第5-25話 音の正体を知りたい
「──!」
「まな、どうかした?」
「……いいえ。きっと、気のせいね」
なんとなく、何かが、取り返しのつかないところに行ってしまった気がした。しかし、それは一瞬のことで、これより後に思い出すこともなかった。
私は、タマゴに抱きつく。温かい。生きているという感じがした。盗聴器は撤去したとハイガルは言っていた。つまり、好きに喋っていていいらしい。ル爺もパーティーの手伝いをしているみたいだし、声が外に漏れても、何も問題はない。
外部の人が来ないのかと思うかもしれないが、実は、この建物は一部の人間と魔族にしか見えず、見える人しか入居できないのだ。ル爺が郵便物を代わりに受け取ってくれるのも、このためだ。
「タマゴータマゴー」
「タマゴっタマゴっ!」
とはいえ、まゆの声が録音できるはずもないので、端から見たら、一人で喋るヤバイやつになっているだろう。まあ、今に始まったことではないけれど。トレリアンでも、アルタカでも同じような失敗をしているし。
そのとき、コツンコツン、という小さな音が聞こえ始めた。
「……何、この音?」
「コツンコツン聞こえるね」
「どこから──?」
私はタマゴを抱えたまま、部屋の中を捜索してみるが、音が小さくて、いまいち、音源を特定できずにいた。
「タマゴータマゴー」
「タマゴっゴっ!」
「タマーゴタマゴー」
「タマタマゴー!」
適当にまゆと歌いながら部屋を移動していると、コツンコツンが、パカッに変わった。大きな音だったので、音の方向がハッキリと分かった。
「タマゴっ!?」
「あ、ちょっと割れてる!」
「え、今、孵るの!? 嘘でしょ!?」
「まな、落ち着いてー」
「ちょっと待って。──そもそも、これ、なんのタマゴ?」
「ドラゴンとかだったらどうしよー!」
「ない、絶対ない、それなら、あたしに頼まないって!」
まゆはわくわくしながら見守っていたが、私は、緊張どころの騒ぎじゃなかった。頭の中がパニックだった。タマゴから何かが孵るのだ。孵化する時期に差があるということは聞いていたけれど、まさか、今日になるとは思いもしなかった。
「予定より早いのかしら……。ど、どうしよう……」
そのとき、扉がゴンゴンと叩かれた。先ほども夢の中で聞いていたような気がする。ハイガルにお客さんだろうか。この宿舎に入れる人など、相当限られていると思うけれど。
ここだけ、他とは違ってしっかりとした扉だ。覗き穴もついていたので、私は背伸びをして、そこから覗いてみる。届かない。跳んで、なんとか、そこに、桃色の髪を確認した。私は、扉を開ける。
「まなさ──」
「ちょっと、来て!」
私は、マナの手を掴み、中へと連れ込み、扉と鍵を閉める。今日は用事があるとしか伝えていなかったので、マナも混乱しているだろうが、緊急事態だ。仕方がない。
「マナ、どうしたらいい!?」
タマゴはすでに、半分ほど割れていた。頭の天辺だけ姿を出していて、そこに角があるのが確認できた。
「しかも、悪魔だわ……」
「悪魔? 悪魔はモンスターなんですか?」
「ええ。タマゴから生まれるのはモンスター。角が生えてるモンスターが悪魔。それ以外で角が生えてたら、人魔族よ」
悪魔といえば、狂暴な個体が多い。子どもであるだけまだましだが、それでも、生まれた直後にどのような反応をするかは、未知の部分が多い。特徴的な産声を上げる個体もいるけれど。
「それに、個人で悪魔のタマゴを取引することは禁止されているわ。お父さん──魔王に許可を取っているなら問題ないけれど」
ハイガルの様子から見て、そういうわけでもなさそうだ。ル爺にすら隠していたということは、おそらく、私にしか言っていないのだろう。なぜ私なのか、疑問ではあるけれど。
そうこうしているうちに、ヒビはさらに大きく広がり、中から黒い翼が姿を現す。
「翼!」
「翼があると、何か不都合があるんですか?」
「好戦的な悪魔が多いイメージね……」
そうして少しずつ、着実にその姿が現れるのを、私たちは緊張しながら見守っていた。そして、ついに、殻がすべて剥がれ落ちた。
その姿を一言で表すなら、手のひらサイズの人の赤ちゃんだった。産まれたばかりだというのに、宝石のようなピンクの瞳はぱっちり開かれており、首も座っている。青髪と、右頬についている、青いダイヤのボディペイントのような模様が特徴的だ。
