第6-16話 ナーアを可愛がりたい
電車を終点で降りる。静かだった。駅周辺はほとんどが住宅で、駅に駐車場はない。周辺のほとんどの人は、バスを利用しているようだ。
正面には、魔王城が見えた。距離は遠いが、一本道になっており、遮るものがない。攻め込まれたら、一瞬で陥落しそうだ。
──あそこから、逃げてきたときは、こんな風だっただろうか。あまり、よく覚えていない。
「まあ、迷いようがなくて、助かるわね」
歩いていくには少し遠いように見えたが、貯金は使い果たしてしまったので、仕方なく急いで歩くことにした。
──それから、一時間ほど歩いただろうか。ようやく、魔王城の門前にたどり着いた。
「通してくれる? 魔王に会いたいんだけど」
「アポは取っていらっしゃいますか?」
「アポ……?」
社長に面会するかのようなことを聞かれた。当然、取っているわけがない。
「昨日、パーティーがあったでしょ? ちょっと、遠いところにいて、戻ってくるのに間に合わなかったのよ。入れてくれる?」
「魔王様に確認してみますので、お名前を」
「マナ・クレイアよ」
そのとき、門番の顔に衝撃が走った。魔法が使えないのは見れば分かるだろうし、白髪の女なんて、魔族の国では特に目立って仕方がない。角と尻尾も見せれば完璧だ。私自身が「まな」であることは、疑いの余地もないだろう。
「──失礼いたしました。どうぞ、真っ直ぐお進みください。中の者に案内させます」
「はあ……。どこの国でも、お城っていうのは、堅苦しいわね」
そうして、扉の前に立つと、内側から開かれた。どうして、城というやつはこうも入り口を大きくしたがるのか。
「お帰りなさいませ、まな様」
きれいなカーテシーを見せてくれたのは、青髪の少女だった。顔を上げると、宝石のようなピンクの瞳が目に入った。何より、頬に青いダイヤのペイントがあった。
見間違うはずがない。あのときの、さたたんだ。
「──あの……どこかでお会いしたことがありますか?」
彼女の問いかけに、私はなんと答えたものかと、悩み、眉間のシワを揉む。すると、少女は同じように眉間にシワを寄せて、それを指で伸ばしていた。
「えっと……」
「あ、失礼いたしましたっ! 私は、ナーア・ウーベルデンと申します」
「そう、ナーアっていうの……。誰につけてもらったの?」
「兄? が持っていた写真の裏……か何かに書いてあったとか。あ、兄は、ずいぶん前に亡くなったんですけど、あああ、私は幼かったので、全然覚えていませんが、お気遣いはいりませんが。えっと、生前、所有していた物の中に、何か、そういった物があったそうです」
やはり、詳しくは、聞かされていないらしい。兄というより、親子でも通じるくらいの歳の差があったはずだが。そもそも、五十年もタマゴにいた時点で、年齢などたいして関係ないのかもしれない。
「──あはは」
「わ、私、何か変なことを言ってしまいましたか?」
「いいえ。あたしは、あなたのお兄さんと、友だちだったのよ」
「へー、そうだったんですね! どんな人でしたか?」
「そうね……。ちょっと、変な人、だったわね」
「ちょっと、変?」
「ちょっと? いや、だいぶ変だった気も……」
「ど、どういうことですか!?」
そうしてナーアをからかって遊んでいると、視界の端に、緑のフードを被った、ナーアよりも背の低い影が映った。どこかで見たことがあるような気がする。
「──ナーア」
その声に、私は驚いた。聞き覚えのある声だったからだ。その人物がフードを外すと、そこには、大きな頭にシワだらけの顔がついていた。
「あわわ、お、お爺ちゃん……も、申し訳ありません、まな様──」
「申し訳ございません、じゃっける」
「ももも、申し訳ございません、まな様! すぐに、ご案内させていただきます!」
「急ぐことでもないわ。──久しぶりね、ル爺。覚えてるかしら?」
ルジ・ウーベルデン。元々、先代の魔王に仕えていたそうだが、崩御した今も、現魔王に仕えている様子だ。
「──お久しぶりです、まな様」
「そんな話し方もできたのね。それに、昔と全然変わってないわね」
「まな様は、よりいっそう、お美しくなられましたね」
「そんなことも言えるのね……。でも、これで前よりきれいになったなら、前がよっぽど酷かったのよ。たいして変わってないから」
「いえいえ、そんなことはございません」
ル爺の話し方は、なんとなく、気に入らなかった。気に入らないのは、そこだけではなかったけれど。
「まあ、後で話しましょう。ナーア、案内してくれる?」
「あ、はいっ! こちらです、どうぞ」
長い通路に足音が響く。装飾品の少ない廊下だ。適当な部屋をいくつか見せてもらったが、簡素で、本当に、何もなかった。
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