第6-15話 誕生日を祝いたい

 その日。マナは私を魔王城まで送っていくと言った。しかし、私は断った。


「あんた、女王なんだから。そろそろ、国に戻りなさいよ」

「嫌です! まなさんと一緒にいたいんです!」

「あんたはよくても、みんなが困るでしょ」

「なんで……なんで、そんなこと言うんですか! まなさんの、ば、馬鹿!」

「……はあ? あんたが、魔王を追い詰めたせいで、命狙われるかもしれないって、心配してるんでしょ!? ついてこないで!」

「むうう……!」


 駅までマナはついてきたが、私は無視して小学生の方を押す。マナはひょっ、と驚いた顔をしていたが、特に何も言わなかった。


「じゃあ、あんた、ここで待ってなさい。行って戻ってくるだけだし、まあ、何もないでしょ。仕事も、トイスあたりに任せておけばいいわ」

「どうして、ユタさんに会いに行くんですか?」

「さっき言ったと思うけれど」

「反対の頬も叩かれたいんですか」


 私は反射的に、痛くない方の頬を手で隠す。


「……誕生日プレゼントを用意してあったから、一応、渡すだけ渡そうかと思って」

「何を用意したんですか?」

「杖よ。後ろについてる宝石に魔力を込められるらしいわ。魔王になったら、これから魔法を使う機会も多くなるだろうから、こういうのがあると楽かもって。それに、杖持ってる方が、魔王っぽいでしょ?」


 私はリュックから、杖を取り出す。真っ黒な木でできた短い杖だ。魔法を使う際の負担を減らすらしい。末端には翠の宝石がついていた。


 先日、大陸の南端にいたときに、海外からの輸入品を扱っている店で見つけ、いかにも怪しげだったが、一目惚れして購入した。


「こんなことをお尋ねするのもなんですが──いくらしたんですか?」

「トンビアイス一万個分くらい。多分、人生で一番高い買い物だったわね」


 このご時世においても、トンビアイスは値上がりしない。物価は確実に上がっているはずなのだが、さすがトンビニ。


「そのために生活を切り詰めていたんですか」

「まあ、そうと言えなくもないわね。それに、別に三日くらい食べなくても、わりと死なないものよ。……あ! もしかして、あたし、騙された……?」


 そう尋ねると、マナは杖を手に持って、表面を撫で、角度を変えながら、先端の宝石を眺める。


「その逆ですね。ホームレスの冒険者が手にするには、一生かかったとしても高級すぎる品かと」

「それはよかった。ちなみに、本当はいくらするの?」

「まなさん風に言うなら、トンビアイスがその十倍は買えますね」

「十、倍……っ!?」


 私はその、何の変哲もないただの杖を見つめる。


「もしかして、これを売ったら、一生働かなくてもいいんじゃ……?」

「はい。それどころか、このまま単身でホームレスを続けるのなら、お釣りが来ますよ」

「一日一食、ご飯が食べられるってこと!?」

「五食くらい食べても大丈夫だと思います」


 ──どうしようか。ふふふ。どうしよう。いや、よくない。よくないよね。よくないんだけどね。うふふふふ。


「……いいえ。これは、ユタにあげるって、決めたんだから。売るわけには……。いや、でも、売ったお金で別のを適当に買えば……」


 マナが生暖かい瞳で見つめていたので、私はその杖をリュックにしまった。お金の話は、聞かなかったことにしよう。


「あ、そうだ。マナ、いつか、指輪が欲しいって言ってたでしょ?」

「はい、確かに言いましたが……」


 私は自分の親指の指輪を外し、マナの左手の薬指につける。サイズもピッタリだ。


「やっぱり、これ、婚約指輪なんでしょ?」

「──よく分かりましたね」

「壊そうとしたとき、ちょっとためらってたでしょ? そうじゃなきゃ、あかりが止める前に粉々だったわよ」

「相変わらず、素晴らしい観察眼ですね。愛してます」


 そうして、マナは屈んで、抱きついた。改札手前で、人通りは多い。


「ちょ、ちょっと。すっごく見られてるんだけど」

「まなさんは小学生なんですよね? 年の離れた、とても仲の良い姉妹くらいにしか見えないかと」


 ちらっと、嫌味を言われた。悪いことをしている自覚はあるので、何も言えない。


「……あんた、自分が有名だってこと忘れてない?」

「こんなところに本当の女王がいるなんて誰が思うんですか。大丈夫ですよ」


 そんな風に言い訳をして、しばらく、離れてくれそうになかった。電車を三本ほど見送ったような気がする。本数は多いので困りはしないけれど。


「本当に抱きつくのが好きね」

「──どこにも行かないでください」

「ユタのところに行くなって言うの?」

「早く行ってください。大遅刻ですよ」

「あんたのせいで余計にね!」


 やっと、離してもらえた。顔を見上げると、マナは、すごく心配そうな顔をしていた。


「大袈裟ね。死にに行くわけじゃないんだから」

「──ユタさんを、守ってくださいね」

「え?」


 それは、どういう意味かと、尋ねようとしたとき、電車が入ってくるアナウンスが鳴った。もう一本遅れると、今度は帰りがいつになるか、分からない。


「行ってください」

「え、ええ……」

「指輪、後で返しますね」

「分かったわ。ちゃんと、待ってなさいよ」


 私は閉まりかける扉を見て、慌てて電車に乗り込む。


「飛び込み乗車はご遠慮ください」

「すみません!」


 そうして、ようやく、私は魔王城へと向かった。

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