第3-16話 寄り道がしたい

 風呂から出て、布団にくるまる。また以前のように風邪を引いては洒落にならないからだ。


「まな、どうして言わないの?」

「何を?」

「それが分かったらいいんだけどねー」


 まゆは机に顎を載せ、口を尖らせて、左右に揺れていた。


「友だちに隠し事なんてしなくてもいいんじゃない?」

「だから、二人は──」

「友だちじゃないの? 本当に?」


 私は迷うことなく頷く。そう、友だちというよりは、


「助けてもらってばっかりだし。どっちかというと、護衛? 守られてるだけな気がするわね」

「んー、じゃあ、まなが二人を助けてあげたら?」

「でも、二人強いし、あたしにできることなんて、なくない?」

「確かに、チートって感じだよね」

「そうよね。二人は王女と勇者だから、あたしは脇役。モブみたいなものよ」


 どうせ、何もできない。


「でも、相談してもらえたら、二人も嬉しいと思うけどなー」

「しない。巻き込むつもりはないから」

「まなも頑固だよねー」

「自覚は、あるわ」


 相談すればいいのに、しない。そこに、巻き込みたくない以外の理由があるとすれば、


「もしかして、二人のこと、あんまり好きじゃない?」

「好きじゃない……わけじゃないけど。多分、あたしが信じられないだけだと思う」


 二人が悪いのではなく、私が、二人を信じることに対して、まだ抵抗があるのだ。今まで、色々なことが起きているし、何度も助けられている。


 しかし、どうにも、頼ろうという気にならない。


「それじゃあ、わたしは?」

「は? お姉ちゃんは世界で一番に決まってるでしょ?」

「じゃあ、お姉ちゃんに相談してみんしゃい!」

「お姉ちゃんはそのままでいてね」

「うん、分かった!」

「おやすみ」

「おやすみー」


 話を誤魔化しても、気づきもしない。そんな底抜けに明るいまゆ。まゆには、変わってほしくないのだ。


 そう、私はただ、勇気がなかった。だから、言えなかった。二人の優しさに甘える勇気が。


 右腕をなぞり、目を閉じる。しかし、やはりというか、眠れそうになかった。


 私はベッドを抜け出し、一階に降りる。もう夜中だ。朝はいたはずだが、ル爺も帰ったらしい。


 ──と、誰かにぶつかった。


「ごめんなさい。ぼーっとしてて」

「……いや、こちらこそ、悪かったな」


 見上げると、そこには青髪に茶色の瞳の男がいた。前にも二度ほど、こんなことがあった気がする。


「デジャヴって、こういうことを言うのね」

「どこかで、会ったか?」


 以前にも、同じぶつかり方をしたのを、私はなぜか、鮮明に覚えている。そして、自己紹介をしたのも覚えている。


「覚えてないならいいわ。あたしはマナ・クレイア。二階の一番手前の部屋に住んでるわ」

「……ああ、思い出した。俺は、ハイガル・ウーベルデン。そこの真ん中だ」

「そう。こんな時間に何を?」

「散歩に行こうかと、思ってな」

「あたしも同じよ」


 ベランダに出て外の空気を吸おうかとも思ったが、隣にあかり、その隣にマナがいることを考えると、少しばかり憂鬱になった。そのため、散歩でもしようかと思ったのだ。


「一緒に、行くか?」

「別にいいけど、なんで? 一人だと危ないから?」

「そうだ。俺が、一人で外に出るなと、言われていて」


 そっち? とは言わずに、私は問いかける。


「なのに散歩?」

「やるなと言われたら、やりたくなるだろう?」


 声の調子はゆったり、淡々としている。その、言っていることとのギャップに、私は少しだけ笑った。


「怒られるかも、しれない。一緒に来てくれると、助かるんだが」

「いいわ。──あたしもちょうど、話し相手を探してたから」


 知り合いの数も少なく、話せる人もいないので、無理だろうと思っていた。まあ、今しがた、知り合ったばかりなのだが。


 私たちは外に出て、ふらふらと散歩を始める。そのとき、私はまたしても、ハイガルにぶつかった。


