第4-28話 平和な一日を過ごしたい
「余はユタザバンエ・チア・クレイアである! 扉よ、開け!」
ユタは誰かさんたちとは違って私が開くまで待っているので、いい子だ。
「ユタ、どうしたの?」
「自由研究の、何か良い案があれば聞いてやるぞ?」
ユタはこれで頭がいいので、学校の宿題は自由研究以外すべて、夏休み前の登校最終日に終わったらしい。ただ、どちらにせよ、魔王になるための勉強がみっちりあるらしく、以前、大変だと溢していた。
それにしても、全部自分でやるのは偉いと思う。魔王などは、絶対、書き初めまで臣下たちにやらせていたタイプの魔族だ。
「自由研究のテーマが決まらないわけね。中で話しましょうか」
少し前に、昼食の匂いに釣られて起きたマナは、ご飯を食べ終わって、あかりに勉強を教えていた。
「あれ、ユタくん。どうしたの?」
「自由研究で何するか決めてないそうよ。あんたたちはどうだったの?」
「あー、あれね。僕、夏休みの宿題とか、 一回もやったことないんだよねえ」
「そんなやつがこの世にいるなんて……。マナは?」
「世界一周旅行日誌は、なかなか売れましたね」
「売れた……?」
「それから、魔力と杖の関係についてまとめた論文が、大賢者賞をとりました」
この子は一体、どれだけ功績を積み上げれば気が済むのだろうか。ユタは小学校の二年生だ。だから、一応聞いておく。
「小学校二年生のときは何したの?」
「二年生のときは、お城のスノードームを作ろうと思ったんです。でも、内部構造は漏洩禁止だったので、妥協案として、私の八分の一スケールフィギュアを作成しました」
「あまり、参考にはならないわね……」
自分で自画像を書いたりしても別に構わないのだが、モデルがマナとなると、話は変わってくる。売ったらすごいお金になりそうだ。
「お姉ちゃんは、何したの?」
そうユタが尋ねた。ユタは、私がどんな生活をしてきたか知らない。監禁されていて、八歳まではまゆ以外の人と会話らしい会話をしたことがなかったし、学校なんてものがあることすら知らなかった。
そうして、外に出て、失敗を繰り返し、一から世界の仕組みを学んでいった。その後、まゆを治す方法を勉強するために、ノアに入ることを決意したのだ。
つまり、私は、小学校、中学校には通っていない。当然、自由研究なんてやったことはないし、高校ではやらないので、一生やらないだろう。──私もあかりのことを言っていられない気がしてきた。気のせいだと思いたい。
「あたしのことはいいから、あんたのことを考えましょう。あんた、クマが好きだから、クマの観察日記でもつけたら? あたし、知り合いのクマがいるから、紹介するわよ?」
「しれっと言ってるけど、クマと知り合いって、わけ分かんないからね?」
「あー……それ、去年やった。チアリターナが協力してくれて」
「あ、やったんだ!?」
さすが、次期魔王。やることのスケールが大きい。かけられるお金が全然違う。
「魔王城で発表会があるから、そこそこの内容かつ、小学生らしいものをやらなきゃいけないって、おばあちゃんが」
「ボーリャさんも大変ね……。前のときはどうやって決めたの?」
「お母さんが一緒に考えてくれたんだ」
私は寂しそうなユタの黒髪を撫でる。となれば、今年は私が考えるしかないわけだが。
「あたし、実は最近、ノラニャーとネコの違いが気になってるのよね」
「モンスターかそうじゃないかじゃないの?」
「二足歩行と四足歩行とか、物を盗むとか、色々あるでしょ? すぐに見分けがついたら、盗られた地図を追いかけたりしなくていいと思うわけ」
「まな、まだ根にもってたのー? そろそろ許してあげなよー」
「別に、根になんて持ってないわ」
昨日、あかりの部屋にノラニャーがいることが発覚した。もしかしたら、あかりがなんらかの目的で私から地図を奪うという嫌がらせをしたのかもしれない。──咎めるような視線をあかりに送ると、笑顔でかわされた。
「でも、近くに住んでたノラニャーたち、巣に還されちゃったんでしょ?」
そう。主に、マナとあかりが討伐した。盗品は全焼していたらしい。そういうわけで、二人がやったとは、言い出せなくなってしまったわけだ。もともと、自分がやったとは言い出さない二人だけれど。
「探すところからやればいいわ。ノラニャーなんて、物盗られる以外に危険なことなんてないし、大丈夫でしょ」
「モンスターって飼っていいの?」
「さあ? 知らないけど、あかりに頼むといいんじゃない?」
