第5-11話 トイスの容態が知りたい

「トイス、気分はどうですか?」

「大丈夫。ありがとう、姉さん」

「……やはり、目は見えませんか」

「ああ、ざっくり切られたからな」


 トイスが眼帯を外すと、オレンジの左目がざっくり、斜めに裂かれており、一目で、無事ではないと分かった。


「すまない。追えなくて」

「そんなことは気にしなくていいんですよ。それよりも、あなたが無事で良かった」


 マナはトイスに優しく微笑みかけた。私はリュックを背負い、それを少し離れたところから見ていた。


「敵の姿は、子どものようだった」

「おそらく、以前、蜂歌祭であかりさんと交戦した敵ですね。あのときは、あかりさんが相手でしたから」

「──俺が、全力を出せていたら」

「いえ、元はと言えば、私が逃がしたようなものです。申し訳ありません」

「事情があったんだろ。誰も責めたりしない」

「そうですね。──必ず、敵の正体を暴き、罪を償わせてみせます」


 マナの瞳には強い光があった。きっと、誰の制止も聞かないだろう。そんな意志の強さを感じた。被害の大きさを考えれば、当然と言える。


「お──」

「敵は、一人でしたか?」


 トイスが何か言いかけたように聞こえたが、マナも、これであまり冷静ではないのか、遮った。


「……ああ。俺が見たのは一人だ」

「そうですか」

「じゃあ、一人であれだけの兵士を倒したってこと?」

「そうだ」


 それが事実なら、敵は魔王幹部クラスということになるが、仮に、魔王の手先だとすれば、幼い頃からどんな訓練をさせてきたのか。改めて、その非道さに気づかされる。──確定は、していないけれど。


「武器は何を使ってたの? 魔法?」

「今回は魔法だった。風の魔法で、あっという間に切り裂かれた。前回はナイフを使っていたらしいが」

「あかりさんと魔法で戦うなんて、愚の骨頂ですからね。本来は風魔法が得意なのでしょう」


 確かに、世界最強の魔法使いと魔法で戦っても勝てる確率は低い。だからといって、敵の魔法が弱いわけではないことは、現状が証明している。


 現在、トイスは意識は戻り、傷も治ってはいるが、体力と魔力、それから、失った血液を回復するために、もう少し、休むことになった。午後には退院できるそうだ。


***


 次に、私たちはレックスのもとへと向かった。


「トイスが重症……!? 大丈夫なのか!?」

「命に別状はありません。ただ、左目を失明しました」

「おいおい、物騒な話だな……。こりゃあ、他の被害も相当なんじゃねえか?」

「死者も出ています。腕や足がなくなって、以前のように戦えなくなった兵士もいます。その上、敵は一人だったそうです」

「だったそうです、ってことは、敵が誰かも分かってねえってことか?」

「はい」

「そいつぁ、笑えねえ話だな……」


 レックスは後頭部をガシガシとかく。言われてみると、この人も勇者なのだった。元、ではあるけれど。


「あかりも前に戦ったって話だったが?」

「あかりさんは優勢でしたが、嫌な予感がしたので、私が止めたんです。すると、その隙に逃げられてしまいました」

「そりゃ、マナの予感の方が正しいな。あかりもマナにだけは弱いからなぁ」

「……どうですか、勝てそうですか?」


 マナに問いかけられて、レックスは、後ろから赤髪をかき上げる。元勇者である彼に、助力を願いたいということらしい。


「どーだかな。不意を突けば話は別だが、あいにく、今のオレはあかりにすら勝てん。それに、対人が苦手とはいえ、トイスが応戦して片目を失ってる。オレじゃあ少し、力不足かもなぁ。マナが叩けばいいんじゃねぇの?」

「そうしてやりたいのは山々ですが、やられることが分かっていて、向かってくるような敵とも思えません」

「確かに、マナは強すぎるか……」


 強すぎてダメというのはどうなのだろうか。それだけなら、なんとかなりそうな気もするが。


「それに──」


 そこで、マナが言葉を止めた。私は先を促す。


「それに?」

「敵は、心を覗けるかもしれないんです」


 心を覗ける魔法使いなど、そうはいないと思うけれど。


「なんでそう思ったの?」

「そうでなくては、時計塔を狙う理由が分かりません。時計塔の存在は、それなりの人が知っています。ですが、時計塔の本質を知っているのは、私と魔王、それから、大賢者であるれなさんだけです」


