第4-23話 魔王の用事が知りたい

「おばあちゃん、ただいまー!」

「おお、ユタさん。おかえりなさいませ」

「あれ、お客さん? お姉ちゃんと……お父様」


 はしゃいでいたユタの顔が、急に曇った。子どもには、必要以上に恐ろしく映るのかもしれない。


「おかえりユタ」

「──おかえり、ユタザバンエ。友人とは、親しくやっているか?」

「は、はい」

「そうか」

「──? お父様、なんだか、いつもよりも、元気がないような……?」

「気のせいだろう」


 なんと、勘の鋭い子どもだろうか。察しが良すぎる。


「そうですか。……失礼しました」


 ユタは幼いのだから、周囲など構わず、喋り倒してくれればいいのにと思う。これで、わりと、周りの変化に敏感だ。


「ユタ、友だちは元気だった?」

「べっつにぃ? 元気だけどぉ? えっと、サリーと、ヒメルカと、ネーデリッヒと、タチアナがいてね、サリーは僕にくっついてて、ネーデリッヒとタチアナは、僕がどっちを好きかで喧嘩してた」


 この通り、ユタの口からは女の名前しか出ない。そして、定期的に入れ替わる。生意気なやつだ。ただ、ヒメルカという子だけはいつも話に出てくる。ヒメルカは聞く限り、計算高い、魔性の女だ。


「ヒメルカは?」

「ヒメルカはね、トイレから帰るときに、たまたますれ違って、プレゼントくれたんだ。これ、手作りのクッキーだって。みんなには内緒だって言ってた」


 ユタの好きなクマのクッキーだ。しかし、よく見ると、赤いハート形のやつが一個入っている。ヒメルカのそれは偶然ではなく、明らかに狙ってやったのだろう。あの子はそういうところがある。会ったことはないけれど。


「あとね、ネーデリッヒとタチアナを仲直りさせてたし、サリーみたいにくっついてこないし、それから──」


 とまあ、いつものように、小二の可愛らしい話を聞いていた。ただ、


「ヒメルカは可愛いんだけど、いつもニコニコしてるから、なに考えてるかよく分かんないんだよね。あ、ハートだ」


 クッキーを食べながら、ユタが言った。こいつが、一番、魔性だ。果たして一体、何人泣かせることになるのか……。


「あんたは、あかりみたいになっちゃ駄目よ」

「あかりぃ? ……そういえば、お姉ちゃん、今日は二人と一緒じゃないの?」

「色々あったのよ。それより、お父さん、妙に静かね?」


 私は黙ったままの父へと、雑に話題を振る。父は腕を組み、真剣な顔で、


「話に入る隙を狙っていたのだが。うむ、難しいな……」

「あ、そういえば、お父様いたんだった」

「……くくっ」


 ユタにさらっと忘れていた発言をされて、父は力なさげに笑った。なかなか、今のはダメージが大きい。さすがの私でも、そこにいる人のことまで忘れたりはしない。フォローはしないけれど。


「お姉ちゃん、クッキー一個あげる」

「うん、ありがとう。お父さんにもあげたら喜ぶわよ」


 そんなこんなで、気を回しながら話していると、そのうちに、ユタは眠りこけてしまった。遊び疲れたのだろう。ちなみに、クッキーはチョコレート味だった。私は眠るユタの頭を撫でながら父に訪ねる。


「ユタって、いつ即位するの?」

「八年後。十六の誕生日に我が城で即位のパーティーを行う予定だ」

「後、八年。──あっという間ね」

「貴様もまだ十六だというのに、奇妙な言い方をするものだ。くくっ」

「そう? でも、まあ、今のあたしが魔王になるみたいなものなのよね──」


 そうして、少し沈黙が流れて。何も言わない魔王に痺れを切らして私は問いかける。


「あんた、暇なの?」

「暇ではない」

「じゃあ、さっさと要件言ったら? あたしとユタの顔を見に来たのは嘘じゃないかもしれないけれど、他にも用事があるんでしょ?」

「……そうだな。まだ、教えられぬとは思うが、伝えられる限りのことは伝えよう」


 魔王は立ちあがり、ついてこいと言った。ユタをボーリャさんに任せて、言われるがままに外に出る。


 まだ外は明るく、庭には、小さなカラスがとまっていた。そのカラスは、私に気がつくと、飛んできて、肩に乗る。ずいぶん、人懐こい。よく見ると、羽に三日月の模様がついていた。


「ルークに会ったことがあるのか?」

「ルーク? ……あ、ハイガルのルナンティアね。一度、乗せてもらったわ」


 聞くところによると、ル爺は昔から魔王に仕える存在で、育てたモンスターや人形の魔族に、ウーベルデンの名を与え、魔王に仕えさせるらしい。


 つまり、ハイガルも間接的には、魔王の部下ということだ。それで、葬式にも参列していたわけだ。ルークもハイガルの使い魔なので、魔王の指示にも当然、従う。


「──」

「どうかした?」

「少し、思うところがあってな」


  なんでも、ハイガルの件は事情が少し、特殊らしい。そこまではハイガルが教えてくれたが、詳しい内容までは聞いていない。


「今から、チアリターナの元まで行く」

「へえ」

「お前も一緒に来い」

「え、あたしも?」

「行くぞ」


 私はルークの背に乗り、魔王とともにチアリタンへと向かう。夏真っ盛りでも、上空は比較的涼しい。日差しは魔王が影をつくって防いでくれた。


「それで、何の用?」

「……着いてから話す」


 魔王は何かを恐れているかのように、何も語ろうとはしなかった。私も、そこに踏み込む気にはなれず、また、沈黙が続いた。

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