんだ。死者の声が。オレを呪う声が。だから、早く、死ななければならない」

「何勝手に決めてんのよ……。あんたはまだ、生きてるじゃない。死ぬことを望まれたって、生きて、苦しんで、罪を償ってよ!」

「──じゃあ、なんで、もっと早く、そうやって叱ってくれなかったんだよ?」


 そう。遅すぎたのだ。時間が、永遠に解決できなくしてしまったのだ。


 ──腹部に、鈍い感触があった。


 見ると、私の腰からナイフが抜かれていて、それが、腹に刺さっていた。徐々に膨れ上がる痛みは、熱と錯覚するほどだった。


 体の力が抜けて、視界と意識がさまよう中、私は何とか手を伸ばし、ユタの足首を掴む。痛い。痛いしか、考えられない。それでも、必死に、思考を手繰り寄せる。


「生きてよ……っ!」

「──ごめんなさい」


 何もかも、分からなくなる寸前、私は確かに、ユタの首が飛ぶのを見た。


 ──ああ、やってしまった。やっぱり、私は、終わってからしか、過ちに気づけない。


 ユタの力は膨大で、常に、無意識の魔力を身にまとっているほどだ。そんな彼に、ナイフなど、通用するはずがない。一人で死ぬこともできないほどに、ユタは強くなりすぎた。


 だから、私を呼んだのだ。私が触れている間だけ、魔法が使えないから。その間だけは、ナイフが通るから。


 もっと早くに、死んでおけばよかった。そうすれば、ユタは死なずに済んだのだ。



 私は、救いようがないほど、愚かだった。

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