第4-15話 種族を当てたい

 あかりと二人きりになった部屋で、私はあかりに問いかける。


「……あんた、どうすんの?」

「ぽけー」


 私は髪の毛を引っ張る。すると、あかりは後頭部を床に思い切り打ちつけた。


「いだつっ!?」

「これは、重症ね……。ていうか、あんた、マナと付き合ってるわけじゃないのね」

「うん……。まあ、色々とね……」


 あかりの顔は真っ青で、すっかり、意気消沈していた。死にそうな顔をしている。起き上がる元気もないらしい。


「隣国の王子ってことは、たぶん、政略結婚ね。本人の意思で決められる問題じゃないわ。……って言っても、みんなマナに甘いし、今度もなんとかなりそうだけど」


 あかりは、吹雪く雪山の中に、何時間も取り残されたかのような顔をしていた。本当に死ぬのではないかと心配になるほどに。そして、ガタガタと震え始めた。


「ほら、マナも嫌がってたし。なんとかなるわよ」

「う、うううん、そそそそそそ……」

「そんなに嫌なら、付き合えば?」


 あまり口出しはしたくないけれど、この二人なら、意外と、なんとかなりそうだし。


「無理」

「なんでよ?」

「……うわああああ!!」


 頭を抱えて、今度は上下に揺れ始めた。わけが分からない。昔、何かあったのだろうか。とはいえ、こんな反応をされると、無理やり聞く気にもなれない。


「あんた、マナが王子と結婚してもいいと思ってんの?」

「え……? そんなことになったら、僕、死ぬ……?」

「あんたが何もしなかったら、マナはそっちを選ぶんじゃない? 王子なんて、いかにもポテンシャル高そうだし」

「そ、そんなこと、ある? え、ある? ないよね? ねえ?」

「少なくとも、あたしだったら、あんたは選ばないわね。どこがいいのか、さっぱり分かんないし」

「それは僕もそう思うけどさ……。ワンチャン……?」

「ないわね。むしろ、王子と比べて、あんたのどこがいいのか、言ってみなさいよ?」

「魔法」

「それだけ? なら、諦めた方がいいわね」

「か、顔!」

「マナ、あんたの顔、あんまり好きじゃないって言ってたわよ」

「うん、知ってた! 言われたことあるもん! ねえ、もう絶対無理じゃん! どうしたらああああ!」


 また上下に揺れ始めた。とはいえ、マナがその辺の王子ごとき、相手にするとも思えないけれど。むしろ、たいていの王子たちは、心を折られると思う。マナはなんでもかんでもできすぎて、却って隙がないのだ。口笛は吹けないようだが、味覚がないのに、レシピを見さえすれば、料理は普通にできていたし。さすがに、プロレベルとまではいかないけれど。


