第5-16話 海に出かけたい

 青い空、白い雲、どこまでも続く海。


 そして、ビーチパラソルの下で座る三人の影。


「──海に来ようとか言い出したの、誰だっけ」

「知らないわよ……」

「暑いですね」


 辺りは無人だった。どこまでも白い砂浜が広がっていて、まゆだけが、楽しそうに浜辺を走っていた。


「まなー、楽しいよー!」

「はいはい。遠くまで行かないようにねー」

「はーい!」


 私は、パラソルの内側を眺め、砂浜を見、地平線に視線を映す。三人とも、まだ着替えてはいなかった。


「まなさんの水着が見たいです」

「……そう。じゃあ、更衣室に行きましょうか」

「はい」


 私は真っ赤なフラメンコドレスを着ていた。日焼けはしなさそうだが、さすがに、暑かった。


 そして、私とマナは、水着に着替えて、戻った。


「まなさん可愛いです、超絶可愛いです!」


 私は上と下で分かれているスカートの水着に上着を羽織っていた。薄紫と白がメインになっており、濃い紫のリボンがついている。なんとなく、セーラー服っぽい。


 マナも上と下に分かれていて、色は黄色。上はひらひらになっていて、首の後ろで縛っていた。下は布を巻きつけて横で結んだ感じだ。


「あかりは着替えないの?」

「そりゃ、僕も、マナみたいなフレアとか、パレオに憧れがないわけじゃないけどさ。まず、肉体的に完全に男だし。脱毛してても素肌とかほんとありえないし。ラッシュガード着ないと無理」

「急にル爺語話さないでくれる?」

「未知の言語じゃないってば! まなちゃんで言うとこの、ひらひらと、巻いてる布と、上着のことだよ」

「最初からそう言いなさいよ」

「僕が悪いの!?」

「別にそんなに気にしなくてもいいと思いますよ。どうせ、私たちしかいないんですから」


 貸し切ったわけでもないのに、貸し切り状態だった。プライベートビーチみたいになっている。


「……いやいや、これでも、腹筋六つに割れちゃってるからさ、見せたくないんだよねえ。」

「そんなに嫌なら、全身タイツにしたら?」

「おっ、それいいね──んなわけっ!」


 まゆは着替えることができないので、いつも通りの服装だ。砂浜を走っているのかと思いきや、知らない間に軽い体を生かして、海の上を走り始めていた。なんやかんやで、満喫しているようだ。


「お腹が冷えるわね……」

「腹巻きでもつけますか?」

「いや、水着の意味!?」


 着替えたはいいものの、もとから、海に入ることはできない。なぜなら、


「それにしても、まさか、クラゲベスの繁殖期に当たるとは……私がいるというのに、運が悪いですね」

「なんだっけそれ」

「クラゲみたいな見た目したモンスターよ。冬になると、一斉に浜辺にタマゴを産みつけにきて、夏になると、また一斉に回収しに来るの。そのときにタマゴが孵化するんだけど、それが今日からの三日間──って、さっきも説明したわよ?」

「そうだったっけ?」

「そうよ。だから、泳げないわね、って、言ったでしょ……?」


 私は眉間のシワを揉む。クラゲベスの巣は海全体だ。巣にいるモンスターに危害を加えることは、基本的に禁止されているので、倒すこともできない。ギルドに依頼がないか見に行ったが、生態系への影響を考えて、今年は討伐しないらしい。


 また、この時期のクラゲベスは非常に攻撃的なので、海に一歩でも人が入れば、魔法の毒で全身を刺される。まゆは見えないだろうから大丈夫だけれど、それは例外中の例外であり、だから、無人なのだ。