「ちょっとまなちゃん??」
「じゃあ、ネコは?」
「野良猫ならその辺にたくさんいるでしょ」
「分かった。あかり、よろしくお願いします」
ユタはぺこっと頭を下げて、お願いする。最近、ユタは人にお願いするということを覚えた。あのユタに頭を下げさせるなんて、さすがボーリャさんだ。
あかりは心底、嫌そうな顔をしていたが、結局、断りきれなかった。そして、ユタは部屋に戻っていった。
「ちょっとまなちゃん、勝手にうちのシーラを売らないでよ。繊細な子なんだから」
「あんた、あたしの地図、そのノラニャーに盗らせたでしょ?」
「シーラだってば」
「盗らせたのは、事実ですよね」
はぐらかそうとするあかりに、マナがそう言った。あかりは、否定せず、代わりに、私から視線を外した。
「なんでそんなことしたわけ?」
「いやー、やっぱりさ、友情を深めるには、困難を一緒に乗り越えるのが一番、早いんじゃないかなーって」
「あんた、つくづくクズね……」
「ごめんごめん」
もともと、私たちが親睦を深めることは計算されたことで、宿舎が同じだったのも、偶然ではなく故意だということは、さすがの私も、もう知っている。最初はかなりショックを受けたが、別にたいして気にはしない。まゆがいてくれさえすれば。
「あんた、いくつ隠し事があるわけ?」
「さあねえ?」
そもそも、なぜ私の願いを狙うのか、その理由も不明だ。聞いてもはぐらかされるだけなので、もう聞かないけれど。
「まなさんは、どうしてこんなクズ野郎と普通に話せるんですか?」
「ごふぉっ」
あかりが撃沈した。マナは相変わらず、容赦ない。仮に、私と同じことを言ったとしても、マナから受けるダメージの方が遥かに大きいだろう。確かに、昨日の一件は、決別してもおかしくないほどのことだったが。
「あたしは許してないけど、マナが許すって言うんだから、あたしは何かを変えるつもりはないわ」
「まなさん、愛してます」
「はいはい」
マナは私に抱きついてきた。私も大概、マナに甘い。この可愛さの前では、人類も魔族もモンスターも、皆等しく無力だ。
「クズ……野郎……」
あかりが何やら、うわ言のように呟いていたが、無視した。
「お姉ちゃん、宿題やってる?」
「んーん。やる気なーい」
「やる気ないじゃありません。一日五ページはやらないと、後が大変よ」
「えー、やだやだー」
「わがまま言わない」
マナが私を抱きしめる力が、少しだけ強くなったような気がした。
「マナ? どうかした?」
「──いえ。なんでもありませんよ」
「そう?」
まゆの姿は誰にも見えていない。そして、まゆに関わるすべての記憶は、ただちに記憶から消される。だから、違和感など、感じるはずもないし、感じたとしても、すぐに忘れるはずなのだ。そんなことは、とうの昔から知っている。ただ、忘れていただけで。
──そうして、日が暮れて。
「よし。宿題終了」
「私も終わりました」
「早すぎ……。羨ましー」
「二人ともすごいねー!」
マナに至っては、昼から始めて、すべて終わらせたらしい。間違いなく、彼女は天才だ。当然、まゆは一ページも進んでいない。
「あかりはどこまでやったの?」
「社会がね、二ページ終わったよ!」
「嘘は良くないわよ」
「嘘じゃないって!?」
そう言って、あかりはワークノートをこちらに見せてくる。私とマナは、それを隅から隅まで眺めて、真面目に取り組んでいることを確認する。
「あかり、あんた、やればできるじゃない……!」
「感動しました……」
「あかりくん、すごーい!」
「え、そんなに? なんか、照れるな……」
大袈裟と思うことなかれ。今まで、宿題などろくに出したことのないあかりが、二ページも終わらせていたのだ。人にはそれぞれペースがある。それを考えれば、これは素直に褒めてもいいだろう。
──甘やかしすぎだろうか。いや、ティカ先生に出された宿題には、まったく手をつけていないのだ。十分、進歩と言える。
「僕、明日も頑張るね……!」
誉められるのに慣れていないあかりが、照れた様子で、少しだけやる気を出した。こんなことでやる気が出るのなら、誉めて損はないだろう。
とはいえ、このペースでやっていては、期日に間に合わないのだけれど。それは、黙っておくとしよう。
「今日は解散。また明日から頑張りましょう」
そうして、何もない平和な一日が過ぎた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます