第5-18話 機嫌を直したい
「ねえねえ、部屋で何する? 何する??」
「マナ、何か持ってきた?」
「トランプとトンビへトラベルならあります」
「何、トンビへトラベルって。またトンビニの商品?」
「はい。ボードゲームです。試作段階だそうですが、感想をお聞かせ願いたいとのことです」
「へえ。発売前ってことよね?」
「何それ、絶対楽しいじゃん!」
「近頃、トンビニはおもちゃ業界にも手を出そうとしているようですね。なかなか、面白い企業だと思います。まなさんもどうですか? 就職してみては?」
「あたしは研究者になる予定よ。今のところはね」
「おお! まなちゃん、カッコいい!」
部屋でもなんやかんやと、騒いで、騒いで。誰が最後まで起きていられるか、なんて根性比べもやったりして。私は最初に眠ってしまった。もちろん、まゆは私より先に眠っていたけれど。
──翌朝、一番に目を覚ますと、マナがあかりに抱きついていた。浴衣が半分くらいはだけている。対するあかりは、気道を腕で閉められて、苦しそうにしていた。二人とも、寝ているらしい。
「マナはずっとあたしの隣にいたと思ったんだけど……どういう状況?」
辺りを見渡し、トランプが散らかっているのを見て、私は枚数を数えて片づける。食べ物や飲み物は袋にまとめられていた。あかりが片付けたのだろう。宿舎の部屋を見る限り、マナがやるとは到底、思えない。
「まなさん……小さくなーれー、えいっ」
「あだづっ!?」
マナに寝たまま思いきり頭を殴られ、あかりが目を覚ます。そして、マナはそのまま、寝技に移行する。
「いだだだだっ! あかん、痛い、無理無理折れる! まなちゃん、助けて!」
「助けてって言われても……。マナ、あたしはこっちよ、ほら、来なさい」
マナがうっすら目を開けて、私の顔を確認する。それから、目をこすって、あかりから離れると、私に体重を預けてきた。
私はマナの浴衣を直して、布団に寝かせる。それから、顔を洗いに行こうとすると、足首を掴まれた。驚いて、私は尻もちをつく。
「ひゃっ!?」
「細い、足首……えへへ」
そのまま、這ってきたので、また浴衣がずれる。ヤバい、襲われている。
「あかり、助けて!」
「まなちゃん。アイちゃんを着替えさせておいて。よろしく。あ、今日着るって言ってたから、着替え、ここに置いておくね。それじゃっ! ごめんね!」
「あんた、あたしを売ったわね……!」
そうこうしている間にも、マナは私の足をよじ登ってくる。
「ちょっとちょっとちょっと! マナ、起きなさいってば!」
「起きてまふ……」
「起きててそれなら、なおさら悪いわ!」
「まなさん……愛してます」
「TPOに気をつけて発言しなさい……っ!」
なんとか押し返そうとするが、力が強い。
「私のまなさんへの愛は、時も場所もシチュエーションも選びません。永久不滅です」
「知ってるわよっ!」
「ご存知でしたか。……でも、まなさんから来なさいと言われたので」
「それはそうだけどっ」
マナはすりすりと、頬を擦りよせてきた。そのこそばゆさに、私は片目を閉じる。離れたくても力が強くて離れられない。
「パシャッ」
「そんなとこで撮ってないで、早く助けてくれる!?」
「仕方ないなー。アイちゃーん、今の写真送ってほしかったら、こっちにおいでー」
「ふぁあ……。はーい」
やっとマナが離れてくれた。その隙に、私は別の部屋へと逃げ込んで、浴衣から着替え、顔を洗い、うがいをした。
今日は、あかりに貸してもらった白のワンピースだ。ウエストの高い位置にベルトがついている。そこに上着を羽織って、私は部屋へと戻った。
「あ、まなちゃん。やっぱり、よく似合ってるね」
水着のときでさえ、一言も褒めなかったあかりが、ふと、そう言った。見ると、マナはもう、着替え終わっていた。洗いましたという感じの、さっぱりした顔で、髪もしっかり、とかされていた。
「マナ、起きた?」
「はい。完全に目が覚めました」
「それは何よりね」
そのとき、扉がノックされて、マナが返事をする。宿の人が朝食を運んできたらしい。
「まなさんの貴重な浴衣姿、もっと拝みたかったです」
「あんた、着替えでもしないと起きないんだから、仕方ないでしょ」
「そんなことないです」
「いやいや、そんなことあるじゃん」
「ないです」
私はまゆの姿を視界に入れる。まゆはとっくの昔に起きていて、私が起きてからずっと、退屈そうに傍観していた。
「お姉ちゃん、どうかしたの?」
「別にー? まな、楽しそうだなーって」
「拗ねてるの?」
「うん。拗ねてるの」
「あたしだけ楽しそうだから?」
「うん。そうだよ。きっと、わたしのことなんて忘れちゃうんでしょ」
「そんなこと──」
「いいもん、別に。つーん」
私はまゆの手をつついてみる。手以外は触れないので、頭を撫でることも、抱きしめることもできない。
──なぜ、手だけしか触れないのだろうか。
……まあいいか。
「お姉ちゃん、一人でも楽しそうだったでしょ?」
「そうだけど?」
「……本当に、お姉ちゃんって面倒な人ね」
私はまゆの機嫌をどうにかして直そうと、色々考えてみる。
「お姉ちゃんも一緒に遊べばいいでしょ?」
「だって、わたし、二人に見えないし。触れないし」
「あたしがなんとかしてみるから」
「えー、ほんとー?」
「ええ」
「どうやって?」
「それは……」
「じーっ──もういいもん!」
そっぽを向いて寝転がるまゆに、私は隠すこともなくため息をついた。──まあ、放っておけば、そのうち機嫌も直るだろう。
「まなさん、朝食にしましょう」
「ええ。そうね」
「うわあー! 魚がお刺身になってる!」
綺麗に頭と尾をつけたまま解体された魚に、切った刺身が盛りつけてあった。海が近いので、魚が美味しいのかもしれない。
「いただきまーす! んー、美味しい!」
いち早く手をつけ、目を輝かせるあかりに、私とマナは、顔を見合わせて、思わず吹き出した。こんなに楽しそうなあかりは、初めて見る。あかりは首を傾げていた。
「私たちもいただきましょうか」
「そうね──」
背中越しに聞き耳を立てて、様子をうかがうまゆに、私は一人、静かに苦笑した。
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