 しかし、むしろ、誰もいなくて良かったのかもしれない。マナがいるのだから、どう考えても混乱は免れなかっただろう。


「あーそうだっけ? ま、どっちにしても、僕、泳げないから」

「じゃあなんで海に行くなんて言い出したのよ?」

「僕じゃなくてアイちゃんが、まなちゃんの水着見たいって言うからさ」

「きゃっきゃうふふが、したくて」

「何それ……。それはともかく、紫外線対策はできてるのよね?」

「はい。もちろんです」

「じゃあ、砂山でも作る?」

「はい! 砂の城を建設しましょう!」

「別荘でも作る勢いね……」

「あ、それなら、僕も混ぜて混ぜて」

「はい? なぜ、私とまなさん二人きりの思い出に、あなたが介入する余地があると思ったんですか? あなたは、私にとって、ただの他人ですよ?」

「かはっ」


 あかりがストレスで内臓を傷めて、吐血した。器用な芸を持っている。自業自得な気もするが、さすがに少し、可哀想だ。


「あかりもいれてあげましょう」

「まなちゃん様、マジで神……」

「えー、なんでですかー?」


 マナの機嫌が、あからさまに悪くなった。私に覆い被さってくる。


「孤独死するかもしれないでしょ。そしたら死体の処理とか面倒だし」

「うわひどおい」

「そうですねー。うぅぅ……」


 まゆは一人で楽しんでいるようで、視線に気がつくと、こちらに手を振ってきた。私は手を振り返す。


「どこの城にしますか? トレリアン城ですか? ミーザス城ですか? ノア城ですか?」

「ノアに城はないでしょ……。それに、そんなに精密なものは求めてないから」

「手本もなく素人が一から建設すると、だいたいどこかで不手際が生じますよ?」

「マナは何を作る気なの……?」

「うーんとね、アイちゃん。魔法は使わないからね?」

「それは、三日間かけて作業するということですか?」

「うーーんとねえ、アイちゃん。僕一人でも作れるくらいの規模にしてね?」

「……あかりさんに砂で何が作れるというんですか? あなたが作っていいのは料理だけだと思いますが」

「うーーーん、まなちゃん、パス!」

「多分、説明するよりもやった方が早いわね。あかり、手伝って」

「はいはーい」


 そうして、私とあかりは手で砂を集め、ぺたぺたと小さな山をつくり、そこに海水を混ぜて硬くして、トンネルを掘った。見ていたマナが途中から参加する。


「あ、繋がりましたね、まなさん」

「ええ。……あかりに五回くらい壊されて、大変だったわね」

「へえ、本当にトンネルって作れるんだ。アニメの中だけの存在かと思ってた」

「あんたには、一級破壊士の資格を与えるわ」

「わあ、なんかよく分かんないけど、やったあ」

「……マナ、そろそろ、手を離してくれる?」

「──えへへ」

「うわあ、また僕だけ仲間外れだあ。ふーん、いいもんねー」


 なんでもない時間が過ぎていった。拗ねて、パラソルに戻り、眠ってしまったあかりを、マナが砂に埋めたり。砂にマナが描いた私の絵が、大きめの波に突如としてさらわれたり。ビーチバレーをしようとして、全然ラリーが続かなかったり。


「あかりさん、フォームは完璧です。後はタイミングだけですよ」

「うん、がんばるね!」

「そうして、一度もろくに返せないまま、三時間が経過したのでした……」

「お姉ちゃん」

「にへー」


 それにしても、この壊滅的な運動センスのなさは、何なのだろうか。


「はい! 今です!」

「はい、今あっ! ……ぶふっ。ぺぺっ」


 一瞬、取れるかと思ったが、砂に足をとられて転んだ。


「ドンマイです。まだやりますか?」

「やる──って言いたいところだけど、そろそろ、旅館の予約時間なんだよね。それに、ほら。お腹空かない?」

「空いたーっ!」


 まゆが元気よくそう言った。とはいえ、まゆのお腹が空くことはありえないので、おおかた、雰囲気だけで言っているのだろう。


「もうそんな時間ですか」


 まだ空は明るい。夏の昼は長いからだ。


「海はまた明日ね」

「やったー! いえーい! うみうみー」


 まゆが変な歌に合わせて、変な踊りを始めた。よっぽど、楽しんでいるらしい。よかった。


 そうして、私とマナは着替えて、三人で旅館へと向かうことにした。

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