第5-22話 魔法陣を解体したい

 二泊三日の旅行は、あっという間に終わりを迎えた。あかりの服は見つからず、その日はお風呂に入ってすぐ、浴衣に着替えた。


 次の日の朝、私たちはノアへと戻った。


 今日は二十五日。つまり、人間の霊に代わり、魔族の霊が解放される日だ。人間の霊は昨日のうちに空の上へと戻っていったことだろう。


「──結局、お母さんに会えなかったわね」

「会いたかった?」

「いいえ、あたしはいいわ。みんなのお母さんだし」

「素直になったら?」

「あたしはいつでも自分に素直に生きてるわよ」

「ふーん」


 もしかしたら、戻ってきていないかもしれないし、戻ってくるということは、それなりの理由があるということだから。亡くなった人には、会わない方がいいのだ。


 霊といえば、まゆによく似た幽霊が見えたのも気にかかっていた。あれ以来、一度も姿を見なかったけれど。あれは、何だったのだろうか。


「それにしても……ふあぁ。眠い……」

「まだ朝の三時だからねー」

「まさか、こんなに早く起こされるとは思ってなかったわ。二十五日っていうよりも、二十四日の夜って感じね……」

「寝ちゃう?」

「いいえ。日が昇るまでは見てるようにって、言われてるから……ふぁや」


 眠くて仕方がない。寝たのが十二時くらいだから、三時間も寝られていないのだ。今日、タマゴを監視するようハイガルに頼まれてはいたが、まさか、夜中の三時に起こしに来るとは思いもしなかった。


「お姉ちゃんは寝てていいわよ」

「んーん。わたしも起きてるー。まなも、話し相手がいないと寝ちゃうでしょ?」

「ん、ありがとう」

「にへー」


 そうして、うとうとしていると、タマゴは、床下の隠し収納から、静かに頭を出した。


「まな、出てきてるよ」

「んー、分かってる……」


 私は座ったまま、タマゴを抱き抱え、撫でながら、抱き枕にして一緒に眠る──、


「まな! 寝ちゃダメでしょ」

「あぅわ、そうだった。つい、ちょうどいい大きさで、温かくて、すべすべで……くー……」

「まーなっ!」

「……はっ! ダメね。やっぱり、勉強でもしてないと、目が覚めないわ」

「普通、逆じゃないかなー……?」

「でも、宿題は終わってるし、調べたいことも一通り調べ終わったし……。あ、そうだ」


 私はリュックから魔法陣の解体に使っているノートを取り出す。実は先日、学校に行って、魔法陣に詳しい先生がいないか聞いてきたのだ。すると、担任がいた職員室の先生は、皆、口をそろえて、ティカ先生を推薦した。


***


「勉強熱心だな、クレイア」

「いいえ。これは勉強じゃなくて、単なる趣味です」

「はは、そうか。それで、あかりの勉強の進み具合はどうだ?」

「一応、順調です」

「おっ、それは期待できるな」

「ただ、補習プリントの方まで手が回るかどうか、微妙ですね」

「まあ、あれは、保険みたいなものだ。やってくるに越したことはないが、やってなくても、成績はつける」

「え、つけるんですか?」

「ああ。つけなくてどうする? 来年度もまた、誰かに、あいつの面倒を見ろとでも言うつもりか?」

「確かに、早く卒業させるに越したことはないですね……」

「幸い、出席日数は足りている。補講もやったし、まあ、なんとかするしかない」


 そんな会話をしながらも、ティカ先生はすらすらと慣れた様子で、義眼の裏から魔法陣を描き写し、その横に説明を書いていく。


「まず、性別だが、四角の下に十字があるのが女だ。その四角というのは、魔法陣の骨格以外で最も大きいものを指す。すなわち、四角形の魔法陣だとしたら、それ以外で一番大きいやつだな」

「えっと、これですか?」

「その通りだ。次に、どちらが下か、見分け方はいくつかある。魔法陣は基本的に左右対称になっている。あとは、十字がある方を下、何もない方が上、と判断できる。女の場合はな。だが、今回は男だ」


