第6-4話 本日の主役

「このまま、ずっと私と、一緒にいてくれませんか?」


 そう問いかけると、あかりはゆっくり瞑目して。それから、星空を見上げた。


「──それは、すっごく、幸せだろうね」


 彼の心は、いつも、揺れている。ぐらぐらと。私と願いの間をさまよっている。その、一押しすれば傾きそうなぐらつきに、私はいつも惑わされる。


 たとえ、揺れていたとしても、彼の心には、歯止めがついていて、絶対に転がらないようになっているのだ。


 だから、私は、すべて、飲み込んだ。


「変なことを聞きましたね」

「ううん。変なのはいつも、僕の方だから」

「──行きましょうか」

「そうだね」


 あかりはフードを被り直し、私は魔法で化粧を直した。それからはあまり、お互いの顔は見ないようにした。


 会場に戻ると、すっかり人はいなくなっていた。時計を見ると、終了予定時刻を少し過ぎていた。終了の挨拶も終わったのだろう。時間を押してまでユタと堅苦しい話がしたいという人は、どうやら、いなかったらしい。


「──人間の女王よ。よくぞ来てくれた。そっちは……あかりか?」

「おお、認識阻害があるのによく分かったねえ。てか、ユタくん、大きくなったね。あれ? 僕より背高くない? うわ、なんか悔しー、まあいいけどさ。……昔は偉そうなだけだったのに、ほんとに偉くなっちゃったねえ。あ、ねね、もっかい、角、触ってもいい?」

「断る」

「ええー、けちー」

「そう易々と触らせるか。あの場で楽しめたのだから、それで満足しろ。……あいつは、来ておらぬか」

「──まなさんですか」


 魔王の血筋が途絶えかけており、両親と祖父母、れなも失ったユタの、たった一人の家族が、まなだ。当然、前魔王の代から魔族の方でも大々的な捜索が行われていたはずだ。


 だが、ここまで見つからないとなれば、どこかの国が匿っているとしか思えない。心当たりをすべて調べ上げてもいいが、できれば、国交が悪化するのは避けたい。


 私がどこかで命を落としたとき、次に国を引っ張っていくのはトイスや弟妹たちだ。余計な火種を残したくはない。


「まなちゃんはまだ捜してるとこ。そっちは? 何か手がかりとかない?」

「こちらも似たようなものだ。……ただ、生前、れなが占ったことがあってな」


 そう言って、ユタは懐から紙切れを取り出す。色あせてはいるが、文字はしっかり読める。


「二〇九四年四月三日、マナ・クレイアはユタザバンエ・チア・クレイアを死なせる──うわあ、明日じゃん。なんか物騒だな……」

「れなさんの予言は絶対ですから。物騒では済まないでしょうね」

「事実ってこと? ユタくん即位したばっかなのに災難だねえ。あ、そうだ! ユタくん、ハピバー! プレゼント用意してきたんだよね。絶対、喜ぶから! えーっと、箱、箱……」


 あかりが今までの会話は全部忘れたというような顔で、時空の歪みに手を突っ込んでプレゼントを探す。まあ、あえて話題を変えたのだろうが。


 だが、れなが予言したということは、絶対だということだ。冗談では済まない。まながそんなことするはずがない、などと楽観視するわけにもいかない。ユタは強いから大丈夫だろう、と考えるのも、おそらくは間違いだ。


 しかし、「どうやって」という部分が分からない以上、対策のしようがない。ユタがこの紙をもらったのはかなり昔だと考えられるが、見る限り、ユタに不安がる素振りはない。


 本当は、魔王の心配などしていてはいけないので、表には出さないけれど。──杞憂で済めばいいのだが。


「ふむ。余はたいていのものは持っているが?」

「大丈夫大丈夫。そういう、マナと同じタイプだと思って、ちゃんと考えてきたから。ま、いいから、開けてみなって」


 あかりはユタに箱を渡す。簡素な白い立方体の、手のひらサイズの箱だ。ユタはそれをいぶかしむように眺め、箱を開けた。


 ──パン!


 大きな音とともに、中から色とりどりの花火や、色紙が飛び出した。そうして、頭に色紙をつけたまま、ユタはしばし、目を真ん丸にして硬直する。


 それと同時に飛び出した小さな布の段幕には、「ユタくん、誕生日、おめでとう!」と、汚い字で書かれていた。ユタはそこから無言になった。


「あ、あれ? 怒った? ねえ、怒った?」




「……ふっ──あは、あはははっ! 面白い。ああ、実に面白い。面白すぎるっ!」


 遅れて笑い始めたユタは、段幕を閉まって蓋を閉じ、再び開けた。そしてまた、花火と紙切れが破裂音とともに飛び出す。


「あは、あははっ! 変なプレゼントもあったものだな!」

「いや、変って!」


 ユタは目尻に涙が浮かぶほど笑って、それを指で拭う。そこだけ切り取れば、ユタも、昔とたいして変わっていないように見えた。


「私からもどうぞ」

「ふむ。マナのプレゼントは、あかりと違って期待できるな」

「それどういう意味!?」


 私はあれこれ考えて、プレゼントをいくつか思いついていたので、そのどれかをユタに選ばせようとしていた。とはいえ、大したものではない。


「好きなのを選んでくださいね。一つ目は、前々から欲しいと言っていた、トレリアン近郊の森の所有権です」

「ふむ。なかなか魅力的な提案だな」

「それ、プレゼントにしちゃっていいの??」

「凶暴なモンスターの巣窟で、手に追えず放置されているので、実態が知りたいという事情もあります。拠点やワープ地点を用意するなど、トレリアンを責めるために利用されない限り、大丈夫ですよ」

