第5-12話 対策を練りたい
「シニャックー、紅茶ー!」
れなの声に続いて、私とマナは室内に入る。
「すみません、突然おうかがいしてしまって」
「お邪魔します」
「大丈夫大丈夫。いらっしゃい、ゆっくりしていってね」
列車のように並んで入ってきた私たちに笑みを溢しながら、シニャックは紅茶をテーブルに並べる。それを、じっと見ていると、れなが私の視界を遮るようにして、手を振る。
「シニャックのことは気にしないで。空気と一緒でいいから」
「れなは、砂糖もミルクもなしでいいのかな?」
「やーっ! ごめんなさいっ! 角砂糖三つ! ミルクもたっぷり!」
シニャックにからかわれて、新種の生物のように叫び、れなは慌てて謝った。彼女が慌てふためく姿を見るのは、大変面白い。
「二人はどうする?」
「私はなしでお願いします」
「あたしはれなと同じで」
「はーい」
紅茶にミルクと砂糖を入れ、焼き菓子を机に並べると、シニャックは帽子を被り、玄関へと向かった。
「え、出てくんですか?」
「うん。シニャックには聞かせられないからねん」
代わりにれなが答える。
「……なんか、すみません」
「大丈夫、気にしないでー。あ、でも、れなが何かしたら、後で教えてね?」
「何もしないよっ!?」
そして、三人になった部屋で、私はリュックを抱えたまま、マナの裾を掴み、れなをじっと見る。
「まなちゃ、どうかした?」
「なんか──太った?」
「ごふぇえっ!」
どうやら、図星のようだ。汚い声だった。
「昨日はそこまで思わなかったんだけど──あ、分かったわ。今日はフードを被ってないから、そう見えるのね」
緑髪と赤い瞳がばっちり見えていた。顔立ちはいつか見た、お母さんに似ている。私とはあまり似ていない。そして、頬がちょこっと、前よりもちもちしている。美味しそうだ。
「お姫ちゃーん、まなちゃがいじめてくるー」
「ちゃんとカロリー制限を守らないと、後が大変ですよ」
「だって、お腹空いちゃうんだもんー」
れなはお腹をさする。見ると、ぽっこりとお腹が出ていた。だが、あれは、太ったというよりも──、
「卵でも産むの?」
「れな、卵生じゃないよ!? ほにゅーるいだよ!?」
「ふーん……まあいいけど。それじゃあ、本題に──」
「四ヶ月でしたか」
さっさと話を進めようとする私の言葉を遮って、マナが尋ねる。すると、れなは嬉しそうに笑った。
「そそ、お姫ちゃん、よく覚えてたねっ! さすがぁ!」
「あなたも無茶をしますよね。二十八階まで階段を上ってきたと聞いたときには、心底、驚きました」
「まー、あれは、必死だったってゆーか?」
かなり衝撃の事実を聞いた気がするのだけれど。蜂歌祭は確か、三ヶ月前だったはずだ。まったく、そんな素振りは見せていなかったのに、本当に恐ろしい。何かあったらどうしていたのだろうか。
「金輪際、止めてくださいね」
「はいはい、次から気をつけるよん。……じゃっ、本題ね」
──時計塔の本質。それは、
「お姫ちゃんは知ってると思うけど、あの塔の壁には、歴史が刻まれてるの。それも、未来の歴史がね」
「未来は歴史じゃないわよ」
「それでも、未来の歴史なんだよん。書かれたことは絶対起こる。変えられないの」
「──どのくらい先まで書かれるの?」
「それがねぇ、分かってないんだよねぇ。お父さんとお姫ちゃんがいないと開けられないから、そんなに頻繁に確認できないし。いつも塔の中にいるってわけにはいかないっしょ? 明日のことが書かれてることもあるし、何年も先のことが書かれることもあるの」
「じゃあ、今は?」
「それはねー……教えられないの、ごめんっ!」
「ふーん、そう」
私はクッキーを頬張る。れなは食べられないらしく、羨ましそうに見ていた。美味しいクッキーだ。よく見ると、私しか食べていない。
「マナは……味分かんないんだっけ?」
「はい。香りは分かりますが」
「そう……。なんだか、あたしばっかり悪いわね。まあでも、いつもの腹いせってことで」
「鬼! 悪魔! 人でなし!」
「鬼と悪魔に謝りなさいよ」
「れなは、妊婦さんなのー! 労ってよー!」
「恨むなら、こんなに美味しいお菓子を用意してくれた、シニャックさんを恨むのね」
「シニャックめ……!」
れなと普通に話している自分に気がつき、私はリュックを抱え直して、口を閉ざしてうつむく。すると、マナがなぜか、私の頭をぽんぽんと撫でた。
「……とにかくー、本当の歴史を知りたいってことは、何か、どーしても納得できないことがあるんだろーね」
「鳥に姿を変えたという目撃証言があります。おそらく、子どもの方は魔族かと」
「子どもの、方、ってことは、他にもいるわけ?」
「はい。あの爆発が、一人の力でできるとは到底、思えません。その上、今回、わざわざ一人しか姿を見せなかったのも、一人であると勘違いさせたかったかのように、不自然です。仮に、一人で塔に着いたところで、中に私がいる限り、この世の誰にも負けるはずがありません。本当に壁の記述が見たいのなら、最低でも、二人以上で動くべきかと」
「つまり、時計塔は見たいけれど、今回は本気じゃなかったってこと? 見たいっていうの自体、別の目的を隠すため、とかは?」
「前者で合っています。後者は、ありえませんね」
マナはそう言いきった。
「なんで?」
「なんでもです」
「今、何か誤魔化したわね?」
「そう思っても言わないのが大人ですよ、まなさん」
私は少し不満だったが、この話し合いに参加させてもらえるだけ、まだましかと思い直す。
「れなさんは、どうするべきだと思いますか?」
「そうねー。まあ、レックスが負けることは絶対にないけど、敵ちゃんは逃げるのが上手いからね。捕まえるのは無理。いざとなったら、体を切り落として、頭だけでも逃げるだろうし」
れなは紅茶を一口啜り、カップを傾けて、ため息をつく。
「捕まえたいんなら、弟ちゃんがいいんじゃない?」
「トイスですか?」
「そ。弟ちゃんの本気でちょうどいいくらい。あかりんだと殺しちゃうし、お姫ちゃんだと頭覗かれちゃうし」
「トイスは対人が苦手ですが──」
「まー、お姫ちゃんのおびゅーな髪を切っちゃったわけだからね。気持ちは分かるけど」
「おびゅー?」
「きれいってこと。──そうねー。弟ちゃんには、やっぱり、お姫ちゃんがいんじゃない?」
「どうするんですか?」
「毒を以て毒を制すってやつだねっ」
私とマナはそろって首を傾げた。
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