第4-13話 夏休みを楽しみたい
テスト前日。その日は休みで、明日から三日間、テストは行われる。
「あかり……嘘でしょ?」
「あかりさん、本当ですか?」
「なんとかなるよね? なんとかしてくれるよね?」
あかりはテスト前日の今日、昼過ぎに私の部屋に来て、こう言った。「テスト範囲ってどこだっけ?」と。
そして、続けてこう言った。「テストっていつからだっけ? 最初、何の教科?」と。
当然、私は髪の毛を引っ張った。後から、マナに飛び膝蹴りを顔面に食らっていた。あれは、痛かったと思う。すぐに魔法で治していたけれど。
「あんた、分配法則もできなくて、どうやってノアに入ったわけ?」
「めちゃくちゃ勉強した。三日間はちゃんと全部覚えてたよ!」
つまり、三日ですべて忘れたということだろうか。悲惨な記憶力だ。
「よく入れたわね……」
「やっぱりさ、人間、不可能なことなんてないと思うんだよね」
「でも、今回のテストは諦めてください」
「見捨てないでええ!!」
本当にヤバいらしい。私もさすがにここまで救えないと思ったのは初めてだ。
「ねえ、どこが出る?」
「ヤマ張るなんて、信じられない……目眩がするわ」
「私はヤマを張るのも大事だと思いますよ」
「マナは勉強してるわよね?」
「してるわけないじゃないですか。私は勉強しなくても、満点しか取らないいひゃいれふ」
柔らかい頬を引っ張っておいた。マナができることに関しては、疑いようもない。イラッとはしたけれど。
「はあ……。明日は、国語と社会と魔法科学よ」
「国語は、ワンチャン、フィーリングでいけたとしても、魔法科学っていうのが、何にも分かんないんだよね。教科書どれだっけ?」
私は色々と言いたい気持ちを飲み込み、尋ねる。
「……社会は?」
「紙に出そうな単語を書いて──」
「留年しなさい」
「冗談ですごめんなさい!」
そもそも、言語もままならないと言っていた。もう、どうしてやったらよいのか……。
「すぐに始めるわよ。まずは社会から。歴史よ。一回で頭に叩き込みなさい。いいわね?」
「うげっ……しかも歴史とか……終わった。国が違うから全然分かんないし……」
「流れで覚えなさい。初代魔王はトーリス・クレイア。勇者はレイノン・ミーザス。この二人は覚えておきなさい」
「トーリス。レイノン。はい、覚えた」
「このとき勝ったのはレイノン。勇者の方ね。戦争に勝利した人類は、レイノンの偉功を讃えて、ミーザスっていう町を作ったの」
「なんでミーザス?」
「……マナ、あとは頼んだわよ」
私がこんなに簡単に諦めることなど、非常に珍しい。それに、マナの声の方が頭に入ってきやすいだろう。毎朝、隣の部屋から、マナボイス目覚まし時計の音が聞こえてくるくらいだ。よっぽど、マナが好きなのだろう。
「えー……」
「あんた、あかりの扱いには慣れてるでしょ」
「手のかかる子みたいな言い方しないで!?」
前日にもなってくると、私の場合、勉強することがなくなってくる。仕方ないので、魔法科学の問題をいくつか作ることにした。
「──レイノン・ミーザスは、とても慈悲深い人でした。私のように。負けた魔族にも居場所が必要だと、ミーザスを魔族の住む町にすることを決意しました。これを、勇者町譲渡と言います」
「あー、なるほど、勇者町ね」
「しかし、せっかく作った町を魔族に渡すなんて、許せない、と、人間たちは怒り出しました。そして、勇者レイノンは処刑されました。このとき、レイノンが最後に残した言葉として、『人類は自滅する』という言葉が有名です」
「へえ、なんかカッコいい名言!」
「それでは、魔法科学にいきましょうか」
「え? もう?」
「魔法科学が終わったら、今のところまで覚えているかどうか、テストします。これは、勇者として覚えておくべき常識ですし、テストにも絶対出ます。これさえ覚えておけば、社会の三点は確実ですから、しっかり、覚えておいてくださいね」
「了解! 次、まなちゃん先生、お願いします!」
「じゃあ、まずは、魔力回路の問題ね。魔力には三種類あるわ。粒形、波形、そして、遠隔形ね。どれか一つは計算問題が出ると思うんだけど、やるならどれがいい?」
「粒?」
「マナは?」
「遠隔だと思います」
