第5-14話 弟の成長を知りたい
「力業だったわね……」
「一年前よりは成長していますね」
「姉さんこそ、昨日、一昨日と、魔力は使い果たしているはずだが、あれだけの魔法を使っても、なんともないみたいだな?」
「たったのあれだけですからね」
このマナでさえ、アルタカ爆発事件のときには、気絶している。それは、瞬間移動させるには、触れていなければならないからだ。全員に触れ、一人一人、外に出すしかないのだが、マナが外に出したのはざっと、二千人だった。
スイッチを押してから爆発するまでの一瞬で二千回往復したと考えるよりは、時を止めていたと考える方が自然だろう。そうして、限界寸前の魔力と、気合いを振り絞って、私まで移動させているのだから、気絶してもおかしくはないだろう。
それでも、三百人以上の命が失われた、痛ましい事件だ。
「まなさん、何か考え事ですか?」
「……いいえ。ただ、あんたって、本当に強いわよね」
「まだまだです。もっと、強くなりますね」
マナは微笑を浮かべた。その隙を突こうと、トイスが氷の刃を顕現させ、切りかかるが、マナに指二本で容易く受け止められてしまう。
「今のあなたが、剣で私に勝てるとでも?」
次の瞬間、トイスの胴めがけて蹴りが放たれるが、トイスはそれを仰け反ってかわし、起き上がろうとする顔面に向けられた拳を、刀身でいなす。剣を捨てると、そのままバク転して、足を蹴りあげて顎先を狙うが、その足をマナに掴まれる。
そして、頭から地面に叩きつけられ、引きずり回されて、空に投げられる。
「あなたは私の髪を切ればいいんですよ? 私に攻撃を当てろとは言っていません」
トイスは空中で回転して体勢を整えると、宙に氷の壁を生み出し、それを蹴って地上に降下する。
マナは空中に氷の人形を数体、生み出し、トイスに向かわせる。すると、トイスの顔が大きく歪んだ。
「切りなさい! トイス!」
「──っ、だああああっ!」
そして、トイスは氷の人形の首を、切断した。
刀で氷を切ったのだ。そうして、人形をすべて切る。その先にはマナがいて──、
「らああっ!」
しかし、トイスの風の刃は、氷の棒で、防がれた。そのまま押しきろうと、トイスは力を込めるが、びくともしない。
「誰が怒りに身を任せろと言いましたか。私の首が切れたらどうしてくれるんですか? 髪を切れと言っているのに」
「俺にできるわけ……っ!」
「後ろを見てください」
攻撃を弾かれたトイスは、マナに言われて、恐る恐る、振り向く。後ろには、切られた氷の人形が、散らばっていた。
──そして、その氷が溶け、草原に色とりどりの花が咲いた。
「──!」
「正確に一撃で仕留めたご褒美です。今のあなたが、狙いを外すことなど、あり得ないんですよ」
「それは、そのつもりだが──」
「あなたが氷の人形を切ったから、この光景が見られたんです。何も、恐ろしいことはなかったでしょう?」
「……でも、俺は昔、姉さんの髪を切ってしまったから」
マナは桃色の髪を指に巻きつけ、指先でいじる。
「──本当に私が、あなたに髪を切られたと、そう思っているんですか?」
「え……?」
「たった四歳のあなたに、本当に私の髪が切れたと、そう思っているんですか?」
マナはトイスから静かに離れて、私の元へとやってくる。そして、私を抱えて、踵を鳴らした。
「ちょっと待て、姉さん。それはつまり──」
「髪が長いと鬱陶しいじゃないですか。切りたいと言っても、誰も切らせてくれなかったので。──それでは」
マナは私を抱えたまま、小屋に向かって走り始めた。
「──まあ、嘘ですけどね」
「そんなに小声じゃ、聞こえないわよ」
「まなさんに聞こえていますから──っと」
背後から軌道を変えて飛来する無数の風の刃を、マナは見もせず避け、そのうちの一つに飛び乗り、移動する。
前触れもなく、マナは高く跳躍した。直後、その真下を炎の球が通り抜ける。そして、空中にいるマナに、風の刃が迫り──、私でガードした。
