第5-17話 思いっきり遊びたい

 着いたのは、和風な旅館だった。私たちの宿舎と雰囲気が似ている。扉は襖、床は畳、窓に障子、通路はフローリングだった。際立って、珍しくもない造りだ。


「他に人がいないわね……」

「ここの旅館に泊まることは、城にも連絡したんです。おそらく、勝手に貸し切りにしたのでしょうね」

「まあ、妥当な判断ね」


 私とマナは大きな露天風呂に浸かっていた。まゆは部屋で寝ていたので、置いてきた。


「まなさんは、ご入浴の際も、サイドテールはそのままなんですね?」

「──何の話?」


 何を言われたのかさっぱり分からず、私は首を傾げる。そして、色の違うサイドの髪の毛をくるくると指に巻きつける。水で濡れてぺちゃんこになっていた。


「それは、まなさんの髪ではないですよね」

「そうね。多分、違うと思うわ。色が違うから」

「多分、ですか?」

「ええ、多分。今は余計なことは考えなくていいでしょ」

「それもそうですね」


 腕の傷が痛む。触ると傷口が開くので、あまり触らないようにしていた。そして、傷を眺めながら、まゆみ、まゆみと、頭で唱え続ける。その行為に何の意味もないことは知っていたけれど。


「──痛くないんですか?」

「そりゃ、痛いに決まってるでしょ」

「そうですよね……。まなさんは巣から旅立ったモンスターではありませんもんね」


 入浴中なので、尻尾と角も出していた。ずっと出したままだと気分が悪くなるが、出さずにいると、主に、尻尾が可哀想だからだ。


「尻尾、湯加減はどう?」


 そうして表面を撫でると、尻尾は嬉しそうに、くるくると回った。ちょうどいいらしい。


「まなさんの尻尾さんは、勝手に動くんですか?」

「ええ。魔族の尻尾は、寄生虫みたいなものいでづ──!?」


 寄生虫という表現が気に入らなかったのか、尻尾は私の背中を、尖った先端で刺してきた。


「角は出しておかなくてもいいのではないですか?」

「そうなんだけど、まあ、ウインクみたいなものね。あたしには、どっちかだけしまうなんて器用な真似はできないわ」

「なるほど、そういった感じなんですね」


 そう言いながら、マナが片目ずつウインクしていた。可愛い。真似しようとして、両方半目になった私に、マナは生暖かい眼差しを向けてきた。


「空気中の魔力を隅の方にまとめておきましょうか?」

「そこまでしなくていいわよ。それだったら、角から魔力を吸い出してくれる?」

「い、いいんですか?」


 マナが食い気味にそう言って迫ってきた。魔力を吸うというのは、一種の治療行為だが、マナの反応が怖い。


「全部吸っちゃっていいわよ」

「じゃあ、ちゅーちゅーしますね」

「はいはい、ちゅーちゅーしちゃって」


 私は魔法が使えないので、体内に魔力を取り込んだところで、自分で外に出すことができない。しかし、角は魔力を自動的に取り込む仕組みになっているので、言わば、毒素が体に溜まってしまうようなものだ。自分で出せない以上、誰かに吸いとってもらう必要がある。


「今まではどうしていたんですか?」

「ギルドでやってもらってたわね。まあ、色んなところを旅してたから、そればかりじゃなかったけど。ギルドの受付にも気が合わない人とかいたし」

「まなさんって、意外と社交的ですよね」

「友だちはいないけどね」

「じゃあ、私と結婚しましょう」

「なんでそうなるのよ」

「友だちがいなくても、私がいれば、困ることなど、そうありません」

「……それは、すごく、心強いわね」


 魔力を吸い終わると、倦怠感が少し和らいだ。そして、尻尾がゆらゆらと、揺れていた。


***


 私たちは浴衣に着替えて、卓球をしていた。マナが強すぎるので、私とあかりでチームを組んで戦っていた。まあ、それでも、敵うはずがなかったのだが。


「まなちゃん、パス!」

「受け取ったわ! まなスマッシュ!」

「その程度ですか? くるくるシュート!」

「跳ね返った球が後退した……だと!? ここは、エンドレスバウンドを使うしか……」

「そ、そんな技が!?」

「まだ奥の手を隠していたとは……」

「──えいっ! エンドレスバウンド! やった、返った!」

「てやっ」


 マナが打ち返したピンポン球が台スレスレにぶつかり、反応する間もなく、私とあかりの間を過ぎ去った。あかりは反応はできていたが、なにせ、ラケットにボールを当てるだけで奇跡に近いので、当然、当たってはいなかった。