 そう言って、ティカ先生は私のノートに男と書き込んだ。


「男の場合はどうするんですか?」

「そのときは、次のステップに進む。先に、種族を示すものを探すんだ。クレイア。この魔法陣は何に使われていた?」

「チアリタンのクマを操るのに使われていました」

「ふむ、なかなか高度な魔法だな。人間か魔族かモンスターか……。モンスターだとすれば、意思疎通を図れる高位のモンスター──違うな。もしくは、悪魔──これも違うな。だとすると──人間か」

「あの、説明していただけると、助かるんですけど」

「これは円形魔法陣だ。だから、ちょうど時計の要領で、一時の位置と中心とを結んだ直線上に、三角形があれば高位のモンスターだ。モンスターたちの長というやつだな。左右対称になっているから、当然、五十五分の位置にも同じものがある。次に、悪魔かどうかを見分けるには、二十分と四十分のところを見る。もし悪魔なら、ここに雫の印がある。それらがないことを確認した上で、人間なら、五分と二十分のところに、同じ大きさの円が描かれている。円がない場合は、高位でないモンスターだ。そして、もし、二つの円があり、大きさが違う場合、それは、人魔族を意味する。このように、魔法陣の上下を判断する。また、人魔族の場合も、円の大きさは一見すると、同じように見えるから、注意が必要だ。慣れてくるまでは、基本的に、魔族と人間を区別できる特別な道具を使う。夏休みの間は、私のを貸してやろう」

「いいんですか? ありがとうございます」




 ──そんな感じで、興味深い特別授業を受けていた。そして、メモを頼りに、私は解体を続けていた。


「うーん、やっぱり難しいわね……。ティカ先生は、もう名前までいったのかしら」

「名前も分かるの?」

「ええ。慣れてても三日はかかるそうだから、もし急いでやってくれてたら、そろそろ分かってる頃ね」

「それで、まなはどこまで進んだの?」

「身長が百六十くらいってことと、体重がトンビアイス四百個分くらいってこと? 多分、だけど」

「何それ、そんなのも分かるのー? あははっ、変なのー!」


「あーっ!」

「え、何々、どーしたの?」

「名前が──」

「分かったの?」

「最後が『ね』らしいわ!」

「なんだそりゃー!」

「名前の最後に、ねってつくときには、正六角形の頂点の位置が四つの線の交わる場所になってるっていうのを、たまたま見つけたの! あたし、すごくない!?」

「わー、すごいねー。でも、知り合いにそんな名前の人、いたかなあ?」

「……セレーネとか?」

「男の人なんでしょー?」

「いいえ、まだ、セレーネが男って可能性も──」

「わんちゃんもないね」

「いいえ、まだ、あかりみたいなのって可能性も──」

「あかりくんも男だと思うよ」

「……いいえ。ティカ先生は言ったわ。結婚したり、子どもが生まれたりすると、魔法陣が変わるって。きっと性別が変わることだってあるわ!」

「へー。どっちにしても、セレーネちゃんは犯人じゃないと思うなー」

「……それもそうね」


 セレーネが犯人だとしたら、その動機が分からない。そもそも、護衛や臣下の裏切りなんていうのは、フィクションではよく見る話だが、現実的に考えて、まずない。あんなに回りくどいことをしなくても、私を殺すくらい、簡単にできるだろうし。


「いいえ。そもそも、私の命が目的なら、誰にでも簡単に奪えるはずよね」

「ほんとーにねー」


 まゆは適当に返事をしているらしかった。まあ、魔法陣の見分け方など、知っていてもいなくても、普通、困りはしない。学校でも教えないくらいにマイナーな分野だ。


 私はタマゴを撫でながら考える。私をクマに襲わせて、いいこととは何だろうか。犯人なんて、こうやって魔法陣を調べれば、特定できるし。殺すにしても、確実性がない。それとも、クマの方を殺す気だったのだろうか。


「……あれ、日が昇ってる」

「ほんとーだ! 気持ちのいい朝だね、まな!」

「──寝るわ」

「えー! わたし全然眠くないのに!」


 私はすっかり大人しくなったタマゴを床下に隠し、その近くに枕を設置して、横になる。


「おやすみなさい……」

「えー……」

「お姉ちゃんも、一緒に寝る?」

「うーん、寝ようとはしてみる」


 それから私は、硬いフローリングの上で寝た。

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