「その約束を守る保証はないがな……くっくっく」

「わお、お父さんそっくりだねえ……」


 本当は私一人で決めていいようなものではないが、何しろ、私は国の王なので、不満があったとしても、誰も逆らえない。そう、私はとても偉いのだ。


「二つ目は、ヘントセレナ湖の所有権ですね。ヘントセレナを陥落させたこともあり、今はこちらが占拠していますが、あそこは魔族の方にとっては歴史ある大切な場所です。取り返したい気持ちは強いでしょうから、お返ししてもいいと、私は考えています」

「え、何? 王様のプレゼントは森とか湖レベルなの?」

「確かに、ヘントセレナ湖の奪還は、魔族たちの目指すところではある。我らの英雄バサイが拳で大地を割った際にできた潟湖だと伝えられているからな」

「セキコ……?」


 ヘントセレナ湖を明け渡せば、戦時にヘントセレナが挟み撃ちにされる。だが、それでも、下手に内戦を起こされるよりは幾分かましだと思いたい。


「だが、断る」

「え? なんかすごい湖なのにいらないの?」

「いらぬわけではないが、管理するだけの余力がない」

「あーなるほど。自分ん家の庭手入れしてもらうみたいな?」

「庭と湖では規模が違いすぎると思うがな。くっくっく……」


 こちらに管理させておいて、そのうち取り戻すとは、いわば、宣戦布告しているようなものだが、今日は無礼講だ。たいていのことは許そう。


「三つ目は、私の血です。わずかですが、まなさんの血が含まれています。現役で世界最強の魔法使いであるあなたなら、一滴でまなさんの居場所を特定することができるのではないでしょうか」


 今と状況が違えば、私はまなの捜索を、ユタに頼っていただろう。だが、そう上手くもいかない。昔はユタの力が足りず、今は憎み合う関係だ。


 それに、物騒な事件も起きている。下手に居場所をあぶり出すより、どこかに隠れていてくれた方が安心とも言える。


 しかし、私がそう言うと、ユタは面白くなさそうに、鼻で笑った。


「冗談もほどほどにしておけ」

「一つ目もお気に召しませんでしたか?」

「借りを作るのは得策ではない。善意だけでもらえるとは、余も思っておらぬ」


 そう。確かに私は、トレリアンの森を譲渡した後で、交換条件として色々と搾り取るつもりだった。それが見抜けるかどうか試したのだ。もう、最近はこんなことくらいでしか楽しめないので、少しからかうくらいは許してほしい。


 ともあれ、成長してくれているようで、私個人としては嬉しい一方、実力のある魔王を相手にするとなると、少し憂鬱でもある。前者の気持ちの方が強いが。


「それに明日、まなは向こうから来ると、れなに予言されているのだ。今さら探す必要もあるまい」

「あれれー、ユタくん、本当は一滴だけじゃ探せないの??」

「くっくっく……煽るなぁ。まあ、そちらが血液を差し出すというのであれば、代わりに探してやってもよいぞ?」

「すみません。私の血液は貴重なので、本当は勝手に渡すわけにはいかないんです。誕生日プレゼントに一滴なら許されるかと思ったのですが」

「いや、誕プレなら許される理論なんなの? それによく考えなくてもさ、誕生日に血あげるとか、怖すぎない?」

「人間の女王の血液だ。たとえ一滴でも、希釈すれば万能薬になる。まあ、我が母を治すことはできなかっただろうがな」

「お薬的な……?」

「とにかく、次の選択肢だ。領土はいらぬ。国をすべて譲るというのなら、話は別だが──」

「それは人間の皆さんに聞いてみないと分かりませんね。票でも集めますか?」

「やめておけ。信用が一気に地に落ちるぞ」


 なんやかんやでこちらの心配もしてくれている。とても優しい子になってしまったらしい。


 ともかく、本命はその次だ。


「ユタさん。私たちと、少しだけ旅をしませんか? 今日が終わるその日まで」


 何か物をあげるよりも、こちらの方がよっぽどいいだろう。私だったら、その方が嬉しい。多忙な日常においては、こうして旧知の間柄で話しているだけで、十分楽しいのだ。


「……ふむ、魅力的な提案だ。やはり期待して正解だったな。今すぐにでも出かけよう」

「誰かに出かけることを伝えてくださいね」

「分かっている。もう、幼子ではあるまい。──ナーア」


 呼ばれるとすぐに、青髪の少女が走って魔王の元に来た。


「はい! 魔王様、何かご用でしょうか?」

「余はしばし、城を開ける。日付が変わる頃には帰ってくるつもりだ。頼んだぞ?」

「はい! かしこまりました!」


 そうして、私たちは空の旅をした。車が飛行するよりもっと高く、飛行機よりは低い高度で。

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