 私もその役割──つまり、本質には薄々気がついてはいるが、それには触れない。


「私は生前、お父様から時計塔を管理するよう、仰せつかりました。きっと魔王も、先代から引き継いだのでしょうから、外には漏れようがありません。そして、この中の誰かが裏切ることは、まず、ないと考えていいかと思われます」

「なんでだ? れなはともかく、悪逆非道の魔王だぞ?」

「魔王が裏切るということは、すなわち、戦争を始めるということです。今、戦争を起こすメリットが、向こうにはありません」

「なるほどなぁ。案外、マナが裏切ってたりしてなぁ? ハッハッはあっ──!?」

「素晴らしい発想力ですね。はっ倒しますよ?」

「……はっ倒す前に言ってくれや。いってぇ……」


 レックスは床に叩きつけられていた。あかりにも、床に寝かせられていたし、つくづく、床が好きなやつだ。


「時計塔の本質って、何?」


 知らないフリをして、私は尋ねる。壁に文字があったことも、それらが事実を示しているであろうことも、マナや、あかりの死について書かれていたことも、すべて、知らないフリをして。


「その話は、また後で。もし、引き受けてくださるのなら、息子さんの願いを一つ、聞いて差し上げますよ」

「おーっ! マジでか!? そいつぁ、傑作だ!」

「何、レックスって子どもいるの?」

「はい。離婚して別居していますが」

「ああ……」

「なんだよ、納得したみたいな顔して! 仕方なかったんだよ! 元勇者としての業務がわんさかあって、育児を手伝うどころじゃ──」

「言い訳は結構よ」

「少しはおっさんの話も聞いてくれや……。オレぁ、いつだって、孤独なのさ……」

「鬱陶しいわ」

「うっとぉしぃー……!?」


 レックスの離婚話など、誰得なのだろうか。それこそ、あかりの力で女装した姿でも見せてくれた方がよっぽどましだ。


「それで、引き受けてくださるんですか?」

「おうよ! やってやらぁ!」

「それでは、お願いしますね。いざとなったら、私を呼んでください。ただし、私の頭には知られるわけにはいかない情報がたくさん入っていますので、ご配慮を」

「呼ぶなって言ってるようなもんじゃねぇか……」

「時計塔を見ることと、私の記憶を覗くことを比べたら、記憶の方が重要であることは自明です。もちろん、髪の毛一本、残すわけにはいきません」

「そりゃぁ、女王様は大変なこって」


***


 そうしてレックスへの用事を終えると、次に、マナは壁から降りて、通りの奥へと進んでいった。その、なんとなく、見覚えのある光景を思い出そうとしていると、マナが遠くの地面を指を差した。


「あそこが、まなさんが落ちかけた穴のあった場所ですよね」

「言われてみればそうね。……もう、何もいないみたい。霊解放だからいるかと思ったんだけど」


 ふと見ると、マナはその場所を険しい顔つきで見ていた。それは、今までに見たことがないほどの冷たい眼差しで、全身に粟が立った。


「ごめんなさい、まなさん。危険な目にばかり合わせてしまって」

「危険な目? そんなのあったかしら? ──死ななかったってことは、あの子にあたしを殺す気なんてなかったのよ」

「まなさん──」


 木から落ちかけたり、山火事に突っ込んだりはしているが、全部自業自得だ。マナに何かされたわけではない。それに、穴には落ちなかった。


「──ぺしこん」

「うぐぇっ!」


 てっきり、抱きつかれるのかと思ったら、デコピンされた。私は目を白黒させて、おでこを押さえる。


「もう少し危機感を持ってください!」

「えー、でも……」

「でも、じゃありません。殺す気がないなら、幽霊だろうとなんだろうと、何もしなければいいんです。あの場に、あかりさんとレックスがいなかったら、どうなっていたことか……」


 私はリュックを軽く揺する。多分、まゆも起きてはいるだろうが、あのときのことを思い出しているのか、やけに静かだ。


「はいはい、次から気をつけるわ」

「返事は一回!」

「はい、ごめんなさい。本当に気をつけるから」


 怒りよりも、心配そうな顔のマナに、私は思わず笑みを浮かべる。マナは不服そうに、頭に顎を乗せてきたので、私は鞄を前に抱え直す。そして、どうしたものかと、思っていたとき、


「ちょっとー、れなだけ仲間外れなんてひどーい! あたしも混ぜてっ!」


 と、近くの建物から、れなが出てきて、私に前から覆い被さろうとした。すかさず、マナがガードする。


「くっ、お姫ちゃん、手堅い…。まーいいや! ねー早くー! お茶が冷めちゃうー!」


 私はれなに押されるマナに押されて、わけも分からず建物に入った。

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