「あああ、負けたあ……!」

「──卓球って、こういうスポーツなの?」

「何もかも違いますよ。後で一緒に動画を見ましょうか」

「ええ、お願いするわ」


 途中から、なんとなくおかしいとは思っていたのだ。エンドレスバウンドの辺りから。……もう少し、早く気づくべきだったかもしれない。


「それでは、負けたあかりさんには、そうですね……」

「ちょっと待って。これって、まなちゃんには何もないの?」

「まなさんに命令するなんて、おそれ多くてとてもできません。あかりさんに二つ、命令しますね」

「なんとなくそんな気はしてたけど!」


 私は椅子に座って、体を休める。せっかく、風呂に入ったのに、もう汗をかいてしまった。


「まな、お疲れさまー」

「あれ、お姉ちゃん、起きたの?」

「うん! 元気だよ!」

「あたしは、もう、くたくたよ……あはは」


 疲れているのに、なんだか、笑えてきてしまう。


「──まな、すごく楽しそうだね」

「え? ええ、まあそうだけど……。あ、お姉ちゃんも何かやる?」

「わたしは──」

「ひゃあっ!?」


 まゆが何か言いかけたとき、首筋に冷たいものが当てられて、思わず変な声が出た。


「あかりさんに、トンビミルク、奢ってもらいました。アレルギーはなかったですよね?」

「ええ。ありがとう、あかり」

「はいはい」


 トンビミルクの容器はビンだった。蓋は開けてくれたらしく、さっそく、一口飲んでみる。甘さがしっかりとしていて、美味しい。これも、トンビニの商品らしい。トンビアイスと似た味がする。


 マナは隣に座った。その後ろに、あかりがもたれるようにして立ち、まゆは私の膝に座って、ふてくされた顔をしていた。


「どうしますか、まなさん。もう一度、お風呂に浸かって寝ますか?」

「そうね。汗かいちゃったし」

「ねえねえ、僕も、そっちの部屋で寝てもいい?」

「どうしますか、まなさん?」

「うーん。マナは、監視とかついてるんじゃないの?」

「もちろんです。あかりさんも、後でエトスに殺される覚悟くらいはできているかと」

「できてないよ!? でもさ、お風呂も僕一人だったし、他に誰もいなかったし、隣からめちゃくちゃ楽しそうな声聞こえてくるし。これで一人で寝たら、もう寂しくて死ぬってばよ」


 一緒の部屋で寝るだけで殺されるとは、思えないけれど。あかりに何かする度胸などありはしないだろうし、どう考えてもマナの方が強いし。むしろ、マナと一緒に寝ると、私の身が危うい。


「まあ、こうなるって分かってたわよね」

「分かってなかったんだよねえ、これが」

「あかりさんですからね」


 妙に納得できる理由だった。


「あーあ。枕投げとかしてみたかったんだけどなあ」

「そんなの宿舎でやればいいでしょ。それに、こんなところでやったら迷惑よ」

「それもそっか。……いや、なんか違くない?」

「旅行先だと特別感がありますからね」

「それそれ! さすがマナ! アイちゃん天才!」


 アイちゃんと言ったり、マナと言ったり、忙しいやつだ。そんなに呼び方が気になるなら、いっそ、マイハニーとか言っておけばいいのに。


「あかりって男なのよね?」

「男だよ。女装が趣味で、僕自身が可愛いってだけ」

「やっぱり、そうよね。それで、マナが好きなのよね?」

「うん、そうだよ」

「部屋一緒で、大丈夫なの?」

「うん? あー……僕から何かするってことは絶対ないっていうか、そもそも何もできないと思うけど。何が問題って、マナの寝相が絶望的に悪いんだよね」

「そういえば、いつも床で寝てるわね……。でも、前、一緒に寝たときはあんまり思わなかったけど?」

「そう、僕と一緒のときだけなんだよね……。あれ、なんなんだろうね?」

「さあ、なんでしょうね?」


 二人はそろって首を傾げた。マナは分かっていそうなものだが、説明する気はないらしい。


「それか、みんな別々にする? どうせ貸しきってるんだし。あたしはお姉ちゃんと一緒に寝るけど」

「……えー」

「……ま、それでもいっか」


 マナが不服そうに頭を乗せてきた。私と一緒がいいらしい。私は怖いけれど。


「みんな一緒の方がたのしーと思うなー」


 まゆが膝の上でゆらゆらと揺れながら、そう言った。それは間違いない。


 ──そんなに悩むことでもないか。


「まあ、みんな一緒でいいんじゃない? 誰も気にしてないみたいだし」

「まなさんがいいなら、私は構いませんよ」

「……え? ほんとにいいの?」

「いいわよ、別に。そもそも、宿舎だって鍵、勝手に開けるし、同じようなものでしょ」

「着替えのときだけ別の部屋に行けばいいですからね」

「ほんとに? え、ほんとにいいの!? やったあ! 二人とも、ありがとうっ!!」


 無邪気に笑って、あかりは私とマナの手を掴んでぶんぶん振った。私の手を掴んでも平気なのだろうか、とは言わないけれど。


 それにしても、珍しく、あかりは心の底から喜んでいるように見えた。可愛い顔で笑うものだ。そんなに寂しかったのだろうか。


 そして、そんなに嬉しいのだろうか。まあ、ここまで来て一人というのも可哀想ではあるけれど。

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