「すみません、まなさん」
「そう思うなら降ろしてくれる!?」
「……えへへ」
落下地点にある風の刃に乗り、走るよりも速く、言葉通り、風の速さでマナは小屋に向かう。
マナが横の風刃に移動した直後、先ほどまでいた場所を火の球が通過し、草地に火をつける。
火球は背後から無数に射たれ、まるで、炎の壁が迫っているようだ。行く先の草地までもが、火に覆われていて、普通に歩ける場所はなさそうだった。
「困りましたね」
風の刃が向かう先は、厳密には小屋から少しずれた場所だ。そして、すでに、小屋の周囲は火で囲まれている。風で勢いを増しているようだ。
だが、言葉に反して、マナは楽しそうに見えた。
「あんた、何する気?」
「──しっかり掴まっててくださいね」
片足で地面を蹴って、マナは風の刃を加速させ、軌道を上方に変える。このまま壁を越えるつもりらしい。加速できたということは、本当は風より速く走れるのではないだろうか。まあ、今はそんなことはいい。
マナを追って放たれる、速い風を、ときに蹴り飛ばし、ときに乗り継いで加速していく。煙で視野が悪く、下の様子はほとんど分からない。
すると、煙の合間から、勢いよくトイスが飛び出した。私は驚き、言葉も出なかったが、マナに驚いた様子は見られない。そのままの勢いで、刺突が放たれる。
避ける術はないように思われたが、マナは高速で飛ぶ風から、さらに速く、上に跳んだ。
それを見たトイスが、マナが乗っていた風の刃を、氷の剣ですべて凪ぎ払う。そして、マナはトイスの剣先に着地した。
──すると、トイスは反対の手で、腰にぶら下げていた、モンスター用の剣に手をかける。
抜き放った剣が私に当たれば、大怪我では済まないだろう。それを見たマナが咄嗟に、トイスに背を向けて、跳躍した。
──シャリーン。
刹那、マナに踏み台にされていた氷の剣を、トイスは横に振り切っていた。
そして──パサッと、マナの腰を下回るほど長い髪が、首の辺りで切って落とされた。
「あわわわ……!!」
マナの跳躍は壁の天辺に達し、そこにトイスも足を下ろす。
「──お見事です」
「どうだ、久々のショートは?」
「軽くていいですね」
私はマナから降りて、トイスに詰め寄る。
「ちょっとトイス! どう考えても切りすぎでしょ!? あんたは、今、この瞬間、全国民を敵に回したわよっ!!」
「えっ? いや、そんなこと言われても、姉さんの頼みだし……」
「国宝を破壊するよりも重い罪よ! どうしてくれるわけ!?」
「まあまあ、まなさん、そんなに怒らないでください。ショートも似合っているでしょう?」
「……まだ見慣れないわ! 多分、似合ってると思うけどっ!」
髪くらい魔法で伸ばせそうなものだが、そういうわけにもいかない。意外と難しい魔法の一つだ。
「そのうち伸びてきますし──」
「あたしは長い方が良かったの!」
「そ、そうだったんですか!?」
「ええ、そうよ!」
せめて、背中辺りまで。妥協しても、肩より下だ。わざわざ、首を狙う必要はなかっただろうに。
今頃、マナの美しい桃髪は、炎の中で燃えていることだろう。そんなことをしている間に、煙の量がすごいことになってきた。
「トイス、まなさんをお願いします」
「ああ」
マナが上空に雨雲を生み出し、庭全体に豪雨を浴びせる。この勢いなら、すぐに火は消えるだろう。煙は王都から丸見えだろうけれど。
「それにしても、成長しましたね」
「自分でも、ここまでできるとは思っていなかった。でも、姉さんは魔法を使ってなかっただろ」
「それは、私ですから。そんな私の髪を切れたことを、あなたは誇るべきです。あなたには、戦闘の才能がありますよ。──トイス、今一度、あなたの覚悟を問いましょう」
トイスは神妙な面持ちでうなずいた。
「ああ。自分の敵は、自分で討つ。今ならできる」
「──その意気です」
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