第4-9話 気配を消したい
次に目を覚ますと、そこは現実の世界だった。
「すぐ捕まってんじゃねエよ!」
「ぐぇっ!?」
僕は髪の毛を引かれて、床に転がされる。
「おめエが見てるのは、過去の記憶だ。記憶におめエを無理やり登場させてンだよ。記憶が正しくなくなったら、その先も変わる。そしたら、覗けなくなっちまうだろうが。分かるか? 分かんなくても分かれ、分かったか!!」
「はい、気をつけます!!」
全く分からなかったが、分かれと言われたので、分かった。
「ったく、手間が増えるだろオが……」
見つかったら死ぬとかそういうことはなさそうだ。よかった。
***
まなちゃんを探して、前とは別の道をたどっていく。しかし、赤い瞳の人物は一人たりとも見つからなかった。
「とりあえず、さっきの女の子の様子を探ってみようかな」
家屋の中にはいないらしかった。そうして、少し歩くと、テントのような場所があった。その辺りに落ちているものを組み立てて設置したような、簡素な小屋だ。
「まいったなー、どーしよー……」
中から先ほど聞いた声が聞こえてきて、僕は聞き耳をたてる。偶然、ここのテントだったらしい。
「その辺にいいカモいないかなー……」
「カモ……」
少女が僕の気配を感じてか、外に出てくる。だが、僕は咄嗟のところで、テントの裏側に隠れた。少しして、少女が中に戻っていく気配がした。
「──まず、ここで何があったのか確認しないと」
先ほどの爆発。規模などは、素人目には分かりようもないが、遊びやおふざけでないのは確かだった。
「爆発ねえ……」
少し待っていると、外部から人が歩いてくるのが見えた。ここの住人でないことはすぐに分かった。格好があまりにも綺麗だし、何より、その顔に覚えがあったからだ。
「魔王サマじゃん……!?」
そう。見間違うことなど、あるはずがない。そこには、魔王カムザゲスがいた。どのくらい前の光景かは知らないが、今よりもずいぶん、険しい顔つきをしているような気がする。
「燃え尽きろ」
その重苦しい声に反応して、空に手のひらサイズの火の玉が浮かんだ。火の玉はピンポン玉くらいに縮むと、そのエネルギーを爆発させて、爆発音とともに四散した。そして、少女のテントも含めて、辺り一体が燃えた。
「いや、あの人、何して……」
そこで、少女が出てくる音がして、僕はまた、身を隠す。
「ねえ、何してるの?」
「燃やしているのだ。見て分からぬか?」
「なんで?」
「ここの者たちは、我が同胞から物を盗み、騙して金を搾取し、追いつめて、命まで奪った。こんな虫の巣も同然の場所が焼かれたくらいで、何を喚くことがある? 貴様らのしてきたことの方が、比較にならぬほど、惨い」
少女は魔王の顔をきっと睨みつけた。
「みんな、生きるのに必死なだけなのに……それの何が悪いの!? 国も他人も神様も! 何もしてくれないことくらい、とっくに分かってるの! だから、盗んで。騙して。他人を追いつめて、殺して! わたしたちは、こうやって生きていくしかないの!」
「自身の罪を正当化するのか? 生きるためなら何をしても許されるとでも?」
「許されるわけないでしょ。罪は罪なんだから。どんな理由があっても、わたしたちのしてることは、悪いことだもん。──でも、生きるためならなんでもする。地獄に行く覚悟なら、わたしはとっくに持ってる。こんなところで死んだら、死にきれないから」
「……本当に、なんでもするのか?」
少女はナイフを魔王に向かって突き出した。当然、魔王はそれを軽くかわしてみせる。
「あなた、どうせ、いいご身分なんでしょ? あなたを人質にとれば、きっと、たくさんのお金が手に入るわ」
少女はなんとか、魔王を捕まえようと、何度もナイフを振るうが、まったく当たる様子はない。それでも、少女が諦める様子はなかった。とうとう、魔王はナイフを持つ少女の腕を容易く掴み、動きを封じる。
「ここにいる、全員の首を持ってこい。そうすれば、貴様の衣食住は我が保証しよう」
「誰がそんなこと……っ!」
「信じられぬと? 生きるためなら、他人を殺す。それが、貴様の考えではなかったのか?」
「それは……」
「目を見れば分かる。貴様は、人を殺したことがない。いいや、違うな。殺せないのか。くっくっく……それでよく、なんでもするなどと、軽々しく言ったものだなぁ?」
少女の悔しげな表情を見るに、それは、事実なのだろう。僕も少し話しただけだが、彼女がそこまで悪いことをするようには見えなかった。まあ、切りかかられたのだが。
「どうせ、命よりも財産を大切にするような愚かな連中だ。荷物を持っていこうと考えた時点で、死んだも同然だ。ただ近くに暮らしていたというだけで、彼らに何かしてもらったことなど、そうはあるまい?」
「それでも……、わたしは、一人で生きてきたわけじゃない。それに、きっと、みんなも、命の方が大事だって、分かってる」
「そんなことすら、ここにいる連中は分かっていない。それが、彼らの罪であり、今もなお、誰も家屋から出てこようとしないのが、その証明だ。生きるための財産だというのに、それによって命を落とすとは、まったく、笑いも起きぬ愚かさだ」
「それは──」
「選べ。余に従うか、命を捨てるか」
少女は眼光を鋭くして、家屋の前まで歩いていく。
「火を、消して」
少女に頼まれた通り、魔王はその家屋の火を消した。──まさか、本当に、首を切って持ってくるのだろうか。
「……持ってきたよ」
しかし、彼女が持ってきた死体には、胴体がついていた。魔王はいぶかしむような顔をする。
「ちゃんと首、ついてるでしょ?」
少女に笑いかけられた魔王は、少しの間、言葉を失い、
「──くくっ、ふははははは!」
割れたような高笑いをした。僕は思わず顔をしかめる。自分よりはるかに重たい体を、彼女はここまで引きずってきたのだ。そうして、笑みまで浮かべたのだ。そんな、死体を前に平気な顔をする少女に、胸が痛む。
「全員、運んでくるがよい。話はそれからだ」
そう言って、火をすべて消すと、魔王は風のようにどこかへと消えた。
「……誰か、生きていてよ」
泣きそうな顔で死体を集める少女を横目に、僕は考える。おそらく、魔王の言うことが事実だ。皆、命よりもお金や物を優先して、逃げ遅れたのだろう。
そして、大人も子どもも、関係なく焼き尽くす。慈悲すら残さない。それができる力を持っていて、実行するのが、魔王だ。魔法も使えない少女に対して、容赦はしなかった。少女が誰も助けられなかったのは、少女のせいではない。ただ、相手が悪かったのだ。
魔法。それは、理不尽な暴力。こんなことになってしまったのは、魔法なんてものがこの世に存在するせいだ。少女に抗う術など、あるはずがなかった。
「魔法なんて、消えちゃえばいいのに……!」
それでも、少女は、死体を集め続けた。一人一人、本当に死んでいることを確かめながら。一筋の希望もないことを確かめながら。
──それにしても、ここにいる人が全員、亡くなったのだとすれば、ここにまなちゃんはいないということになる。そもそも、魔王がまなちゃんを危険にさらすなんて、考えられない。極悪非道な男だが、身内と魔族には弱いのだ。
「──どういうこと?」
困惑する僕を置き去りにするように、世界が渦に飲まれていく。すべての色が混ざりあって溶けて。次第に色を取り戻していく。
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