第6-3話 待ち望んだ時

 人気がないのを確認して、その人物はフードを取る。──中から、琥珀色の長髪が現れ、私はすぐに気がついた。


「あかりさん」

「やあ、久しぶり、マナ。意外と元気そう──ってか、また一段ときれいに……おっと」


 次に見かけたら、一発、殴ってやろうと思っていたはずなのだが。──そんな思いは、顔を見た瞬間、どこかへと消え去り、私は思わず、抱きついていた。


 あかりは、驚きつつも、私を優しく抱きしめた。宣言通り、背が伸びて、私よりも頭一つ分くらい、高くなっていた。


「何々? 僕に会えたのがそんなに嬉しいの?」

「はい、とっても。本当に、生きていてくれて、良かった──」


 泣けば化粧が崩れることは分かっていたが、私は溢れる涙を抑えることができなかった。──この日を、どれほど、待ち望んだだろうか。


「そっか。──僕も、めちゃくちゃ嬉しい」


 きっと、酷い顔をしているだろうなと思いつつ、私はあかりの顔を見上げる。そのはにかんだ笑顔が、ずっと見たかった。久しぶりに見るその顔には、可愛さというよりも、整った美が備わっていた。


「美しい顔ですね。私の好みではありませんが」

「一言余計! ──ははっ、もう、そんなに泣いてどうするの? 顔、ぐちゃぐちゃになってるよ?」


 そう言いながら、あかりは私の涙を指で拭う。


「いいんです。今は、あなたと一緒にいられるだけで」

「相変わらず可愛いねえ、マナは」


 私がずっと抱きついていると、あかりは私が泣き止むまで、背中をさすり続けてくれた。何も話さなくても、こうしているだけで、十分すぎるくらいだった。嬉しさが溢れてくる。いつまでも、こうしていたい。あかりに頭を撫でられると、とても安心する。


「髪、伸びたね」

「はい」

「背、縮んだ?」

「あなたが伸びたんです。むしろ、少し伸びました」

「そっか」


 首が痛くなるのも構わず、じっとその顔を見つめていると、あかりは私の頭を胸の方に引き寄せて、見上げられないようにした。


「実は僕、まだまなちゃんを捜しててさ」

「──そうでしたか」


 それならば、いつまでもこうしているわけにはいかない。彼にとっての一番は、まだ、私ではないから。


 私は手を離し、一歩、後ろに下がって、手の甲で涙を拭う。見ると、あかりの服がぐちゃぐちゃになっていた。あかりが困ったような笑みを浮かべたので、私は目をそらした。


「こちらにも、まなさんと思われる目撃情報はありません」

「そっかあ。ほんと、どこ行ったんだろうねえ……」

「こちらの会場にまなさんがいらっしゃると思って来たんですか?」


 まなが目的で来たから、いないのを確認して、すぐに帰ろうとしたのだろうか。そう問いかけると、すぐに返事があった。


「──っていうのと、昔、魔王から、ユタくんの晴れ舞台を見に行くようにって言われてたからさ。いやあ、まさか、角を触らせてもらえるとは思わなかったよ! めっちゃすべすべだった! ほんと、ヤバかった!」

「どんな命知らずかと思いましたが、あかりさんで納得しました」

「だって、触っていいって言ってたから、触らないと損かなーって」


 そんな、いつもならため息をついているようなことでさえ、笑えてしまう。実に、八年ぶりの再会だった。──本当に、長かった。


「一応、ユタさんにも聞いてみましょうか」

「そうだね。さっきは結構な人混みだったから諦めたけど、かき分けていけばなんとか……」

「終わるまで待ちませんか?」


 歩き出そうとするあかりを引き留めてしまってから、私は後悔した。一緒にいたいばかりに、つい、そんな提案をしてしまったが、また、時間が無駄だと言われはしないか、不安だ。


「──うん、いいよ」


 その一言に、安堵を覚えた。


「それまで、お話しましょう」

「僕、いっぱい話したいことがあるんだ」

「私も、会ったら言おうと思っていたことが、たくさんあります」

「え? 何々? めっちゃ気になるんだけど?」

「思いっっっっきり殴らせてください」

「嫌だよ!? あれ食らったら、丸一日気絶するじゃん!」


 それから、近くの芝生に座って、肩を寄せ合い、お互いの話をしていた。時間が経つのはあっという間で、そんなに話していないつもりだったのに、気がつくと、空はすっかり闇に染まっていた。


「そろそろ、パーティーが終わる時間ですね」

「うん、そうだね」


 このまま、まなが見つからず明日になれば、あかりはまた旅に出るだろう。そして、すべてを捨てて着いていけるほど、私の背負っているものは小さくはない。


 だから私は、一縷の望みをかけて、尋ねてみた。


「あかりさん。──このまま、ずっと私と、一緒にいてくれませんか?」

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