「あでっ」

「ああ、悪い」

「いいえ。気にしなくていいわ。でも、なんでこんなにぶつかるのかしら?」


 途端、ハイガルの表情が少し曇った。


「──俺、目が見えないんだ」

「え?」


 驚き立ち止まった私を置いて、ハイガルは前方を歩きながら話を続ける。気づいていないようだと、私は慌てて追いかける。


「魔力探知、というのを、知っているか?」

「ええ。魔力で遠くの気配を感じ取ったりするんでしょ。人探しに使ったりとか」

「そうだ。俺は、魔力で人の気配を、感じ、物を、見ている。そして、クレイアは、見えない」

「納得したわ。あと、歩くの速いんだけど」


 ハイガルは立ち止まり、ゆっくり振り返る。


「ああ、悪い」


 音で方向を判断しているのか、私がどの辺りにいるか、おおよそは分かっているようだった。


 私の周りでは、魔力が非活性になる。だから、ハイガルには、私の姿は見えない。


 普通、生き物であれば、大気中の魔力を取り込んでいるため、多少は見えるだろうが、私は取り込んだ魔力ですら、その力を奪ってしまう。


 私以外であれば、自然界も、人工物も、多少なりとも魔力を持っているのだが。


「かと言って、手を繋いでる、ってわけにもいかないし」

「──そうだな。魔法が使えなくなる、から」

「まあ、また速かったら言うわ」

「そうしてくれると、助かる」


 魔力探知により、本当に見えているのだろう。でなければ、あんなにスタスタ歩けない。それでも、先ほどよりはゆっくりになったと感じ、私は少しだけ歩みを速めることにした。


「……それだけなんだ」

「え?」

「あ、いや、なんでも、ない」


 私は一度も目が合わないその顔を見て、一体、彼は何歳なのだろうと、予想する。ずいぶん歳上にも見えるが、顔立ちは若い。案外、私と同じくらいかもしれない。


「あたし、魔法が使えないの。見えないから分かると思うけど」

「やっぱりな」

「でも、困ることなんてほとんどないし、別に魔法がなくても生きていけると思うわけ。あんたは、魔法がないと困るかもしれないけど」

「そうだな」


 私はまゆのように、道路の白線の上を早歩きで通る。が、私には、どうやら体幹がないらしい。


「あ、トンビニ」

「寄っていくか?」

「ええ。ハイガルも、何か買う?」

「ああ、せっかくだしな」


 私は数多くある品を見て回り、何を買うか決めきれず、結局、いつものアイスを買った。ハイガルはトンカラを買っていた。トンビニの唐揚げだ。


「トンビアイスって、なんでこんなに美味しいのかしら」

「そうだな」


 トンビを象っているこのアイスは、ふとしたときに、食べたくなる美味しさだ。


「はあ……」


 食べていると、つい、思い出す。言えなかった後悔を。あのときも、今日も。


「食べるか?」

「え?」

「唐揚げ」

「……じゃあ、一つ」


 私は一口サイズのトンカラを手で摘まんで、口に入れる。


「あふっ」

「猫舌か?」

「はふ、はふ……ん。ええ、まあ……」


 火傷した口内を、アイスで冷やす。ひんやりとして、気持ちいい。


「熱いけど美味しいわね」

「そうだな」


 ハイガルは、最後の一つを食べ終わって、近くのゴミ箱にゴミを捨てる。


「そろそろ、帰るか」

「ええ、そうね」


 夜風が気持ちよく感じられる頃だった。私は残ったアイスを、少し無理やり口に詰めて、アタリでないのを確認すると、ゴミ箱に捨てる。


「うっ……」

「どうした?」

「頭がキーンって……」

「少し、そこで休んで、いくか?」


 ハイガルが指差したのは、公園のベンチだった。


「ええ、すぐに治るとは思うけれど……いたた……」


 急ぐわけでもないと、私はもう少し、寄り道することにした。

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