「あんた、せめて、もう少し根性見せなさいよ」

「別に弱くて可愛いいままでもいいじゃんかー」

「甘えてんじゃないわよ。待っててもマナは降ってこないわよ?」

「分かってるけどさ……」


 あかりは膝を抱えて、ため息をついた。


 そのとき、ノックもなしに扉が開かれて、私は目の前にトンビアイスを差し出された。


「まなさん、結婚してください」

「あたし、マナのことそういう風に見たことないから、悪いけど──」

「──まなさんは、真面目ですね。愛してます」

「ああ、そう……。それで、本当にお見合いするの?」

「カルジャスー」

「マナはなんでお見合いが嫌なの? 隣国の王子が嫌いとか?」

「……カルジャス」


 それきり、マナは黙りこんでしまった。あかりは、半分くらい気を失いかけているし。自分の部屋に戻ってくれと思わずにはいられない。ここは私の部屋だ。


「あんたたち、あたしに話せない事情があるなら、二人で話し合いなさいよ。あたしはちょっと、外に出てくるから」


 どちらも返事をしなかった。まるで、お通夜のような空気だった。


 私はトンビアイスを冷凍庫にしまって、下の階に降り、ロビーの机で宿題をすることにした。


「きばっちょるけん」

「あ、ル爺。いたの?」

「いえそー」


 ここからは玄関が丸見えなので、当然、玄関横の椅子に座るル爺の姿も見える。


「なっちょばこんなとこっち?」

「何言ってるか全然分かんないけど、あかりとマナが話があるみたいで。しかも、あたしの部屋に居座るからあたしが出てきたの」

「まなさんど大変ばち」

「やっぱり、あたしって、あの二人の面倒見て、大変よね」

「お前も、大概だけどな」


 その声に振り向くと、一階の通路の方に、青髪の青年が立っていた。ハイガルだ。こうして姿を見るのは久しぶりな気がする。


「ハイガルや、でっちょぱす?」

「心配しなくても、一人で、行ける」

「ぞんだらばっけいっちゃんせ──」

「あんたは、俺を何歳だと、思ってるんだ。俺はもう、十七だぞ」

「そげんじっちも、おまさん目が……」

「魔力探知が使えるから、問題ない」

「──魔法ば使われむとなっちばどげずんぴゅ! ごげん昼間に!」


 ル爺が突然怒り出した。私は肩をびくつかせる。これ以上、喧嘩になるようなら、止めなくては。


「知らん。目が見えなければ、音を頼りにすればいいだろう。それに、トンビニでポンポンサイダーを買ってくるだけだ。なんで、いつまでも、ついてこられなきゃならない?」

「なづぅ口どぎぎがだぞゃ!」

「あー、あたし、トンカラが食べたいわ。ハイガル、一緒に買いに行ってくれない?」


 私はル爺とハイガルの間に立ち、仲裁に入った。


 ──先ほど、マナにトンビアイスを買いに行かせたばかりだというのに、結局、自分で行くことになった。


「……悪かったな。巻き込んで」

「気にしないで。あたしが勝手にやったことよ」


 それにしても、先ほどのル爺の怒りようは凄かった。血管がはち切れて死ぬんじゃないかと、ちょっと心配した。


 それに、気になっていることがあった。そう、母の葬式に来ていたことだ。


「……あんたって、魔族じゃ、ないわよね?」

「いや、魔族だが」

「え? そうなの? でも、目の色が──」

「ああ、俺はクレイアみたいな、人魔族じゃないんだ。モンスターだからな」

「へえ。そうなの」


 これでも、私は内心、とても驚いていた。まさか、ハイガルが人でないとは思っていなかった。モンスターということは、卵から産まれたということだ。驚くに決まっている。


「何のモンスター?」

「悪魔の一種だ。当ててみろ」


 そう言われて、私は持っている知識を総動員して考える。悪魔は成長するに従い、人に近い形をとれるようになる。とはいえ、ハイガルのように人のコミュニティに属していることは少なく、共食いなどをして生きていることが多い。


 私は日傘をくるくると回してみる。ハイガルも日傘を差していた。彼は昼間に外に出ている感じもしないし、


「日に当たると駄目とか?」

「そうだな。光を浴びすぎると、ものすごく疲れる」

「それなら、キュランね」

「正解だ。よく、知ってるな?」

「たまたまよ」


 キュラン。別名、吸血鳥。そう、鳥だ。生態は血を吸うこと以外、フクロウに近かったと思う。


「もしかして、あんた、実は魔法使わずに飛べるの?」

「ああ。背中から、バサッと、翼が生える」

「バサッとね」


 そうこう話しているうちに、トンビニについた。目的のものを買い、私たちはこの前の公園で、一休みする。


「トンカラあげるわ」

「いいのか?」

「ええ」

「じゃあ、遠慮なく」


 そう言うと、ハイガルはトンカラを二つ持っていった。


「二つ食べていいとは言ってないわよ」

「見えないからな。悪いな」

「……いいえ、わざとでしょ」


 ハイガルは「バレたか」と言って、いたずらっ子のような顔をした。


「この前、一つやっただろう」

「あのときあの瞬間のトンカラは、あのときしか味わえないんじゃなかったの?」

「何の話だか、さっぱり」


 ハイガルはポンポンサイダーを喉に流し込んでいた。なんだか腑に落ちないが、よく考えれば、ハイガルには恩しかないし、まあいいか。


「あんた、ル爺と仲いいの?」

「昔はな。今は、喧嘩ばっかりだけどな」

「ル爺も、キュランなの?」

「いや。あの人は、卵のときから、俺を育ててくれた人だ。間違いなく、人魔族だ」

「そう。じゃあ、瞳の色は赤いのね」

「怒ると、全身赤くなるけどな」

「あんたも大概ね……」


 飲み終わったポンポンサイダーの容器を、ハイガルはゴミ箱に投げ捨てる。私も残っていたトンカラを口に入れ、帰路につく。


「あんた、生き物の血吸わなくて大丈夫なの?」

「いや、わりと吸ってる」

「わりと吸ってる!?」

「安心しろ。人の血は、吸ってない。出荷前の家畜から、注射器一本分ずつ、もらうくらいだ」

「美味しいの?」

「興味があるなら、飲んでみればいい。鉄の味しかしない」

「そうよね……」


 そんな会話をしながら、宿舎がある通りに曲がると、長い桃髪が猛スピードで反対に駆けて行くのが見えた。


「マナ! ……あーあ、やっちゃった」


 宿舎の入り口に、あかりが座り込む。すると、中から、ギルデルドが出てきた。ギルデはマナが走っていった方を一瞥すると、あかりの胸ぐらに掴みかかり、顔面を殴った。


「今日は喧嘩の絶えない日ね……!」


 私はあかりの様子をうかがい、ハイガルはギルデを押さえつける。さすがキュラン。人よりも圧倒的に強い。ギルデはぴくりとも動けないようだ。


「離してくれハイガル!」

「離したら、殴るから、ダメだ」


 あかりは、殴られた痛みというよりも、人に触れられた恐怖で、体を震わせていた。一体、何があったのだろうか。というより、なぜここで、ギルデなのだろうか。


「とりあえず、中に入ったら? マナに本気で逃げられたら、誰も捕まえられないだろうし」


 そうして、私たちはギルデとあかりを中に連れ戻した。

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