「それなら、遠隔形にしましょう」
「なんで!?」
「聞いておいてなんだけど、あんたの勘が当たるわけなかったわ。じゃあ、まずは、基本のおさらいから──」
***
なんやかんやで、テストの返却が終わり。明日からは夏休みだ。
「あー! やっと夏休みだーっ!」
「あかりさんに、夏休みなんてあるんですか?」
「え、どういうこと?」
「宿題と追試とテスト直しとレポート。あんたに休む暇なんてあるの?」
「聞きたくない! そんなもの、僕は知らないんだ……!」
「コツコツやれば大丈夫よ。今日から一緒にやりましょう」
「今日だけは休ませて……!」
「ダメですよあかりさん。夏休み後半は海に遊びに行くんですから」
「へえ。二人で行くの?」
「まなさんも行きますよね?」
「あたしは無理よ。バイトがあるから」
そのとき、マナとあかりが足を止めた。肌が弱いため、日傘を差し、眩しいので、サングラスをかけた私は、それを無視して、二人の前を歩いていく。早く涼しい家に帰りたい。
「聞いてません……! いつ、どこで、どなたと、何のバイトをする気ですか!」
後ろからついてくるマナに問いかけられる。
「あんたはあたしの親なの?」
「いやいや、僕も聞いてないけど。いつ決まったの?」
「入学したときから、夏休みはバイトしようと思ってたのよ。それで探してたの」
「お金に困っているのなら、私が──」
「あんたのお金でしょ。大事に使いなさい」
宿舎に戻ってからも、話は続いた。
「夏休みに、まなさんと、遊べないなんて……。この世界に希望なんてないんですね……。しくしく」
「大袈裟ね……。あかり、どうにかしなさいよ」
「なんとかって言われてもさ……。空いてる日とかないの?」
私は手帳を取り出し、カレンダーを確認する。
「仕方ないわね。何日くらい遊びたいわけ?」
「毎日です」
「早起きしてくれれば、一時間くらいは遊べるわよ」
「そうじゃないんですよ! まなさんは本当に、何も分かってません……!」
「何も聞いてないんだから、分かるわけないでしょ?」
すると、マナはどこからかカレンダーを取り出し、私に見えるように机に置いた。そこには、すべての日に、びっちりと予定が書き込まれていた。
「今日は、二十時、ミーザス空港発、カルジャス行き……は!? カルジャス!?」
「チケットも予約してあるんですよぅ……!」
「そんなこと急に言われても……」
「カルジャスってどこ?」
「海外。なんでいきなり海外旅行することになってんの?」
途端、マナの表情が曇った。しかし、そう見えただけかもしれない。
「カルジャスですよ!? 夢のカルジャス。カルジャスバーガーにカルジャスビーフ、カルジャスステーキもあるんですよ? どうしてバイトなんて入れたんですか!」
「答えになってないし……。王都への旅行費とか、ユタと謝罪して回ったときの交通費とか、食費とか、なんやかんやで、あっという間に無くなっちゃったわ」
「お父さんに生活費とか、出してもらえないの?」
「お父さん? ……考えたことなかったわね。あんまり話したことないし、頼みづらいっていうか。魔王だから、忙しいだろうし」
「れなさんを頼るのはどうですか?」
私は、先日、姉と名乗ったれなに、大変酷い言葉をぶつけたことを思い返す。あれ以来、手紙は届かないし、こちらから連絡を取ることもできない。
なぜ、私はあそこまで怒ったのか。今となれば不思議な話だ。幽閉されていたのも、脱走して罰を受けたのも、全部自分のせいだというのに。
「無理ね。喧嘩中だから」
「喧嘩したんですか」
「へえ……ってことは、まなちゃんって、学費自分で出してるの?」
「学費? 払ってないわよ。あたし、特待生だから。奨学金があるの」
「そっか、まなちゃん頭いいもんね」
「それにしても、生活費を自分で稼がないといけないなんて、魔王は何をしているんですか。こんなに可愛い娘を放っておいて!」
そう言って、マナは私に抱きついてくる。さすがにもう、慣れてきた。
「あんたの娘じゃないわよ」
「行きましょう、まなさん」
「どこに?」
「ユタさんのところです」
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