第5-24話 安心したい

「なんで。霊解放は、もう終わったはずなのに……」

「わたしが、まゆみの幽霊だって、分かってるんでしょ?」

「違う。だって、死んでない」

「まな。わたしは──」

「違う。ほら、あそこにいる。あそこで寝てるでしょ!」

「まな、誰と話してるのー?」


 そのとき、眠っていた少女が目を覚ました。私が見つめると、少女は私を見つめ返して、にへらと笑った。


「わたしは、そんな風に笑ったりしない。わたしは、そんな話し方はしない。わたしは、その子じゃない」

「違う違う違う……」


 頭が割れるように痛む。頭を抱えて、首を振って、違うと唱えて。私は、まゆの幽霊を、視界から外し、声をさえぎり、存在を否定する。


「まな? どーしたの? どこか痛いの?」

「まなの中のわたしは、守ってあげないといけない存在なの? わたしは、そんな、何もしない、何もできない、何も知らない、何の意味もない存在だったの?」

「違う違う違う……違う!」


 お前のせいだと、声が聞こえる。

 お前が悪いと、声が聞こえる。

 お前さえいなければと、声が聞こえる。


 私が悪い。いつだって、誰かが傷つくのは、私のせいだ。私が何もできないままだから、みんな、私に傷つけられる。


 だから、私は。いつも、肝心なところで、手を掴み損ねる。何もかもすべてを失う。目の前にあるものでさえ、何一つ、守ることができない。


「まな。──わたしは、死んだの」

「違う、違うの。私はやってない。私は……」

「まな──」

「私じゃない。私のせいじゃない……。あの子は死なない! 私のせいで、死んだりしない。あの子だけは、私と、ずっと一緒にいてくれるの、そうでしょ!?」


 私のせいじゃない。私は悪くない。まゆが、死ぬはずがない。私のせいで死んだんじゃない。私の手をすり抜けて、底の見えない谷に落ちて、そして、死ぬ。違う。死なない。私はいつだって、まゆの手を掴んでいるから。すり抜けるはずがない。まゆは生きているのだから。


「まな、聞いて、お願いだから──」

「違う! お前は、偽物だ!」

「まな、わたしは──」

「うるさいうるさいうるさいうるさい! 違う! 違う! 消えろ! 消えてしまえ! 偽物! 死ね! 死んでしまえ! 二度と、私の前に、姿を見せるなぁッ!」


 私は固く目を閉じ、耳を塞ぎ、違う違うと、唱え続ける。何か言っているようだが、知ったことではない。何も聞きたくない。ただ、早く消えてほしい。


 そのとき、扉が強く叩かれて、私は肩を震わせる。何度も何度も叩かれる。まるで、私を責めるように。


「違う、私のせいじゃない……。嫌だ、嫌だ嫌だ……! お姉ちゃん! お姉ちゃん!!」

「まな。わたしは、ずっと、ここにいるよ」

「お姉ちゃん。お姉ちゃんは、私をおいて、死んだりしないよね……?」

「わたしは、死なないよ」

「本当に? 本当に死なない?」

「うん。本当に、死んだりしないよ」

「お姉ちゃん」

「大丈夫。大丈夫だよ、まな」

「お姉ちゃん」

「うん、大丈夫。大丈夫」

「お姉ちゃん──」


 扉を叩く音は、もう聞こえなかった。


***


 水晶を覗いていた。そこには、昔、まなに渡したものを通じて、まなの映像が映し出される。


「まなの様子は?」

「だいぶ落ち着いたみたいだね。目を覚ます頃には、きっと、全部忘れてるんじゃないかな。悪い夢だったなーって」

「そうなんだ──」


 赤みの白髪に、きれいな空色の瞳の少女。名前はまゆみ。全部、覚えている。昔からずっと、記憶に刻んであるから。


「やっぱり、あなたの言う通り、意味なんてなかったねー」

「んーん。そんなことないよ。少なくとも、れなは、この会話には、意味があったと思う。結果、まゆがすっごく傷ついたとしても」

「そうかな。……そうだといいな」

「うんうん! 人生無駄なことなんてないよ! あ、もう、死んでるんだったね!」

「そうだよー。……じゃあ、そろそろ、お願い」

「別に、あの世に返してあげるのに。本当に消滅させちゃっていいの? めっちゃ苦痛極まりないらしいよ?」


 問いかけられたまゆみは、微笑を湛えて、うなずく。


「わたしはね、やっぱり、まなの家族にはなれなかったんだと思う。もう、まなは、わたしの言うことなんて、二度と聞いてくれない」

「そんなことないと、思うけどな。あたしは、まなちゃの本当のお姉ちゃんだけど、なんにもしてあげられてないし。やっぱり、まゆのことが、すごく、大切なんだよ」

「あんなに拒絶されたのに?」


 まゆみは、自嘲を混ぜて、笑った。彼女も、あれがまなの本心でないことくらい、分かっているだろう。ただ、まゆみの死を受け止められるだけのものを、まなは持っていなかったのだ。そして、この先、二度と、それを、まゆみ自身の力で取り返す機会はやってこない。


「わたしは、もう死んでるの。だから、まなに何かしてあげたくても、もう、何もできない。唯一残った思いでさえ伝えられなかった。それに、まなを、あんな風にした責任は、わたしにある。わたしが、自殺なんてしなければ。ずっと、まなと一緒にいてあげられたら。わたしがもっと、まなと、ちゃんと話してたらって。後悔したって意味ないけど、そう思っちゃう」

「ごめんね。あたしが、何もできなかったから」

「んーん。そんなことないよ。あなたはわたしと違って、すごく、まなの支えになってる」

「……そうかな」

「うん。だから、──まなを、お願いします」

「本当にいいんだね?」

「もともと、その覚悟でここに残ったんだもん。わたしだけ、ひいきしてもらっちゃ、悪いよ。それにね。……わたしがいても、何もできないって、分かっちゃったの。まなは、わたしの、すべてだった。ほんとーに、わたしの、全部だったの。それを失ったら、わたしには、もう、何も残らない。ただ、大勢の人を不幸にした負債だけ。それが、何もないわたしから引かれるだけだから」

「──そんなことないよ、まゆ。まゆは、まなちゃを助けてくれた。大切に思ってくれた。今までずっと、見守ってくれた。その思いは、すごく、尊いものだよ。本当に、ありがとう」

「……まなも、そう思ってくれてたらいいな」


 それは、まなが紡いだ言葉ではなかったけれど、まゆみは、少しだけ嬉しそうに笑った。本来、笑みとは喜びを表すものなのに、彼女の嬉しそうな笑顔を見たのは、これが初めてだった。


「──覚悟はできてる?」

「うん。一気にズバッと、やっちゃって」

「あたしの覚悟の方が足りてないかもっ──!」


 鎌を振りかぶる。頭上より高く。そして、まゆみに向けて、一気に振り下ろした。

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