第4-21話 コミュ力を獲得したい

「あたしもよ。でも、久しいってほどじゃないと思うけど?」

「そうか? 余にはずいぶんと長く感じられたがな」

「立ち話もなんですから、お二人とも、中へお入りください」


 ボーリャさんに促されて、私はユタが住む部屋に上がる。今日は、なんだか忙しい日だ。


「まなさん、お昼はどうされましたか?」

「そういえば、まだ食べてなかったわね」


 言われると、急にお腹が空いてきた。ボーリャさんは笑って、すぐ支度をすると言ってくれた。


「それで、今日はなんで来たわけ?」

「く……、んん。娘に会いに来るのに、理由が必要か?」

「あっそう……。その答え、鬱陶しいわよ」

「鬱陶しい、か。くっくっくっ……」


 確かに、いつ、理由もなく会いに来たところで、問題はないのだろうが。露骨な愛してますアピールがウザいというか。普通に特に理由はない、だけでいいと思う。ただ、その様子に、少しおかしな点があった。


「なんか、怒ってる?」

「怒ってなどおらぬが?」

「絶対嘘でしょ……」


 指を机の上でとんとんしていた。顔も険しいし、これで気がつかないやつなど、この世にいないだろう。気づいてくださいと言っているようにしか思えない。


「指とんとんしないでくれる? 目障りよ」

「目障り──。んん、今後、気をつけるとしよう」

「まなさん、あまり、かっちゃんをいじめてはいけませんよ」

「ボーリャ。その呼び方は控えるようにと、言ったはずだが?」

「そうでしたっけ? それはすみませんね、かっちゃん」


 ……なんと、盛り上がらない空間だろうか。周りのことなど我関せずな私でも、気まずいと感じるレベルだ。私はそっと、ため息をつく。


「そちらこそ、何かあっただろう」

「別に? あたし自身は何もないわよ」

「琥珀髪の男か」

「……なんで分かるわけ? 気持ち悪いんだけど」

「くっくっくっ……」


 あかりのことなど話したことがないのに、恐すぎる。私の人間関係を逐一、確認しているのだろうか。それが事実なら、受け入れがたいのだけれど。親だからこそなのか、なんか、生理的に無理だ。いや、あかりと関わりがあるから、そちらから聞いているのかもしれない。だとしても無理だけれど。


「大方、桃髪の王女と何かあったのだろう?」

「気味が悪いわね……。ええ、そうよ。あかりがマナの求婚を断ったの。かなり、酷い断り方だったと思うわ」

「盗み聞きか?」

「こんな薄い壁じゃ、隣の部屋の音くらい、嫌でも聞こえるわよ」

「そうか──」


 魔王は顎に手を当て、考える素振りを見せる。私は邪魔をしないよう、静かにしていた。


「ボーリャ、お茶を──」

「お茶くらい、自分で注いでください。ここは城ではないのですから」

「……ああ」


 魔王が普通にポットからお茶を注ぐ光景は、なかなかに、シュールだった。少しして、水を注いだコップを一つ持って戻ってきた。


「それ、当然、あたしの分よね?」

「何?」

「そこまで行ったなら、普通、あたしの分も用意するでしょ。まったく、気が利かないわね」


 私は立ち上がって、自分で水を注ぎ、一気に飲み干した。魔王はそれを、なぜか立ったまま見ていたが、やがて、座った。


「ボーリャさん、手伝うわ」

「いえいえ、いいんですよ。二人でお話なさってください」

「でも、あの人、あたしと話す気ないみたいだし」

「そんなことありませんよ。ただ、何を話していいか分からないだけです。それから、気持ち悪いは、さすがにおやめください。かっちゃんはあれで、とても、傷つきやすい方ですから」

「とてもそうは見えないけれど……」


 本当に話す気があるのだろうかと、私は顔をまじまじと見つめてみる。


「どうした?」


 しかし、いざ、話そうとすると、何も話題が浮かんでこない。今まで私はどうやって人と会話していたのだろうか。


「最近どう? 体調とか、崩したりしてない?」

「案ずるな。魔王は病などにはかからぬ。かかったとしても、一瞬で治せる」

「そう……」


 ──沈黙。


「今日はいい天気ね」

「そうだな」


 ──。


「生活費のことだけど、ありがとう。助かるわ」

「気にするな。金ならいくらでもある」

「そうよね、魔王だものね」


 ──駄目だ。ろくな話題が浮かんでこない。返しも独特すぎて、対応しきれないし。私だけが悪いわけじゃないだろう。多分。


「あんた、あたしに聞きたいこととかないの?」

「──学校は楽しいか?」

「普通だけど」

「そうか」


 ──。


「友人関係で何か悩みなどはないか?」

「あの二人が心配で仕方ないけど?」

「そうだな。先ほど、そう言っていたな」

「ええ」


 ──。


「勉強はついていけているか?」

「ええ。問題ないわ」

「そうか」


 ──。


「部活動には参加しているのか?」

「いいえ、別に」

「そうか」


 ──。


 本当に、私たちは親子なのだろうかと、疑うくらいに、会話が弾まない。まあ、目つきの悪さがそっくりなので、血の繋がりは、疑いようがないのだけれど。


 とはいえ、蜂歌祭で会うまで、会話をしたことがなかったのだ。声すらも知らなかった。だから、思い出のない時間の分だけ、きっと、埋めがたい溝のようなものがあるのだろう。


「ほら、オムライス、できましたよ」


 永久に続くかと思われた地獄のような時間に、一筋の陽光が射した。スプーンで卵を割ると、中からトロッと、黄身が流れ出した。一口食べれば、その美味しさの虜になる。プロレベルだ。


「……ボーリャ。なぜ、グリンピースが入っている?」

「いつまでも好き嫌いせず、お食べなさい」

「グリンピースが嫌いって、子どもみたいね」

「どこからどう見ても、余は子どもではあるまい?」

「知ってるわよ……」


 食べ終わって、すぐ、魔王は寝転がろうとした。それを、私は制止する。


「あんた、食器洗いくらい手伝いなさいよ」

「しかし、今食べたばかりで──」

「は? そんなの関係ないわ。はい、動く」

「……マリーゼそっくりだな」

「え?」

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