数秒で立ち上がったその悪魔には、翼と尻尾と角が生えており、私がその顔をじっと見つめると、その悪魔も、私の顔を見つめ返してきた。
「がおー」
その子の第一声は、それだった。となれば、もう見間違いの可能性もない。私は持っていた知識の中から、ある種族と目の前の存在を一致させる。すると、冷静な判断でタオルを持ってきたマナが、その子をくるんで抱き上げた。
「がおおっ」
すると、悪魔は、その眉間にシワを刻んだ。それを見たマナは、私に差し出してくる。
「む、無理! 赤ちゃんなんて持ったことないし──」
「でも、まなさんの方に行きたがっていますよ」
「なんで??」
「おそらく、最初に見たのが、まなさんだからですね。親だと勘違いしているのかもしれません」
「確かに、そういう話を聞いたことはあるけれど……」
私は、マナに赤子を布団の上に置いてもらい、抱き上げてみる。
「首、折れたりしない? ずいぶん、頭が大きいのね、大丈夫?」
「気をつけてくださいね。ぽっきりいきますから」
「──!? や、やっぱり、置くわ」
布団の上に置くと、子どもの悪魔はまた、眉間にシワをよせた。
「がうがうーっ」
「持てと言っていますね」
「なんて女王様気取りなのかしら……!」
「本物の女王は、おしとやかで慎ましいですよ」
「は? どこが?」
「がーうう!」
すると、子どもの悪魔は大きく羽ばたいて、私の頭上付近まで浮遊し、落ちてきた。私は、咄嗟に、両腕でキャッチする。
「……怖っ! 何この子、今、わざと飛んだわよね!?」
「悪魔は賢いですからね。──それより、種族は分かりましたか?」
「さたたん」
「さたたん?」
「ええ、さたたんで間違いないわ」
「さたたん、ですか」
「ええ。さたたんよ」
私はさたたんを落とさないように神経を集中していた。そのため、マナが何回もさたたんと言わせようとしているのにも、気がついていなかった。
「それで、どういう状況なんですか?」
「見ての通りの状況ね。ちょっと、マナ、代わりに持ってて。このままじゃ説明する余裕がないわ」
私はさたたんを一度、布団に置いてからマナに渡す。種族名はふざけているようにしか思えないさたたんだが、悪魔の中でも実力はトップクラスだ。魔王の配下である四天王の一人も、さたたんらしい。
そんなことも踏まえて、マナに説明する。
「でも、さたたんを個人で育てるのは禁止されてるの。成人すると、戦闘狂みたいになるけど、見ての通り、幼い頃はすぐになつくから」
「本来なら、どこで育てるんですか?」
「そこまでは分からないけれど、多分、魔王に送ればなんとかしてくれるわ。……でも」
「ハイガルさんが隠していた理由が気になりますか?」
「ええ。だから、帰ってくるまでは、待つつもりよ」
「そうしましょう」
すると、インターホンが鳴った。インターホンなど、ここの人たちはよっぽど使わないので珍しい。私はジャンプして、覗き穴から琥珀色の髪を確認し、居留守することにした。
「そういえば、なんでマナは、ここにあたしがいるって分かったの?」
「なんとなくですよ」
「そう、なんとなくなのね」
「はい」
話していると、今度は扉がノックされた。一応、確認すると、やはり、あかりだった。私は、マナとさたたんとまゆの元へと戻る。まゆは、騒いでいる間に寝てしまったらしい。さたたんも、疲れたようでうとうとしていた。
「あかりって、魔王と手を組んでるのよね」
「あの人が受けている命令は、まなさんの監視ですから、悪魔の赤子など見つかれば、すぐに報告が行くでしょうね」
「やっぱりそうよね……」
別に、私も意地悪をしているわけではない。ただ、あかりが悪い。
「あの人は、まなさんの願いを使って、何をするつもりなのでしょうね」
「マナにも言ってないの?」
「はい。むしろ、それがあるからこそ、私と婚約したくないのではないかと」
「あかりって、本当に馬鹿ね……」
結局、あかりは部屋に入ることを諦めたらしく、昼過ぎに扉を開けて確認したときには、もうそこにいなかった。
──それから、日を越す頃になっても、ハイガルは帰ってこなかった。
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